日本サッカー協会・岡野俊一郎会長はこの日に行われた「三役会(会長、副会長、専務理事による会議)」の後、日本代表・トルシエ監督の契約問題について会見を行った。会長は「強化推進本部からのレポートでは意見がまとまらなかった。このため6月のハッサン2世国王杯、キリンカップでもう一度、試合をきちんと分析して、最終的に強化推進本部の意見をまとめてほしい」と結論を出したことを明らかにした。
10日の強化推進本部・釜本本部長が提出したレポートでもトルシエ監督の契約を打ち切るか、続行するかについては意見が一本化されておらず、この日の三役会に結論が持ち込まれていた。しかし三役会でも、強化の現場での意見がまとまっていないことを重視。契約期間内の6月にある2大会を見て最終的に判断をするとの結論に達した。
10日に強化推進本部から提出されたレポートを受け、岡野会長、川淵、小倉、釜本の副会長3人、森専務理事による「三役会」(大仁副本部長も出席)が開かれ、6月一杯で契約の切れるトルシエ代表監督の評価について、6月のハッサン2世国王杯、キリン杯の4試合をさらに評価するとし、最終的な結論を先送りした。
10日の強化推進本部のレポートには監督の契約が6月一杯で打ち切られるか、それともオプションを行使する形でシドニー五輪(9月)とアジア選手権(10月)まで契約延長をするかの「去就問題」についての結論は明記されておらず、強化推進本部会の中でも意見を取りまとめはしていなかった。
7人の意見レポートをまとめたものが三役会にはかられたが、ここでも結局結論は出さないまま「6月の契約満期」という契約の条項を根拠にして事態の収拾をはかった形になった。代表は、6月4日、6日にそれぞれフランス、モロッコ、ジャマイカが出場して行われるハッサン国王杯を戦い、8日からは、キリン杯でボリビア、スロバキアと対戦する。ハッサン国王杯にはイタリアの中田英寿、名波浩らも招集される予定となっている。
この4試合を再評価して、契約期間中の6月中の早いうちに強化推進本部から、今度は契約続行か契約打ち切りかを明記したレポートが提出され、それによって2002年の代表監督人事に入る。
岡野会長の会見(要旨抜粋)
(最初に会長から)昨日提出された日本代表のトルシエ監督についてのレポートで、今までの評価を色々な角度から分析してもらったものを三役会で検討した。しかし、そのレポートでは強化推進本部委員(7人)の意見は集約できなかったために、さらなる検討を重ねてもらうことになった。6月にはハッサン2世国王杯、キリンカップが行われるので、その試合をきちっと分析をして最終的な強化本部の意見をまとめてもらうことになった。三役会としても、強化推進本部が再度提出するレポートの意見を採用しよう、ということになった。よって、この件のための臨時の理事会などは行わず、私の(会長としての)責任において、結論を6月に出すように決めた。私のほうから釜本強化推進本部長には、この件はファンのみなさんの非常に関心のある問題でもあるし重大な話だから、慎重に検討して欲しいということをお願いした。
──レポート提出の最終期限は
会長 期限ということなら監督の契約が切れる6月一杯ということだが、もちろん試合が終了して早くできるならばそうなるだろう。
──今後の監督問題については
会長 仮定の話にはお答えできない。
──それでは(6月に出た結論をもって)新監督を7月の理事会で決定することになるのか
会長 契約は契約ですから、レポートが出れば(新監督決定の)タイミングも出てくる。7月、とはいえない。
──2002年の監督は
会長 きょうはそれについて明確な答えはできません。けれども私個人としては、2002年を任せる監督には十分な時間を与えてあげたいとは思っている。
──ベンゲル監督との交渉は
会長 私が会長として強化推進本部にお願いしたのは、開催国としては大会を成功させることではなくナショナルチームとして活躍する強いチームを作ることが最優先であるということで、このためのどういう監督を選ぶか、それには制約はつけていません。トルシエ監督がベンゲル監督の紹介で来たというのはあるでしょうし、このことで接触しているかどうかは強化推進本部のほうの話だ。コンタクトしているということは聞いているが細かいことは聞いていない。
──なぜ解任で固まっていた強化推進本部の考えが先送りにされたのか
会長 解任で固まっていたというのは聞いたこともない。どうしてそういう憶測の話が出て来るのか理解できません。
──6月になると、今後の日程からもかなり切迫すると思うが
