トルシエ監督の契約は6月30日で終了する。
5月25日の理事会に対して強化推進本部長の釜本氏が「それなりの報告」(釜本氏)を最終的にすることで、契約が再延長されるか、それともこのまま打ち切るかの最終結果が出されることになる。
もう一度契約内容から確認しておきたい。契約、人事用語は扱いを間違うととんでもない解釈になるからである。
そもそも監督がサインをした98年10月から1年9か月という中途半端な時期での契約は、6月が欧州の移籍のトップシーズンでもあり、監督の再就職を考えた点が第一。また協会側もオプション(9月の五輪と10月のアジア選手権)を含めたトルシエ監督との契約を一時延長しない場合、9月のシドニーまでに新しい監督の体制をまとめるための時間を取りたい、との両者の意向と合意から成立したものだ。
関係者によれば、98年夏の終わり、南フランスでバカンスをとっていた監督のもとを訪れた協会関係者が、「一度に4年の契約は現状では難しい」と話すと、監督は「当然だ。私自身やはり2年をひとつの区切りとして、そこで再評価をした上で延長するべきだと考える」と話している。
その際1年9か月で結ばれた監督の契約の中には、ユースの世界大会での好成績、五輪代表のアジア予選突破、これにアジア選手権予選突破と主に3つの項目での戦績についての検討事項が付帯している。
つまり内容はともかく形の上では、監督はすべての「任務」は一応果たしたことになる。
監督はこれまでアフリカの4ケ国で代表監督を務めて来たが、どの国も1年と滞在したことがない。監督の契約は常に「ある大会」という「目標達成型」の契約で、しかも最終的には人種差別に端を発した選手、協会とのトラブルによってその国を去るなどしている。
98年に契約を結んだ際、初めて目標達成型ではない長期評価型に非常に慎重になっていたのは監督の方だ。
一方、協会は監督の「過去」を承知の上で契約したことで、相当な忍耐をしなければならないだろうことは覚悟の上だった。
ユースの準優勝やアフリカ遠征、五輪の予選突破と監督の実績をサポート、評価しながらも、これといって厳しいノルマを課していなかったA代表については、ズルズルと無駄な時間を過ごしてしまうことを懸念しつつ、1年8か月を任せた以上「結果」を待つしかなかった。
このことを忘れると、監督がまるで一方的に烙印を押され契約を打ち切られる被害者かのような構図になる。両者が合意の上でサインをしたことを無視すると、「協会が言う通りにならない監督をクビにする」というような稚拙な話になってしまう。
この間、監督が自らの意志で「いくら言っても変らないならやってられない」と口だけではなく本当にやめる自由は、契約の上でもいつでも保証されていたし、協会も、監督が日程を話し合い合意した直後にそれをテレビの前で批判するなどといった際「年俸いくら払っていると思ってんだ。ルール違反だ」と切ってしまうことはできたのだ。
しかし、両者ともそれをしなかった。
そもそも成熟した契約とは両者の合意をギリギリのラインで文章にまとめ上げることで、サインをした以上これを尊重することが両者の第一の義務になるべきだ。トルシエ監督の去就問題を語る上で、結んだ契約通り1年9か月が終わろうとしている、という事実を無視してはならないはずだ。
加茂監督がW杯予選中に辞めたのは監督の意志ではなく(最終的には自身で責任を取ると明言したが)協会が任期がまだ残っていたにも関わらず解任を言い渡した結果で「更迭」、岡田監督がW杯後に辞めたのはオファーがあったにも関わらずこれを断ったので「辞任」、あるいは「退任」。
今回、トルシエ監督と日本協会は「奇跡的」にひとつの契約書を守り抜いた。クビでも解任でもない。予定されたすべての月給が彼の口座に振り込まれるのだ。契約は満期終了、退任である。もちろんこれが勇退なのか、烙印を押されての退任なのか、その解釈に違いはあるはずだが。
協会の評価はただ1点、2年の時間は与えたが、2002年までの再延長をする理由が見つからないのだ。つまり監督はこの2年、「プラスアルファー」を上乗せすることができなかった、この点に尽きる。
「いいところも悪いところもあるし、監督の指導力で日本が伸びたところもあるし、そうでなかったところもあるし、選手個々が伸びた面もあればまったくそうでなかった面もある」と釜本氏は26日評していたが、これは詭弁でも何でもなく現時点でもっとも誠実な本当の評価だろう。
オフト監督はもっともW杯に近づいた監督だったが、契約の延長を川淵三郎・当時強化委員長の判断で行わなかった。加茂監督は解任され、岡田監督は辞任した。これらの例はすべて違い、トルシエ監督の場合もまた違うのだということを理解することが重要だ。
6月のポストトルシエへのビジョンと実行動がどう予定され、それが選手に最高の形で引き継がれるか。
協会はすでに評価を下しているはずのトルシエ監督のことではなく、2002年へのミッションを進めるべきだ。
もう進めていることを信じたいが。