6月12日


競泳・千葉すず選手会見
(東京全日空ホテル)

 競泳の千葉すず選手(24=イトマン、カナダ・トロント郊外に在住)が、5月の日本選手権の結果、シドニー五輪代表に選ばれなかったことについて、初めて自らの心境を語った。同選手はすでに、この件で日本水連に対して
(1)自分は選ばれるべき選手だった
(2)選考の基準を今後のためにも明らかにしてもらいたい
などをCAS(国際スポーツ仲裁裁判所、本部スイス、支部、ニューヨーク、シドニー、デンバー)を通じて提訴、調停を申し入れている。
 調停は一般の裁判とは違い、控訴審ではなくCASの調停内容が最終決定となる。この調停を始めるためには、まず千葉からの提訴に水連が同意する必要がある。
 その後に調停が、スイスの本部にある裁判所から陪審員が1人、もしくは3人任命されて始まる。基本的には代表に関係する問題は、その国のエントリー(日本は7月下旬)締め切りに間に合うような形で方向性が出されるとしている。千葉はもし代表復帰がかなった場合でも「今は五輪に出るか出ないか決めていない。その時に決める」とだけ話した。

 千葉の会見から一問一答(ほぼ全文

 (始めに)日本選手権後にすぐにコメントをしようと思いましたが、気持ちの整理がつかなくて、時間が欲しかった。でもこうなった以上は自分の口からお話しするのがいいと思いました。
 第1に今回の提訴の理由ですが選考についての不満があります。(日本選手権の)200メートルで標準記録を突破して優勝しているのに選ばれませんでした。その件での提訴の内容については水連にも通知してないので控えます。
 第2に今後自分と同じような選手を作りたくないし作らせたくない。CASに提訴したのは、明確な説明を水連に求めたところ、コメントしないというコメントが返って来たからです。水連にはなるべく早く同意書にサインをしていただきたいと思います。

──今水連についてどう思うか
千葉 選ばれなくて当然の成績ならそれでも良かったんですが、(A標準で優勝)行けるのが当然という結果だと自分では思っています。説明をしてもらえるのも当然のことだと考えています。
──色々といわれているが落選の原因は何か
千葉 私も知りたいです。
──水泳連盟とは色々な行き違いがあったのではないか。話し合いには応じると水連は話しているが
千葉 詳しい話はCASで話していきたいし、いち早く同意書にサインをしていただきたいと思います。
──提訴の理由は
千葉 色々とあります。たくさんあります。
──もし出場することになったら
千葉 裁定が下った時の体調を考えてコーチ(マカリスター氏)と相談して決めます。
──今回、これだけ(約200人)の報道陣が集まったことには
千葉 ここまで取り上げていただけるとは思わなかったのでびっくりしている。こういうことがあってはいけないという気持ちで(提訴を)踏み切ったことが、こうしてみなさんに注目してもらって報道されるのはうれしい。
──CASの存在は知っていましたか
千葉 存在は知らなかった。風の便りで知りました。
──なぜ提訴、という形を取ったのでしょう
千葉 ひとつだけではない。色々な意味があって、もちろん悔しさもあります。
──選考の委員(8人)の中には、水泳に関係のない人が3人いるのをご存知でしたか
千葉 はい、風の便りで……。できれば水泳に詳しい方に選んで欲しかった。理解のある人に選んでもらいたかった。
──アトランタ(五輪)で、千葉さんがチームワークを乱したという意見もあったというが
千葉 私の口からはなんともいえないです。個人的なことは今回の問題とはあまり関係がないので。
──誰を恨んでいますか
千葉 すごい質問ですねえ(笑い)。その手の話は苦手なんで。
──戦力にならないと言われたとも聞きました。チームワークが大事とも
千葉 私はベストを尽くして泳いだのでわかりません。個人的には(選考がはっきりしないこと)いいこととは思わないし、誰がどう見ても、選考が明らかなほうは夢があるしがんばれる。いいとか悪いとかわからないけれど、みんなが楽しいと思うような環境がもっとあればいい。
──今後若い世代に対しては?
千葉 夢を持って挑戦して欲しい。選ばれた仲間にはがんばって欲しいです。私もこういうことがあっても泳ぐことは楽しいし、そういう気持ちは変らない。
──どういう結果が出れば納得されますか
千葉 色々とありますが、とりあえずCASに裁定をしてもらうように同意して欲しい。
──海外ではそういう基準はクリアだそうですね。ご自分に不備があったと思いますか
千葉 いいえ、周囲に誤解を与えるようなことはしたかもしれませんが、落とされるようなことはしていない。
──ベストの選考方法について
千葉 標準記録(A標準)を突破した中から上位2名を選ぶのがいいと思う。実力以外に何らかの意見が入った可能性、個人的な意見が(選考に)少なからず入ったような気はする。
──今回の日本選手権の結果で自分が代表にはいれるとどうして判断しましたか
千葉 自分で判断しました。A標準を切って優勝したのだから。
──水泳連盟は、大会前からA標準を切ったものの中から世界で戦えるものを連れて行く、と我々への取材に(事前の記者発表で)は答えていたのだが
千葉 いえ、知らなかったです。
──誰かに聞かなかったのですか
千葉 誰に確認するというのではなくて、そういうことを言っているのは風の便りで聞いてはいましたが……。でもそういうこと(A標準を突破した上位なのにいけないこと)はあってはいけないと思いました。
──自分で直接は聞いていないのですか
千葉 聞いてません。
──要求は大会前に基準を明らかにしてもらいたいということなのか
千葉 そのほうがスポーツをしている選手から見ても、それを見ている人から見ても、クリアになると思う。実力が発揮できるのではないか。(今回世界ランキングを言われたが)A標準で2位以内は自動的に決めるべきだと思う。
──選考会が目標じゃないと言ったことが後で選考に影響したと思いませんか
千葉 あの時点では(体調が悪い中)ベストを尽くしたし、自分なりにがんばった。

