学名のススメ(2)-6

ふじもり@えりー


同定
クワガタムシは愛好者が確かに多いのは事実である。
しかし、クワガタムシそのものは日本に生息する甲虫約10000種・亜種の1%にも満たないマイノリティである。
クワガタムシの図鑑や写真を載せた書物は書店にあふれているし、いまや日本産のクワガタムシの同定に困ることはほとんどないだろう。
その反面、それ以外の虫の場合には、その虫がなんという名前で呼ぶのが適当な虫かすぐには分からない場合が多い。
しかし、目の前の虫がなんという学名で呼ぶのが適当な虫かということは考えることができる。

同定とは、その標本の特徴を抽出し、これまで知られている名義タクソンに一致するかどうかを検討すること

をいう。
やはり、採集した以上はきちんと標本として残して、正確なラベルをつけておいておくのがよいだろう。
世の中にはなんでこんなちっこくて汚い虫を集めているのか?という人もいるのである。
個人が採集できる標本の数には限りがあるので、 あるグループのまとまった標本(しかも、あまり昆虫採集者がいない地方の)は貴重である。
そういう物好きには喜ばれるに違いない。
もし、採集をするうちに興味のある虫がでてきたら、自分でそのグループを集めて並べてみるといい。

これまで同じ虫と思っていた虫が、だんだん別の虫に見えてくる。
逆に、これまで違うと思っていた虫がある一定の法則のもとに一つのグループにまとまるような気がしてくる。

一個体だけを見ていたのでは決して分からなかった違いが、あるいはそのタクソンが持つ個体変異の幅が見えてくるのである。
このような同定には最低でもルーペが、そしてできればビノキュラ(実体顕微鏡)が必要になってくる。
とはいってもビノキュラは安いものではないし、一般に手に入りにくかったりするだろう。
しかし、最近はデジカメ付きの簡易実体顕微鏡も安く販売されるようになったので十分一般の人でも利用できると思う。

実際に学名を当てはめるためには、何らかの形で資料を集める必要がでてくる。
まずはじめは、図鑑であったり、博物館パンフレットのようなものだったりするだろう。
しかし、図鑑などは紙の枚数に制限があって、特徴の記述は短く、不鮮明な写真が1枚きりなどという場合も多い。
もしかすると、個人で良く調べている人は、ホームページで多数の写真や、類似種の分別点を公開しているかもしれないので探してみるのも一つの方法だろう。
このような人たちは、分類学者でなくても分類学者並によくわかっていることがあるので、いろいろ教えてもらうと大変参考になる。
いずれにせよ、資料としては子供向けのハンドブックではとうてい物足りない。
そして、保育社の原色甲虫図鑑I〜IVでも物足りなくなってくる。
終いには原記載論文を集めはじめるのである。

同定は、高級なパズルを解いている感覚に似ている

と私は思うのである。

 

標本とラベル
通常、我々は野外で採集した虫を標本にする。
それは単にそれらを並べて視覚的に楽しむためであろう。
あるいは珍しい、美しい虫をたくさん集めて同好者にイイダローと見せびらかすためだったりもする。
理由はなんにせよ、分類に使われるのではなくても、我々はラベルというものをつける。
このラベルにはいくつか種類がある。
命名規約で規定されているわけではないので、ここではあくまで簡単にラベルの種類と果たす役割について考えてみたい。

(1) 標本ラベル

採集した個体の由来に関する情報を書くものである。
通常は白い紙に産地・採集日・採集者を書く。
垂直分布の違いが参考になるので、できたら標高も書くことが望ましい。
日本で採集された虫に関しては、わざわざ英語でなくて日本語で記述すればよいと思っている。
というのは、日本語の場合、同音異義語が多すぎてたとえば"Mikuni-dake"と書かれていても同じ地域に"三国岳"が複数あったり、"美国岳"だったりするかもしれない。
だいたい、地名とくに山の名前というのは地方によって同じ漢字でも読み方が特殊だったりする。
徳島には雲早山という山があるが、これは"Kumohaya-yama"でも"Unsou-zan"でも"kumosa-yama"でもなく、"Kumoso-yama"だったりする。
そういう面倒なことを考えなくてよいので日本語でよろしいのでは?というのが私の意見である。
標本ラベルはその標本の由来を明らかにする上で重要な情報媒体である。
野外で採集された標本で、標本ラベルがついていないものは分類上価値が無い。
また、飼育個体はその親が採集されたものであってもあくまで人工的に飼育されてものであり、参考にはなるだろうが(たとえばその産地において当該種が絶滅したと信じられる場合、他に参考にするものがないなどのときには)、分類のためにはまったく用をなさない。
ちなみに、ラベルには種の学名を書かない理由はもうお分かりだろう。 
(2) タイプラベル
名義タクソンを構成する要素であり学名を与えられた特別な標本であるホロタイプ、シンタイプなど担名機能をもったタイプシリーズの場合、上記の標本ラベルは赤い台紙を使うなどとして、他の標本と区別がつきやすいようにするのが慣例である。
また、次に述べるコレクションラベルは赤い台紙を使わないほうがよい。
タイプと紛らわしいからである。
(3) コレクションラベル
標本ラベルとは別にもう一枚ラベルをつけることがある。 
これはコレクションラベルと呼ばれるもので、個人が集めた標本にシリアルナンバーをつけたものである。
したがって、このコレクションラベルにはコレクションをした人の名前とシリアルナンバーが記述される。
こうすることで、自分の集めた標本には、その番号に該当する標本はただ一つということになる。
コレクションをする方にしても、個別の標本に唯一無二のナンバーを打つことで管理が容易になるし、将来博物館等に寄贈するときにも非常に便利である。
標本ラベルには書かれていない情報を知りたいときにコレクションをした人に、何番の虫について問い合わせれば本人はその虫について採集の状況や、当該種に関する標本ラベル以上のことをいろいろ教えてくれるだえろう。

自分の採集した虫の標本を他の人が欲しがってくれて、自分のコレクションラベル付きで保有してもらえるということは大変嬉しいことである。

すべての標本につける必要はまったくなく、むしろ標本群のなかで特別に思い入れのあるものを選び出してつけることが多いと思う。
仲間内で異なる色のラベル(タイプに使われる赤を除く)とすると、標本箱を一目みただけでこの標本は誰それからもらった標本であるということが分かる。
もし自分で採集して標本をコレクションしている人は、特別思い入れのある虫に関してはこのコレクションラベルを添付して、そのリストや採集状況、同定ポイントなどを記録したノート等でリストを管理するとよいだろう。

(4) デターミンドラベル(デットラベル)
さらに、もう一枚、別のラベルをつけることがある。
普段我々はデットラベルと呼んでいるが、これがdeterminationなのかdeterminedなのか実は私はよくわからない。
形容詞的に使うなら後者だとおもって一応ここではdeterminedということにしておいた。
クワガタにはまず必要の無いものであるが、他の甲虫の場合、ちょっとかじったくらいでは同定ができないほど類似の異なるタクソンを多数抱えているグループがある。
このような場合には、その分野を良く知っている人に、当該標本の同定をお願いすることがある。
そして、この標本はAという種であると思われるというお墨付きをもらうのである。
このラベルには同定者名、同定日、該当すると思われる種名が書かれる。
なぜ同定日を入れるかというと、分類が変わって学名が変わることがあるからである。
かつてこの標本に相当するタクソンは、この名前で呼ばれていたということがわかるのである。
コレクションする人にとって、第一人者によって同定された標本というのはやはり特別な存在となるだろう。

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