会長 とにかく監督の本契約は6月一杯ですから、オプションをこのまま行使しますよ、という話だとしても、やはり6月のレポートを見てからにしたい。この件については、私はソウルで契約は契約ですからと基本論を言っただけ。そう申し上げたら、翌日の新聞には、私たちが監督を解任して違約金を支払うと書かれてしまった。そんなことは申し上げたこともないので、非常にショックを受けた。
──確認すると、6月の4試合でレポートを作成しそのリポートにはイエスかノーか、つまり監督が契約を続行するか打ち切るかを交えて評価が決まるということですね。そこに次期監督(の名前)が入る可能性は
会長 あるかもしれませんし、それは強化推進本部の話になると思う。
言われているような「解任」でも、また10月までのオプションを行使した「延長」でもなく、サッカー協会は「6月の本契約満了」という契約本体に筋を通す形で、まずはこの混乱した事態を収拾する方向を選んだといえる。
しかし、ここまでの1年と7か月で評価が一致しなかったというものがまさか4試合で決断できるはずもなく、根本的な問題、つまりトルシエ監督の契約終了に伴い、誰を次期監督に招聘するかについては延長戦に入っただけのことである。
三役会をとりまとめた岡野氏はIOC(国際オリンピック委員会)の委員でもあり、日本体育協会の総務主事時代には名古屋五輪招致、JOC(日本オリンピック委員会)になってからは専務理事を歴任しており、筋や、手続きを何よりも尊重する。
この日も、「私たちの間で解任などという言葉が出たことは一度もありませんでした」と会見で繰り返し、さらに「私たちが解任をして違約金を支払う、などということを書かれてショックを受けた。監督にも失礼だ」など、あくまでも手続き、筋にこだわる「原則論」でマスコミの騒動のほうをまるで何もなかったかのようにかわした。
表面的にはともかく、次期監督問題の選択については「表」(6月のキリンカップまで先送り)の部分が延長されたために、逆に「裏」ではかなり時間が切迫する、いわば「表裏分離」状態を招くことになってしまった。五輪のエントリーがあるからだ。「ファミリーエントリー」といわれる申請の期限は7月である。
五輪を戦う監督をどうするか、少なくともこれは絶対に7月の早い段階で結論を出していなければならない。オリンピックはW杯のようなFIFA(国際サッカー連盟)の管轄で行われる大会ではなく、IOCが統括し、このエントリーについては厳密な審査が必要になる。オリンピックのパス(すでにメディアなどは3月で締め切られている)は一度エントリーした場合、変更は不可能。パス自体がビザとなるためで、申請には今回の豪州の場合は特に厳しく麻薬、薬物使用の過去など様々な経歴が審査された上で許可が下りるとされている。またテロリストなどの入国を防ぐための偽造防御の手続なども煩雑で高度なレベルで行われる。
JOCによれば、まず6月1日に最初のエントリーがある。ここは、例えば男女マラソン、水泳など、これまですでに決まった代表選手の名前がエントリーされ、今後まだ増える可能性がある枠は「人数」としてフィックスされる。
ほかのものについては7月31日がデッドラインで(できるだけ早くとの指導をしている)、このJOCへの申請をJOCが一括して豪州の五輪組織委員会に8月25日までに届ける必要がある。ここでもれたものは一切救済されず、過去にもエントリーミスで出場できなかったという不祥事はある。
トルシエ監督がそのまま延長されるならば問題はない。しかしトルシエ監督が契約を終了しその後のオプションは取らないということで合意した場合、新しい監督、さらにその監督の選ぶ戦術、選手が大幅に変更するなどの期間を考えると、6月のトルシエ監督の評価確定はかなり時間的に厳しい作業になる。長くて1か月ちょっと、混乱すればエントリーのデッドラインまで1か月を切ってしまう可能性もある。慌しいリスクを抱えた中で、強化推進本部はどこまで人選を進め、交渉と契約をまとめることができるか。過去にも、そして今回も明らかになった「交渉下手」をどこまで挽回できるかにすべてがかかっている。
ベンゲル氏との非公式な交渉は、関係者によれば「暗礁に乗り上げた」という状態。また取材した限りでは関係者に「日本人で2002年を迎えなければならない」などといった根拠のない意見はない。ただ、「日本選手をよく理解している人」というキーワードだけは繰り返されている。Jリーグの外国人監督の手腕ももちろんターゲットにされているだろう。
トルシエ監督にとってはいわば「里帰り」ともいえるアフリカ、モロッコでのフランス戦は、相手が欧州選手権を控えているだけにハードな戦いになる。
またボリビア、スロバキアとのキリンカップは地味な顔ぶれで切符の売れ行きが心配されていたが、「親善試合」に代表監督の去就がかかるという世界的に見ても極めて稀な「オプション」がつく恰好となってしまった。