車で視察して得るコースの印象と、具体的なイメージとでは大きな開きがある。普通ならば車ではなんともなく見えるものが、走ってみたら案外辛いものだった、というところなのだろうが、高橋の場合はまるで逆のようである。
「車で昨日見たときよりも、走ってみたほうが(苦しさが)それほどじゃあないと思いました」と涼しい表情を見せる。
現在は米国ボルダー(標高1600メートル)で合宿を行っており、さらに車で1時間ほど上がるネダーランドでも走り込みを行っている。世界的にも有数のリゾートスキー場を多く持つコロラド州でキャンプを張り、走り込んでいることは「イメージ」のうえでも、高橋にいい影響をもたらしている。
例えばシドニーのスタート地点は「絶壁」などとも表現されほどの急なものだが、むしろここで「波に乗りたい」と自信を見せる。
「スタートは絶壁と聞いていましたが、私がいつも走っているアメリカの道に比べれば全然なんともないです」と、頭の中ではシドニーがタフであるとは想定していない。むしろ、「凸凹が非常に多いし、路面は悪い。自分はボーっとしているのでそういうところには注意したい」と、どこか牧歌的な雰囲気を漂わせる。
高橋はこの日何度も、「楽しい」「幸せ」とシドニーのコースを下見した感想を表現した。
一方、小出監督は慎重だった。
一緒に試走をしたうえで「危ないね。とくに最初の1キロ、これは気持ちもはやるし注意が必要だ」と、1.5キロで50メートルも下るスタートに注目した。バルセロナ、アトランタと2度の五輪で有森裕子とメダルを獲得しているが、それでも今回がもっとも難しく「きつくて面白い」コースであるという。
「覚えておかないといけないポイントをよほどしっかりと頭に入れておかないとダメだ。相当走っておかないとね」
前日の車での印象では「それほどでもない、22分台は出るのではないか」と話していたが、そこからはかなり踏み込んだものになっている。
スタートから1.5キロで一気に50メートルも下る坂から、急カーブを切ってハーバーブリッジに入る。高橋は「景色も最高」と話していたが、監督が見ていたのは「景色」ではなく「足元」とカーブの角度。
「最初の1キロから6キロくらいまでは自重させないといけない。危ないからね。それがまずは一番はじめのアドバイスになるかな。なにしろ転んだら終わりなんだから」
過去2度の出場で2つのメダルを手にした監督がふと口にした「転んだら終わり」という言葉は、シンプルだがどこか重い響きを持つ。力ゆえに走ろう走ろうとする馬の手綱を引くことは、走らせるよりも難しいと騎手は言う。
監督も今、そんな心境かもしれない。