5月18日


女子マラソン
高橋尚子、市橋有里がシドニーコースを下見
(ホームブッシュウェイ、オリンピック競技場)
気温14度、快晴


シドニーオリンピックスタジアムの前でばったり対面、記念撮影に応じる高橋(左)と市橋。高橋は市橋の顔が小さいのに対して、自分が「まん丸ですから」と笑い、カメラマンに「遠近法でお願いします、私は後ろに下がってちょうどいいですか」と笑わせていた。(撮影・MM)
 シドニー五輪女子マラソンのメダル候補、高橋尚子(積水化学)が、初めてシドニーのマラソンコースを下見するために合宿中の米国ボルダーからこの日朝現地入りし、午後には車で視察をして会見を行った。また16日から、昨年以来3度目の下見を行っていた市橋有里(住友VISA)も、高橋の会見が終了した直後から同じ競技場内の敷地で取材に応じ、珍しく2人がニアミスをして会話を弾ませる一幕もあった。
 高橋はこの下見が最初で、市橋にとってはこれが最後。ともに、史上最悪とまで言われるマラソンコースの確固たるイメージを、それぞれの頭と体に焼きつけて本格的な準備段階に突入していくことになる。
 メダル候補となる2人の会見には、4月30日のホストシティマラソンに出場した男子の佐藤信之、川嶋伸二(ともに旭化成)、犬伏孝行(大塚製薬)の3代表と山口衛里(天満屋)の取材日を上回る報道陣が集まり、現地のテレビ局の姿もあるなど、オリンピックへのカウントダウンへの緊迫感も漂い始めた。

 高橋はこの日午後、午前中に東京から到着した小出義雄監督とともにコースを車で回った。すでに2月、積水化学の深山コーチが下見を行い、ビデオ、スチール写真などで情報は伝達済み。

 初試走の感想は以下の通り(会見から抜粋)
──まずはコースの印象を
高橋 アップダウンが多いですし、これまでにないコースですね。曲がり角が多いな、とか(これまで走ったように)大きな道じゃなくて小さな道があったり、地形から何から色々な面で走ったことのないようなコースの印象です。ボーっとしてるんで、まずは道を覚えなくちゃ、というところですね。

──具体的な攻略は
高橋 まだ印象がありません。コースを回りながら監督と、ああいう練習が必要だね、とかそういう話はしました。レースの後半、30キロを過ぎてからのアップダウンがかなり続きますね。まずは足腰を鍛えないことには。私の体の感じでは昨年のセビリアの前の(米国での)練習の状態と比べるとまだタイムでも3、4分は遅い。今はあの時の大体25%くらいでしかない。早くあの時の体には戻したいです。コース自体には、いろいろなタイプがミックスされていて、難しいけれども逆に気持ちの切り替えで組み立てられる面もあります。

──オリンピックへの気持ちは高ぶりましたか
高橋 今まではオリンピックは端から見ていて選手を応援するものでした。こちらにきょう着いてシドニーのショップなどに入って相変わらずの応援気分だったのですが、ふと、自分が代表になったことを思ったら、そうだ、自分が応援してもらえる立場なんだ、ととても不思議な気持ちになりました。それでコースを見て、なんだか(苦しいよりも)うれしくなります。

──本番までは
高橋 注意するのはケガです。自分がケガをするとは思わなかったのにセビリアでしてしまった。舞い上がっていないでやることを怠らないようにしたい。ケガなくスタートラインに立てるように、今はそのことに集中しています。

 市橋は、昨年のセビリア世界陸上で銀メダルを獲得した直後、そして昨年のニュージーランドでの足作りの際、そして今回と3度で入念なチェックを終了。あとは本番まで来ることはないという。

──コースのイメージは固まったか
市橋 いつも全部を走れるわけではなかったので分けて走り、今回で細かいところもチェックできたと思います。見逃しているところとか、たいしたことはない坂だと思っていたのに肉体より精神的にきつい坂だったり、そういうところですね。このイメージを持って帰れば、練習でも坂を走りながらイメージを持って走れます。
──特にポイントとなるのは
市橋 前半ももちろんですが、アンザックブリッジのあたりから、やはり後半の細かなアップダウンも難しいところだと思います。レースはどんどん振り落とされるようになるでしょうし、やはり(レースに勝てる)足を作らないといけないですね。風も橋の上などは極端に違うなど、ひとつのポイントになると思います。ただ勝負どころとかそういうものはまだ見えないです。
──本番でのエキップメントは
市橋 シューズの底は下りが非常にきついのであまり薄くしないで厚くしてもらおうと思ってます。私は帽子は使わないのですが、サングラスは使うつもりでいます。今回はとにかく細かなところも見直しできて収穫がありました。

「行くべきか、行かざるべきか」

 4月30日のホストマラソンに続いて、これで日本のマラソン代表は男女6人全員が下見を1度以上は行ったことになる。昨年から準備をはじめていた市橋をのぞけば、高橋陣営は「できるだけ多く走りにきます」(小出監督)、というほか、山口も7月にもう一度シドニーを訪れるなど「予習」には余念がない。
 この日も取材に訪れた現地のプレスからは「日本人はなんでこんなに下見が好きなのか。こんなに詳しく調べられたらオーストラリアの地の利が生かされないんじゃないか」とジョークとも、本気とも受け取れる話が上がっていたが、実際のところ「これで本番のイメージとともに、練習へのイメージも固まったでしょう」と市橋とともに現地を訪れている浜田コーチも十分な手ごたえを見せている。

 史上最悪とも言われるほど難しいコースだが、選手、コーチが見ているとすればそれは単なる「難しさ」ではなく、勝負どころという点である。
 勝負所を考えるからこそ、レースの組み立てがあり攻略法が見つかる。彼らが相手にするのは、コースそのものというよりもライバルである。
 きょうが初の下見という小出監督も、その勝負所を探ろうと目を皿のようにしている様子が伺える。
「前半の走りが難しい。どこで逃げても、これだけの坂があるから絶対につかまる。記録を狙えば30キロから出ればいいが、そんなことをやっていては勝負にはならないだろうからね」
 高橋の持ち味を考えるなら、早い段階からスピードで押していけばいい。しかし「行った」が最後、逃げ切る足は半端では到底無理だ。

 市橋陣営は、もう少し具体化している。
「戦略的なことを言えば2つにひとつでしょう。ひとつは、どんなにまわりが仕掛けても何をしても絶対に1人で走りきるペースを保つ。もうひとつは、全体のどんなペースにも対応するか、これしかない」
 昨年のセビリア世界陸上で銀メダルを獲得し、そのレースでは5キロ18分の超スローペースから16分45までのハイペースまで全てにあわせた市橋の「対応力」がここでは大きなアドバンテージになるはずだ。
 22分から23分をターゲットにできる日本女子ランナーなら当然「行って」しかるべきだろうし、ほかのランナーにしてみれば、それがもっとも嫌な戦術であろう。しかしそれが成功するほど簡単なレースにはならないし、タイトルを、メダルをかけてこうしたレースに挑むのはリスクもある。
 市橋は「どんどん振り落とされるレースだと思います」と話していたが、まさに行くべきか、それとも我慢して行かざるべきか。コースうんぬん以上に、あと4か月間で練られる戦術の奥深さ、駆け引きの面白さに注目したい。

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