「争点はどこにあるのか」

 シドニー五輪選考に漏れた後の千葉側の行動はすべて、千葉のビジネスパートナーである橋廻邦昭氏(千葉の米国でのステイ先だった)の名前、サインによるものであった。水泳連盟に送られた質問状も橋廻氏のもので(サインも送付先も橋廻氏のもの)、同時に送られたマカリスターコーチの抗議文にも、千葉の名前が記されてはいなかった。
 同氏は千葉の代理人ではあるが、代理人が希望する提訴なのか、それとも水連に登録している当事者としての千葉が望む提訴なのか、初めて会見を開いて自ら心境と真意を語ったことは、この日の会見で第1の意義だった。
 選手権の後、千葉自身も「時間が欲しかった」というように気持ちの整理がつかないために沈黙した恰好になっただけに、真意はどこにあるのか、初めて本人の口から明らかにされたことで、初めて提訴の価値が明確になったのではないか。
 標準Aを突破して優勝したのに代表に選ばれなかったことは不当だ、というのが千葉の言い分であること、選考には「何らかの個人的な意見が入っている」と、選考基準が明確なものではないこと、これに抗議している点が明確になった。
 千葉は選考会となった日本選手権200メートル自由形で2分00秒54(A標準突破)で優勝をし、同100メートルは56秒28で3位(A標準突破できず)だった。自己記録は1分58秒78であるから、自己記録よりも2秒近く遅い記録だった。

 千葉がCASという第三者に訴えて、自らの疑問を明らかにしたいとした姿勢は、千葉が言うように「今後自分のような選手を出したくないし、出させたくない」との正義感、フロンティアとしての責任を果たす上で高く評価できる。日本のアマチュアスポーツ団体と選手には、暗黙の「主従関係」とでもいえるような古い体質がある。千葉は、日本人としては初めてCASへの提訴を行なった選手として、今後、多くの選手たちが「CASに訴える方法もある」というカードを知ったことの意味ははかりしれない。
 CASの主な調停は年間の7割が薬物問題によるものだが、今年はこうした選手選考の訴えも多発している。中には、選手側の言い分が認められて代表に復帰した例もあるだけに、千葉の行動の価値は、水泳での数々の記録、功績と同様に高いものであろう。

