3月3日


2000世界スピードスケート距離別選手権
(長野・エムウエーブ)

 シーズンを通じて各距離の最速選手を決める大会が98年長野五輪会場でもあったエムウエーブで始まり(5日まで)、初日は男子5000メートルで白幡圭史(26=コクド)が、6分31秒16で3位に食い込み、自身では2年前のW杯以来2年ぶり、また今大会では96年大会以来4年ぶりに国際大会での表彰台にカムバックを果たした。白幡は、これまでのスタイルだった、安定したラップを最後まで刻むというイーブン走法から、序盤に速いラップ(400メートルごとのタイム)で入り、追い込んでいく積極走法にモデルチェンジをし、このレースでは自らが言う「ニュー白幡」を実行して見せた。最初の400を29秒59でカバーした後は、一時31秒68まで落ちたものの、その後再度上げてゴール。長野五輪から続いていた長いスランプを、新しい発想と実行力で抜け出した。なお、同種目の優勝は、世界記録を持つジャンニ・ロメ(オランダ)で6分25秒40だった。
 またドイツの独壇場でもある女子3000メートルでは、今季、世界選手権でも表彰台(総合3位)に上がるなど絶好調の田畑真紀(25=富士急)が、同走したドイツ強豪フリージンガーを破って4分9秒18をマークし、ドイツ3強の一角を堂々崩して3位に入った。距離別の世界選手権で日本人女子が表彰台に上がったのは初めての快挙となった。
 女子500メートルでは、19歳の新鋭・大菅小百合(三協精機)が、自身の国内タイムとしては最高となる38秒台を2本(38秒93、38秒88)マークする健闘を見せ、2本の総合でも4位となった。三宮恵利子(富士急)は5位(39秒07、38秒81)、また腰痛で出場が危ぶまれていた岡崎朋美(富士急)は痛み止めの注射とテーピングで今季最終戦に臨み、8位とレースをまとめた(39秒16、38秒82)。優勝は、ドイツのガルブレヒト(38秒78、38秒70)だった。
 4日は男子500メートルに清水宏保(NEC)が出場する。

「松阪大輔にボールをぶつけないよう」

 ライオンズの松阪大輔と白幡。一見何の関係もないかのような取り合わせに、実はこの日、今大会4年ぶりとなる偉大なるカムバックを果たした白幡の「秘密」がある。
 白幡をコーチしてきたのは、カルガリー五輪銅メダリストで、大学の先輩でもある黒岩彰氏である。同氏は昨年、松阪の入団とともにコクドから西武の松阪専属広報へ。白幡のコーチを志半ばにして、リンクを離れることになってしまった。
 この大会前、普段からマメに連絡している黒岩とは電話で話し「がんばれ」と励ましももらい、白幡は「黒岩さん、間違って松阪君にボールなんてぶつけちゃダメですよ」と冗談を言い合ったのだという。
 コーチがいなくなった環境で、白幡はしかし発想を転換し、新たな一歩を踏み出すことを決心した。そして実行した。
「随分遠回りをすることになってしまったとは思います。でも、よかったと今は言える」
 実際には、自らのスケーティングスタイルの大改革である。
 長距離選手として第一人者の白幡のスタイルは、安定したラップを刻むこと。0コンマのラップを操りながらフィニッシュでまとめるこのテクニックでは、世界No.1とも言われるほどだが、高速化する長距離種目の中にあっては限界も見えていた。
「とにかく速いラップで入ってそれをどこまで維持できるか、という積極的なものにしなければダメなんです。その中で世界との差を短縮する以外に道はない」と、夏場からトレーニングも変え、体を徹底的に追い込む。そうした中で、どこまでいけるか、という自信と確信を手にし、レースに挑んだ。
「きょうは最初のラップで29秒台から入って、それにひるむことなく、失敗を恐れずにどんどん攻めていった。最後は、黄色のはずの電光計時の文字が青く見えるし、声援も聞こえるか聞こえないかの境目、完全にラリってました」と、レース後は笑って振り返ったが、実際、極限まで疲労が達した中で踏みこたえたラスト4周に、ニュー白幡と以前の自分との凄まじいばかりの葛藤があった。
 長距離王国オランダの選手たちからも、「小さな精密機器」と、正確な体内時計に対して尊敬の念を持って称賛されている。この日優勝を果たしたロメが会見で白幡を隣にし、「彼は非常にいい人間でいい選手だ。昨年は厳しいシーズンだったと思うが、こうしてまた復帰してくれたことを大歓迎したい」と話してていた。
 表彰台では、誰よりもカムバックを喜んでくれたライバル、ロメとデ・ヨング(オランダ)が一番小さな白幡を肩車した。白幡は照れくさそうに笑った。
「本当に最高の気分です。長野のような失敗をせずに、階段は抜かさず踏み外さず、一段一段上がって行こうと思う」

「こうなると、思ってなくはなかった」

 女子では初の距離別選手権での表彰台が決まると、田畑は苦しさに顔を思い切りしかめながら、小さなガッツポーズをした。
「レース前コーチと考えていた戦略を実行できた。本当に(フリージンガーに)勝ったんだ」と信じられかったという。
 今季は、世界選手権(1500m)で優勝を果たすなど絶好調でこの大会でも初のメダルを狙ってはいた。試合後、日本女子初、と聞かされて「そうなんですかあ」と他人事のように笑った。
「日本人でどうとか、ではなくて、自分の中で狙って行ったんです。レース中は彼女が一度私を引き離して、そのまま逃げにかかろうという地点でできるだけ粘ることを考えていました。そこで粘れば、相手もエッと思うでしょう」
事実、1800メートルから先行される。しかし、ラスト2周、フリージンガーの背中が見えた瞬間、ひどく疲れているように見えた。「チャンス、ここで粘ろう」と気持ちを切り替えて、ラスト1周、最終コーナーの出口で大逆転を果たしてフィニッシュした。 
 エムウエーブでのベストに限れば、自らのタイムを5秒も高く設定してのレース。今までずっと意識を高く持ち続け、自信を少しずつ獲得し、ようやく結果と努力が肩を並べることになった。
「2年前、苦手といわれる日本女子の長距離の中で、自分がここまで来るなんて思っていなかったのではないですか」と聞かれた田畑は、しなやかに笑った。
「そう思ってなくはなかった、ですね。すみません、ずるい言い方ですか」
 そんなことはない。世界の強豪と8秒近くも違ったタイムをついに4秒まで詰めたのだ。「自分が勝てる」と思い続けなくて一体どうやって勝てるというのだろうか。
 得意の1500メートル(5日)へ何よりのウォーミングアップになった。

強行出場の岡崎「痛み止めとテーピングの処置で、痛みが軽減したので出場をした。長田監督からは、カーブでチョコチョコ走っているから、そこだけを何とかしよう、大きな動きでカーブを抜けるように、腰もこんな状態なんで思い切って行った。いいものをつかめた感じがしますが、これで(500mは)今季終わってしまいますねえ(笑い)。
 今シーズンは、日本記録を500と1000で取ったり、転倒もした。いろいろあったシーズンだけれど、これはこれで納得できるし、次につながると思う」

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