1月2日


箱根駅伝往路
東京大手町−箱根芦ノ湖畔
5区間・107.2キロ

 元日の実業団駅伝から、2、3日の箱根駅伝と、日本の正月は駅伝スペシャルウイークか、というほど長距離の駅伝が続きます。お茶の間のみなさんにはお楽しみのイベントかもしれません。
 今年は、復路での一斉スタート(トップから10分以上の差がついたチームはトップチームと同時にスタートをする)を始めて以来、もっとも均衡したレースになり、繰り上げスタートをするのはわずかに2校。あすの復路では、14位の関東学院大と、15位の東洋大とわずか2校のみが一斉スタートという、大激戦になりました。

 箱根駅伝は1人が約20キロを走らねばならず、どんなに調子がよくとも、絶対に計算ができないとも言われます。そんな中、今年も大きな、まさに「山場」が箱根の山にありました。
 世界中どこを探しても、山岳マラソンなど特別な例をのぞけば、こんな山を越えて行くようなレースは見当たりません。5区だけで、111回ものカーブを曲がり芦ノ湖まで上り、下りを走りきらなくてはならないのです。車で入っても、ギアをマメにチェンジしながら、慎重に上がらなくてはならないようなコースを、彼らは足と腕の力だけで制覇するわけです。
 箱根駅伝も年々スピード化がすすみます。しかし、私はあの暗い山道だけは今も特別な道であるように思います。今年も1年生や若い選手が活躍したかと思えば、優勝候補にあげられてもいた神大や山梨学院がここでひどい目に遭っています。

「山を制するものは箱根を制す」とは、関係者の間で昔から言われている勝利のセオリーです。かつて、日体大にはこの山上りと山下り、その両方をこなした谷口浩美氏(旭化成)がいました。
 今ではスピード化が進み、すでに山にこだわる時代ではない、ことも事実ですが、今年もやはり、結果的には山を制した学校が上位に食い込みました。
 かつて、早稲田大学で4年間連続でこの山に挑んだランナーがいました。 
 金哲彦氏は、現在リクルート陸上部の監督として女子を指導しています。彼の4年間をすべて取材する幸運に恵まれたせいかもしれませんが、私は金君が、黙々と、本当に淡々と山を登る姿になぜかひどく惹かれました。そして、今年はこのページのために「客員教授」を引き受けてくれました。
 ラジオ解説で箱根の山に登っていた金氏に電話をかけ、山の怖さ、極意などを聞きました。金氏の解説を楽しんでください。
 そして3日の復路、今度は下ってくる選手を見る上で、生きた参考書にしてください。

「箱根の山は……」

 今年の5区は、非常に出来の良かったランナーと、全く上手く走ることのできなかった選手の差が大変大きく開いてしまいました。
 天候は決して悪くはありませんでした。雨も降りましたが、むしろ、山に入る前は暑いくらいではなかったでしょうか。
 しかし、山に入ると天気から、雰囲気からすべてがガラリと変ってしまうものです。視野もそれまでのコースとは随分と変り、集中して「山との勝負」をしなくてはならないんだ、と気持ちがグッと引き締まる、そんな思いになります。

 この日のレースでは、区間賞を獲得した柴田君(東海大)と、駒沢の1年生、松下君の一騎打ちに非常に興味深いものがありました。それは、箱根の山の走り方というもの、それができるか否かが、明暗を分けるのだと、これほどはっきり示した例もなかったからです。
 この急勾配のコースでは、上りと、湖が見えてからの下りと、その両方をこなさなくてはならないのです。上ってばかりでゴールならば、逆にもう少し楽になるわけです。
 上りと下りでは、まったく正反対のフォーム、正反対の理論で体を動かさなくてはなりません。上りでは、体のトルクを最大限に出すために、体を持ち上げて行きます。持ち上げるためにはどうするかといえば、踏ん張るために足の接地時間をできるだけ長く取らなくてはなりません。「てこの原理」とも似ているのですが、体を上げるのに接地からのパワーをうまく腕に伝え、その力を利用しながら走ります。

 では逆に下る場合にはどうするか、今度は足の接地時間をできるだけ減らさなくてはなりません。そうしないと、体にブレーキをかける結果になるからです。下ろうとすれば、当然体はこれを制御しようとします。姿勢が立ち気味になりますし、どうしもブレーキがかかりやすいのです。しかしここでブレーキを少しでもかけてしまうと、走りのリズム自体を完全に崩してしまうわけですね。
 ですからこの日、松下君の走りは決して上りに向いている走りではなかったのですが、見事なほどにギアを変え、同時にまったく違う走りでリズムをつかんだわけです。逆に、柴田君は上りの走り方はすばらしいものでしたが、下りに入ったとき、全く正反対の走りができなくなってしまっていたために、体にブレーキがかかり、松下君に置いていかれることになってしまったわけです。

 20キロ、しかもとんでもないような急勾配の中を走りながら、体を常に勾配に対応させなくてはならない、こうした変化を体得することが、この区間の最大の難しさであり、面白味でもある、と思います。それだけの技術、精神的な余裕も持ち合わせなくては、ライバル、というよりも先ずは山にやられてしまいます。

 きょう、私自身は中継車の上から何気なく通り過ぎてしまったのですが、4年間走りながら(2年で往路優勝を経験)毎年毎年、富士屋ホテルのある地点で、苦しみ抜いていたことを思い出しました。
 あそこだけ、実に100メートル走って電柱1本ですから10メートル近く上らなくてはならない、箱根を走る者にとって最大の難所なんです。さあ、ここで勝負だ、ここで踏ん張れるか、と自分に言い聞かせて、越えたとき、コースはまだまだ残ってはいるのですが、何とか最後まで行けそうだ、と手ごたえを感じたものです。

 実業団に入り(現役選手としてもリクルートに在籍)、国内外のトップレースを経験しましたし、コーチとしても様々なレースを見て来ました。けれども、箱根の山を上り、下るような、あんなとんでもないコースを走るレースを見たことはありません。何というのかうまく表現できないのですが、単にコースが特別だということだけに留まらない「何か」が、あの薄暗い、そして険しい山道に潜んでいるように思うのです。

金哲彦……1964年2月1日生。福岡県出身、早稲田大学教育学部卒。主な競技記録は1987年別府大分マラソン3位、1989年の東京国際マラソン3位など。

(金氏は、NHKラジオの解説者として、毎年箱根駅伝を取材している。的確で自らの体験を通した解説を、取材者たちもイヤホンを入れて聞いています。この文は電話で話を聞き、増島が原稿に起こしたものです。文責はすべて増島にあります)

    総合成績
    順位 大学名 タイム
    駒澤 5.33.40
    東海 5.34.08
    帝京 5.34.52
    中央 5.35.23
    順天堂 5.35.39
    法政 5.36.25
    日本 5.36.36
    早稲田 5.37.56
    大東文化 5.39.13
    10 日本体育 5.39.45
    11 拓殖 5.39.59
    12 山梨学院 5.40.23
    13 神奈川 5.42.22
    14 関東学院 5.44.08
    15 東洋 5.47.45

箱根駅伝 記録の詳細はこちらで → http://www.yomiuri.co.jp/ekiden2000/

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