 次に選考基準が明確ではない、と言う水泳連盟についてであるが、昨年11月、水泳連盟の中で「競泳強化コーチ会議」が行なわれている。この会議は年2回行なわれるもので、水泳連盟では世界を目指す選手に「ナショナル標準記録」(これはジュニアクラス)と「インターナショナル標準記録」(こちらはシニア)の2種類を設けて強化に当たっている。
 年間の大会でどちらかの記録を突破した選手を抱えるクラブの、全国全コーチ(水泳はクラブ登録制のため、千葉の登録は現在でもイトマンになる)に往復の交通費、宿泊費を水泳連盟が支払った上で上京してもらい、コーチ会議を開き、その年度の国際試合などに備えて強化方針などを伝達する重要な会議でもある。
 昨年11月のこの会議で「五輪については、JOC(日本オリンピック委員会)の方針で少数精鋭とする。世界と戦うという点を考え、標準記録A記録を突破したからといって全員を選ぶことはできない」と、この会議で明言、伝達している。もちろん千葉の所属するイトマン関係者もこの会議には出席している。
「もし会議に出席したイトマン関係者から、選考基準の話は全く聞いていなかった。おかしい、というクレームがついたのなら水泳連盟も検討するべきだ。しかし、水泳連盟が所属する選手個人にそれを伝達することは千葉だけではなくて誰にあってもしていない。そこを水連のせいにされるのはおかしな話。実際、今回の選考会ではほとんどの選手が自己記録を更新している」
 関係者はそう話す。実際、今回の日本選手権では田中雅美(JSS=平泳ぎ)が7度日本記録をマークするなど、ほとんどの選手が自己記録を更新し標準記録Aを突破した。
 水連の千葉に対する姿勢に筋は通っている。
 千葉もこの日「何となく聞いていた」と、基準をうっすらとでも知っていることは口にしただけに、選考会に出場する競技者として、さらに3度目の五輪だったというすばらしいキャリアの持ち主として、自分自身の「世界基準」がどこにあるのかを自ら分析し、それを目指す努力はしても良かった。

 そうなると、「争点」がどこにあるのかが、それこそ最大の争点になる。
 千葉が「少数精鋭の方針」自体に抗議をする、あるいは、「会長などの個人的な感情で落選させられた」と主張するなら、それはそれで筋が通っているし、CASでの調停もスムーズに始まるだろう。
 しかし片や「選考基準は明確にした」と主張し、片方が「聞いてない、そういう(少数精鋭)ことはあってはならない」とする両者の言い分は食い違う以前の問題である。
「自国内の事務的な行き違い」、とテーブルにつく以前にCASから審議を差し戻されてしまう可能性もあるのではないか。
 千葉側は提訴理由を「裁判の前に手の内を明かすことはない」(橋廻代理人)と水泳連盟にも明らかにしておらず(コピー提出を拒否)、水泳連盟も基本的には同意するとしているものの、「内容がわからないままでは同意できない。今後は水泳連盟の上柳弁護士が法律家として問題ないと判断するならいつでも受け入れる」としている。

 スポーツ調停裁判所はいわば民間の調停機関であり、公的な裁判所ではない。控訴もないわけで、勝敗や損害賠償も生じない。
 ならば千葉側も早く審議をし、五輪代表復帰に間に合うように提訴内容は明らかにし、水泳連盟も体裁うんぬんより早くそれを吟味して同意するなり、話し合いをするなりスピードアップをはかることが先決ではないか。千葉は「出られるようになればその時決める」と話しており、ダラダラ時間を無駄にするのはお互いにとって不都合で、もっとドライに、ミスはミス、あるいは思い違いは思い違い、と客観的な判定をするために第三機関があるに過ぎない。
 また水泳連盟は財団法人である。それを思うと、告知は社会的な重要な責任である。選考理由を明らかにしない背景には、千葉個人の話をするのは控えたいという配慮もあるだろう。千葉の判断そのものを否定することは、千葉を傷つけるという声もあった。
 しかしもっとドライに考える時期にきているし、日本陸連なども、決して完全ではないが、選考の過程をかなり時間をかけて説明するなど「財団」としての責任を果たそうとの努力はしている。
 千葉の問題も沈黙していたがゆえに社会的な問題となり、多くのスポーツファンに憶測や誤解を与えるだけである。
 CASの判断の前に、両者でできる判断はいくらでもあるように思えるのだが。


日本陸連、シドニー五輪陸上代表決定
弘山勉コーチ、晴美(資生堂)会見

(ともに体協=岸記念体育館、東京渋谷区)

 日本陸連はこの日、シドニー五輪代表(第3次選考)を発表した。陸連ではA標準の突破者が合計で88人にものぼり、「少数精鋭で臨みたい。世界と戦えることを考え、入賞5人、メダル2つの目標のもと選手を選んだ」(シドニー強化担当・桜井孝次委員長)との方針から、この日は男子16名、女子7人が選ばれた。
 すでに昨年11月に決定している一般種目の選手、マラソンの6人と合計して現在の代表は35名。これに、残る最終選考会「南部杯」(7月16日、札幌)で標準記録Aを突破した中から最大40名までを増員することになった。最終的な人数、メンバーは南部後の7月19日の臨時理事会で決定する。
 女子では、マラソン代表には漏れた弘山晴美(資生堂)が長距離(1万メートルの見込み)の代表に選ばれ会見を行った。

