5月13日


陸上大阪国際GP
(大阪・長居陸上競技場)


今季初レースも9秒91の好記録をマークしたモーリス・グリーン/撮影・KM
 ハンマー投げの室伏広治(ミズノ)が3投目に、日本人として「夢の大台」といわれてきた80メートルの壁を破る80メートル23の日本新記録をマークし、世界の強豪が揃う国際GP大会では日本選手として1989年、槍投げで優勝を果たした溝口和洋(ゴールドウイン)以来11年ぶりとなる優勝をも果たした(優勝賞金5万ドル)。この種目には、昨年のセビリア世界陸上金メダリストのコブス(ドイツ)、アトランタ五輪金メダリストのキシュ(ハンガリー)も出場しており、室伏は世界的なレベルでの戦いの中で好記録をマークして優勝するという堂々の結果を残した。
 すでにシドニー五輪代表に内定しており、本番でも決勝進出、さらには上位入賞が狙える極めてハイレベルの記録を手に五輪に挑むことになった。
 女子では、走り高跳びの今井美希(ミズノ)が1メートル93と1メートル92の五輪参加A標準記録を越えて代表へ前進。昨年の世界陸上では故障のために途中棄権し本格的な復帰戦となったマリオン・ジョーンズは100mで10秒84の好記録で優勝し、夫のC.J.ハンターも砲丸投げで21メートル33を投げ夫婦でW優勝を果たした。ジョーンズは走り幅跳びでは6メートル27で4位だったが、四冠を狙うといわれるシドニーに向けては好調なスタートを切った。
 男子世界記録保持者のモーリス・グリーンは今季初レースで9秒91と今季世界最高記録をマーク、昨年でもランク4位に相当する圧倒的な強さで優勝した。
 シドニー五輪の出場権をかけた春のサーキットはこれで終了。代表の残る28の枠の決定は標準記録の突破を五輪選手申請期限となる7月下旬ぎりぎりの南部忠平杯(7月16日)までペンディングし、各選手にチャンスを与えることになっている。

モーリス・グリーン「今季初のレースだが、技術的に満足のいく走りだった。まずは全米選手権を目標に全力を尽くしその後、シドニーに向けての具体的な計画を立てる。スタート、加速、フィニッシュとレースの各パートにおいてもきょうのレースには満足できる。今年の目標は9秒76だが、コーチ(スミス氏)は9秒6台が出るといっている」


復帰戦を優勝で飾ったマリオン・ジョーンズ/撮影・KM
今季2戦目のマリオン・ジョーンズ
「100メートルの結果には満足しているけれども幅跳びにはがっかりした。まだまだいくつもの課題を克服しなければ進歩できない。昨年の怪我は関係なく、もっといい記録を作らなくてはならないと思っていた。次の試合は私の故郷で行われる大会で200メートルを走るつもり。その後は欧州GPを回り、全米選手権。そしてシドニー五輪になる」

夫のC.J.ハンター「非常に疲れたが結果にはまあ満足。記録はまだまだだ。マリオンの結果は良かったと思う。怪我は過去のもの」

標準記録を突破、五輪に前進した今井「先週水戸国際の後にインターネットで、桜井さん(特別強化委員長)の『標準記録の突破は7月の南部までギリギリ待つ』というコメントを見て、会社の方にまだ大丈夫だといわれた。それを見て、ああまだ標準記録突破までには焦らなくても時間があるのだ、と思い、大阪は思い切り飛ぼうと考えていた。それがいい結果につながました。ミズノの合同トレーニング(沖縄)で、レベルの高い選手ばかりに囲まれて練習したことがよかった」

激戦区の女子5,000メートルで先週の水戸に続いて疲れも見せず日本人トップ(15分20秒36で2位)に入った弘山晴美(資生堂)「レース前半は流れに乗ったが、後半には出るタイミングを失ってしまいまたもや大阪(女子マラソン、今年1月)で2位になってしまいました(笑い)。ラスト勝負の課題が見つかりましたので、シドニー五輪ではいい成績をあげられるようこれを克服したいです」

久々の快走(15分21秒04で3位)、4位と大健闘したアトランタ五輪から4年経ちまたも代表へ前進した志水見千子(リクルート)「3日の静岡でまずまず(2位)だったので、回りからは(代表はもう)決まりだよ、という声と、それじゃあまだまだという声が両方ありまして(笑い)。結局、まだまだ、というほうを自分で選んで、静岡の記録で待つという守りじゃなくて、失敗してもいいから大阪でもっといい結果を出そうという攻めを選びました。母親にも電話をしてここでダメだったら、もう引退していいから、と(笑い)確約も取っておきました。長い4年でしたが、チャンスをもらえれば是非がんばりたい」

