1月21日


大阪国際女子マラソンを前に
(1月20日=日本時間21日午前、ロサンゼルス国際空港にて帰国の途中で)

 コロラド州の州都デンバーから、車で約1時間、ロッキー山脈に近い高地にボルダーがあります。街中に、小川が流れ、その周辺は自然を残した遊歩道がいくつも保存されていて、野生動物も顔をのぞかせます。
 米国のマラソンランナー、フランク・ショーターのホームタウンであり、また高地で、しかもこうしたすばらしいコースにこと欠かず、さらにプールやレクレーションセンターの充実度も大変なもので、もう20年も前から、この街は「ランニング・メッカ」つまり、ランナーがトレーニングを積む上での「聖地」と呼ばれてきた場所なのです。
 外国のトップランナーの多くが、ここに住んでおり、日本の五輪メダリスト、有森裕子(リクルート)も3年前にここに住居を構えました。
 今回の米国出張は、30日の大阪国際女子マラソンに出場する有森の取材のためでした。滞在は4日で、毎日締め切りを抱え、さらに彼女の朝練習は午前6時から。もう分かっていただけると思います(笑い)。
 毎朝、午前5時半に起床し、私自身、日本では「並んでまで飲むコーヒーか」とあまり評価していなかったのですが、ボルダーでは街で一番にオープンする「優秀」な「スターバックス」へ直行して、長距離トラックの運転手たちに混じって目覚めの一杯を飲みました。ウインドーにはおばけクロワッサン(日本のさらに1.5倍ですね)やシナモンロール、それに、雪合戦の雪球のようなマフィンが並んでいて、みんなそれを買ってコーヒーを流し込む。「これにノンファットマフィンとかつけるくらいなら、半分にすれないいのに」などを笑いながら、ロッキー山脈のふもとが朝焼けに染まるのを待っていました。
 彼女の自宅は、ボルダーの中でもとても眺めの良い場所にあり、裏庭にはミュールと呼ばれるエゾシカくらいの大きさの鹿もひょっこりやってきます。
 有森は、毎朝、自宅のリビングに運び入れてある治療用のベッドで、トレーナーの細川氏の手で一時間ものストレッチを行います。
 部屋中静まり返っていて、ドラム式の洗濯機が回る音と、飼っている熱帯魚の水槽に取り付けられたエアポンプの音、それと、時々彼女自身が顔をしかめてうなる小さな声、これしか聞こえない、そういう静寂の中で毎日の練習が始まるのです。静寂の中、自らの体のわずかなズレや張り、あるいは緩みといったものを、1時間のストレッチで自覚し、矯正し、走り出すための重要なチューニングを行う姿を毎日目の前で見ていられたこと、選手たちの日常のひとこまをああして実際に知ることができたことは、超寝不足にも変え難い貴重な経験でありました。
 大阪国際女子マラソン前の調整を終え、いよいよ直前の仕上げの段階に全てのランナーがいます。
 今回の大阪には、弘山晴美(資生堂)、小幡佳代子(営団地下鉄)、浅利純子(ダイハツ)らが代表の座をかけて挑戦してきます。どのランナーにとっても簡単なレースではないでしょう。しかし記録という数字だけでははかることのできない「強さ」というものも、スポーツには必ず存在します。
 有森だけでなく、一万メートル内定の交換条件を突きつけられて、それを蹴ってマラソンに挑戦する弘山。4年前の五輪選考会で小幡を知る人はひとりもいなかったでしょう。これまで何度も挫折するたびにまた這い上がってくる浅利。
 有森の早朝のストレッチは、彼女たちが、まさに薄氷を踏む思いで積み重ねてくる何ケ月もの時間、何千kmもの距離を象徴しているのです。それを思うと、スタートからゴールまで2時間25分で決着してしまうレースが無情に思えることもあります。
 しかし彼女たちの「強さ」もまた、見るものを引き付けて止みません。
 残り2つの代表切符をかけて争われる30日の選考会大阪国際女子マラソンを、どうぞご覧になってください。
 東京で優勝し、現在は候補の筆頭、ある意味で待つだけの辛い立場の山口衛里(天満屋)に先週、ある表彰パーティーで会った際、こんなことを言っていました。
「私の記録がひとつのターゲットになった。それがよかったのか、それとも悪かったのか、今はじっと待つだけです。みんながどんなに苦しい練習をしてスタートラインに立つか、私はよく知っています。レースで、皆さんの本気を恐る恐る、見たいと思っています」

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