桜井シドニー五輪強化特別委員長「JOCの枠は最大限で40ということです。ですからA標準を突破したからといって、みな選ばれるわけではありません。世界的な基準に照らし合わせた上で戦えるかをベースの判断基準として代表を選んだ。南部での結果を見てから、枠の返上、増員をお願いするなど検討したいと思っている」

「あれからちょうど3か月」

 弘山夫妻が同じ岸記念体育館で涙を浮かべながら会見に出席したのは、3月13日、マラソン代表を決定する理事会の後であった。
 それからちょうど3か月後の12日、今度は勉コーチと2人、穏やかな笑顔を見せながら会見に臨んだ。
 この3か月は夫妻にとって、それこそ口では表現できないほどの苦しみだったに違いない。世界ランク5位に当たる記録をマークしながらもマラソン代表になれなかった無念さ、無力感は、越えようと思って越えられるものではないし、この日の代表決定で今回の一連の流れを美談にすることは間違いだろう。アメリカ・ボルダーでの合宿中に「もう走れない」と漏らし練習を辞めた弘山と、それをどこまでも深く、暖かく受け止めた勉氏の思いは、「いろいろあったけれど、がんばってよかったですね」などという安直な取り扱いで済むものではない。

 しかしだからこそ、自らの記録と結果だけに集中し、恨みつらみを一切言わなかった2人の姿勢には心からの敬意を表すことができるのではないか。

「きょう正式に代表に決定したことは素直にうれしい。これでまた私の力が発揮できる場ができた。ここ数か月、一時は走れない日もあるほど精神的に落ち込んだこともあります。でも本当にたくさんの方から応援をいただき、その心の温かさのおかげでここまで来ることができたと思います。本当にありがとうございました。今回いろいろなことがあって、今までの粘りに力強さも加わってきたと思う。その点でいろいろな楽しみができました」
 弘山はそう話し、勉氏は「いろいろなことがありましたが、彼女が選手として人間として、一回りも二回りも大きくなったように思う。入賞、あるいはそれ以上のメダルも狙っていけるのではないかと、コーチとしても期待している」と、さらに高い目標を設定する。
 今後は6月中旬からのボルダーでの合宿をスタートに、7月はアトランタで10キロ、8月にはIAAFグランプリ1の指定大会、DNガラン(8月1日)、ブリティッシュGP(8月5日)などを強化の一環とし、9月にいったん帰国することになっている。GPではともに5000メートルに出場し、「14分台(日本記録は自身の15分3秒67で、14分台は日本女子では初の大台)を目指さなければ、本番でのメダルはあり得ない」と厳しい基準をあげる。
 出場は1万メートルになるが、その前にまずは5000でのスピードに磨きをかけようという計画である。

 アトランタ五輪では、予選突破がならなかった。
「前回は力みすぎて無理な練習をしてしまった。腰を痛めて、スタートラインに立つのが精一杯でした。今回はもっとリラックスして臨みたい」と妻が話すと、夫が「彼女が力んだというより、僕のほうが力が入ってしまって……彼女の疲労など考えなかったんです。今回は、やはり夫婦ですのでちゃんと彼女の話も聞いて適性を見て判断します」
「やはり夫婦ですので」という勉氏の言葉に会見場が爆笑に包まれる。彼らの魅力をストレートに表現する場面だった。

 弘山は、落ち込んだ時期に励ましの言葉をかけてくれたマラソンの金メダル候補・シモン(ルーマニア、大阪で2秒差でゴールし優勝)についてこう話した。
「彼女にはお礼を言いたいし、五輪でいい結果を出して、シモンさんにそれを自慢します」
 3か月前、落選の中で気丈に質問に答え、目を真っ赤にしながら後にした会見場を、この日は笑顔で後にした。
 2 人が席を立ったとき、会見場は記者たちの大きな拍手に包まれた。

シドニーオリンピック陸上日本代表(第三次選考)選手リストはこちら
http://www.rikuren.or.jp/sydney/3jiath.html

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