春のサーキットで10,000m、5,000mとも代表当確ラインという大活躍を見せた川上優子(沖電気宮崎)「きょうはさすがに集中力がなくて(10,000mを15分23秒59で4位)、レースを組み立てようとするだけの考えが浮かびませんでした。昨年のセビリアでは弘山さんが4位、高橋さんも入賞、1人だけ蚊帳の外(11位)で、悔しさよりも何とか取り返したいと思った。それにしても弘山さんは強いですねえ、頭が下がりますよ。年齢(弘山は31歳)ごまかしているんじゃないですか、もう(笑い)」

 女子はサーキットの結果、10,000mに弘山、川上、内定している高橋千恵美(日本ケミコン)がほぼ確定。5,000mには志水、田中めぐみ(あさひ銀行)、市川良子(JAL)らが有力となっている。

「足が吸い付いているようだった」


80メートルの大台をついに突破した室伏広治/撮影・Kazu
 2投目に79メートル20と自らの日本最高79メートル17を3センチ上回る記録をマークした室伏に対して、重信氏は肩を上下に動かし、「力を抜きなさい」という仕草で答えた。ルール上スタンドからアドバイスを送ることは禁じられている。
 広治は、この父の無言の仕草を読み取ったようだ。
 日本記録が出てしまい、もう好記録は望めないと思われる3投目、4回転半の加速に乗ったハンマーは80メートルラインを超えて芝にドスン、と大きな音を立てて飛び込んだ。
 自ら8度目の日本記録更新。そして、重信氏がアジア人として初めて70メートルの大台に記録を乗せて世界中から注目を浴びたのが1971年(70メートル18)。それから実に29年もの年月を経て、広治がついに80メートルの大台へと記録を受け継いだ瞬間である。今季でも80メートルを越えたのはこの記録を含めてわずかに3回。一緒に試合をしている世界陸上、五輪の金メダリストも思わず大拍手をしながら室伏を出迎えるほど価値ある記録だった。80メートルならば、五輪でも決勝進出は可能な記録で、しかもメダルのチャンスさえある。

「足が平(たいら)に回って、まるで地面に吸い付いているようだった。80メートルとまだまだ始まったばかりですし、これからまだ投げなくちゃならない。でも、素直に80メートルはうれしいです。良かった。これでみなさんももう、いつ80メートルが、なんて当分は言われないですよね」
 試合後は、テレビ、カメラに無理やり親子2ショットを作られ握手をするなど「固まって」いたが、2度の記録を冷静に振り返りながらジョークを飛ばし、回転の感触をこう表現した。
 ハンマーは技術種目であり、日々少しずつでも必ず感触が違う。そうした不安定な中でいかに安定を求めて行くか、そして確固たる自らの技を築くか、突き詰めればこれが課題になる。室伏は、世界の強豪の中でも圧倒的に体が小さい。ある意味で「力任せ」というパワーが通用しない分、技術、感触といった得体の知れない「壁」と常に向き合わなくてはならない。

 室伏も昨年は伸び悩んだ。
 練習を見ている父も傍らで「これで体を壊しはしないのか」と心配になるほど、何度も何度もハンマーを投げては拾いに行き、練習を繰り返した。そのビデオも毎晩見ては、欠点と向き合ったという。
 ところが今年に入って、これまで見ていたビデオを見るのをピタリと辞めた。何かをきっかけに得た感触を大事にしたい、という思いからだったのではないか、と異変に気が付いていた父は解説する。今年に入って、撮影はするもののビデオを見ることがなかった。
「そのあたりからですね。苦しい頃を脱出したなと思ったのは。動き、というのを確実に自分のものにするのは本当に難しいことです。私自身、自分が70メートルを超えてから、80メートルを日本人が投げるという時代が来るとは思わなかったほどですから」
 重信氏は、ここ2年くらい、もしかすると80メートルに手が届くかもしれないと思いはじめていたという。中でも、ハンマーのヘッド部分を(初速の速さがハンマーの飛び出しの速度になるため)回転しながら加速していく技が大きく伸びたとも分析する。
「徹底した研究、独自のアイディア出し、それを肉体によって形にすること」
 親子の記録への挑戦はそのまま、スポーツという壮大な営みそのものを表現しているかのようだ。
 この好記録の反動も考え、五輪まで特別なことは考えず、6月にチャンスがあればオランダでのGPに挑戦する予定になっている。
「フィジカル、技術すべての点において、広治はすでに私を上回っています。私はアイディアを出すというくらいで、彼は私のはるかに上を行っていますから」

 夢のゴールは、新たな夢へのスタートでしかない。
 親子で握手、の記念写真を「固まり」ながら受けていた2人はそれが終わると「じゃ」と、別々の方向に通路を歩き出した。
 一人はアイディアを出しに、そして一人はそれを形にするために。

室伏の日本記録
 98年4月 76メートル65
   10月 76メートル67
      76メートル72
      77メートル35
      78メートル41
   12月 78メートル57
 99年10月 79メートル17

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