試合前日の15日、1週間でもっとも天気のよくなったのどかな午後、ASローマの練習場でもあるトリゴリアからホテルに戻るタクシーの中でのことでした。
ラジオからはけたたましい声で「バティ!!!!」という単語だけ聞こえてきました。その瞬間、なんとドライバーがハンドルから両手を離して頭を抱え、顔をうつ伏せにしてしまうではありませんか。そして、サッカー場でよく見る、いや日本では見ませんね、両手で「何でなんだあ」と叫ぶような、これはイタリアのサッカー場において目撃回数がもっとも多い人間のジェスチャーとでも言いましょうか、あれをやり始めたわけです。
「あー、ぶつかる、危ない、危ない!」
ほかにスポーツ新聞の記者、イタリアで40年も暮らす通訳の方、の3人が乗っていたのですが、車はみるみる道端に流れて行き、今度は3人で「前を見ろ、前を!!! ボランテ(“ハンドル”のことです)、ボランテ!!」と両手でオーバーアクションしながらドライバーに向かって絶叫します。
そう、15日の昼間のゲームでフィオレンティーナ対ラツィオ戦が行われていたのです。ドライバーはもちろんローマ在住のラツィオファンなわけで、相手のフィオレンティーナのバティストゥータがロスタイムにゴールを入れるという、非常に間の悪い時に私たちはタクシーに乗っていたわけです。
ラツィオのリードで終わるはずが、バティのスーパーゴールで3−3の同点になった瞬間、今度は彼、ラジオのボリュームを消してしまいました。私たちは試合の結果を知りたいですから、「恐れ入りますが、ラジオ、入れていただけますか」と、もう超敬語? を使ってお願いしなければなりません。しぶしぶ、聞き取れないような小さな音量で聞かせてもらって試合終了を確認、ラジオをブチ、っと切られてしまいました。
イタリアに来るとこんな冗談のような、しかし非常に真剣な彼らのサッカーをとりまく日常生活に出くわし、それが楽しいこともあります。
しかしローマにおけるロマニスタ(ローマファン)、ラツィアーレ(ラツィオファン)の対立構造はあまりに鮮やかで笑ってしまいます。
朝は大概こんな会話で始まりました。
私たちがエスプレッソを頼みます。なかなか来ない。そこで、こちらで暮らす通訳の方、もちろんサッカー好きですが、彼が「フォルツァ(がんばれ)ローマ、エスプレッソまだかいな」と聞くわけです。すると、「なぬ? ロマニスタにはさらに遅くしてやる」とジョークの応酬です。やっと運ばれてくると、「はい、ラツィオ印のミルクもセットで」なんて言うわけですね。
タクシーを呼んだときには、こんなこともありました。
「トリゴリアへ」と告げるなり、彼は、「ああ、そこの近くまではとりあえず行くよ」と言うんですね。「いや、近くじゃなくてちゃんと門の前に」なんて通訳の方が真面目に応戦していると、「ラツィオファンはトリゴリに半径100メートル以内には近づいてはいけない、という決まりなんだ」と返ってきます。
笑ってばかりでもないのは、ローマのセンシ会長が政治家をクラブに連れてきたときですね。ローマの地方選が行われる前に、会長は「与党、野党の区別なく政治家を声援します」という声明を、政治家を招待したクラブで出し、それは重要なコメントではあるのですね。
しかしその後に「しかし、ラツィオを応援している政治家はここには招待しません」と言うのです。これを巡って、実際にはラツィオファンの候補者が「会長には招待を受けてない」と発言。当初は「いや平等に呼んだ」などとしていた会長も、「政治思想はいいけど、ラツィオはだめだもんね」と公言してしまったわけです。
サッカーは偉大なスポーツであり思想なんです。アルディレス監督(横浜)が「奥さんは一度くらい変えてもいい。でもクラブを変えることは許されない」と、清水時代にサッカーの熱狂ぶりを表現するジョークを教えてくれましたが、これは本当ですね。
昨年10月のペルージャ対ヴェネツィア戦以来のイタリア出張となりました。
ローマに中田英寿選手が移籍してから初めてでもありましたが、練習での取材はまったくできないため、残念ながら写真でもお見せしたように「あ、今ナカタの足が見えたような気がする……」という状態でありました。
また、中田が試合に出場しなかったために、オリンピコの周りでがっかりしている観光客のみなさんにもお会いしました。
ドクターの説明によれば「私たちのチームでもっともタフな選手の一人であり、休ませることだけが彼の治療だ」ということですので、カペッロ監督の言葉通り「無理をしないでもらった」ということですか。
彼がベンチに座った試合というのもまた、非常に興味深いものです。なぜかと言えば、彼に求められている仕事がどんなものなのか、ピッチにいなかったからこそ分かるものがあったからです。
今朝、こちらの17日付けの朝刊各紙とも、ローマが2−0で6試合ぶりに勝利したことで大きな扱いをしています。今週末はイースターでもありますから、それにたとえて、「ローマの苦難は復活祭を前についに終わった」「ローマは神の復活によって、病を治された」といった様子ですね。
こちらのサッカーの記事には、日本語にうまく訳すことのできないような歴史、宗教的なたとえが本当にたくさんありますが、何より多いのは料理にたとえる表現でしょうか。もしイタリアにサッカーを観に来るチャンスがあれば、ぜひとも携帯用でもいいのでイタリア語の辞書を持って来られるのがいいと思います。サッカー記事を読むと、本当にいろいろな生活観を実感することができるからです。
今回は、「Number」からの仕事で非常に興味深いインタビューをさせてもらいました。5月発売の号に掲載予定だそうですので、お時間があればどうぞ読んでみてください。
ローマは非常にいい天気でしたが、経由地ミラノは今、大雨です。
さきほど、ミラン・ファンだというエアラインの乗務員と話していると、彼が青色の模様が入った携帯を持っていたんですね。
「あれ、青い携帯なんて持って、インテル(青はインテルのチームカラー)ファンじゃないの?」とからかうと彼は待ってました!、とばかりに笑って言いました。
「なに、ほら、ここ、青いとこは触ってないもんね。黒いとこと赤いとこ(ミランのチームカラーです)だけ持って電話するんだ」
つける薬はありません。
皆様のご健康をミラノ・マルペンサ国際空港でお祈りして。