学名のススメ(2)-2

ふじもり@えりー


タクソン〜分類学的単位
第一回では、学名というものが分類学の道具であるということをすでに述べてきた。
分類学における道具とはいったいどういう意味か?それはまだ説明していない。
それには分類学という学問が何をするものかを理解しないといけない。
その理解のためにはタクソン(複数形はタクサ)という用語の理解が不可欠である。

タクソンという言葉は、長年、虫に興味をもって何らかのかかわりをもっていると、学名と同じようにどこかで耳にする言葉である。
日本語でいうならば、分類学的単位ということになる。
なんのことかよくわからないだろうから、もう少し説明的にいうと、

タクサとは、互いに系統類縁関係をもつと推定される単位で、他の単位から識別できる形質を共有する複数の生物で構成された1つの個体群(生物ユニット)、あるいは個体群の集合

を意味している。
はるかかなたの大昔に、それはおそらく巨大な有機合成の実験室であった原始スープの海が冷えてきて、歴史上初めての生物と呼ばれるものが生まれた。
それらが長い時間をかけて他とは異なる生物として分化し、種を形成していく過程(=進化)は連続的であると考えられる。
現存する生物が一見不連続に見えたとしても、それはその間を結ぶ種が絶滅したか、見つかっていないかであり、いきなりゼロから既存の種とはなんの関係もない生物が生まれることはなく、互いに連続性あるいは系統的に類縁関係を持っていると考えられる。
分類学は歴史上の生物も含めて(化石や痕跡も含めて)そのような生物ユニットの系統的な類縁関係を明らかにする学問であると私は解釈している。
学名はこのような生物ユニットを混乱なく誰もが共通認識できるようにするために、一つの生物ユニットには唯一無二の名前を与え、同じ名前を他の生物ユニットには与えないための道具であり、命名法はその道具の使い方を規定している。。

命名規約ではこのタクソンという言葉で表される3つの異なる概念、すなわち動物学的タクソン、分類学的タクソン、名義タクソンを区別している。

なんのこっちゃ、さっぱり分からん!

かもしれないが、もうちょっとお付き合い願いたい。

(1)動物学的タクソン

目の前に、虫がいる。
その虫と同じ種類の虫は地球上に、いや日本のなかですら

いったい何匹存在するかどうか、それは誰も知らない。

わからないけれども、少なくとも数万、数十万、もしかしたら人間の数より多いかもしれないくらい、とにかくたくさんの同じ虫がいるはずである。
その虫に名前がついていようがついていまいが、関係なく、たしかに存在する。
つまり、人間が認知しなくても存在する。 
このように

自然界において、ある生物学的つながりを持ったユニット(この場合は同種)

のことを、動物学的タクソンという。

(2)分類学的タクソン
さて、動物学的タクソンに対して、 

人がこのような生物ユニットの存在を認識し、さらに、個々の生物ユニットを何らかの範囲(=境界)を持ったまとまりとしてとらえたもの

これを分類学的タクソンという。

これは人が分類という行為(分類学的研究ともいえる)によって自然界にはきっとこういう生物ユニットがある境界でもって存在すると、認識することに始まり、それを根拠となる事実に基づく境界条件を示すことである生物ユニットに境界線を引いて、集団を閉じ込める行為である。
これを何らかの媒体で世間に発表するがすなわち分類学的行為となるのであるが、この境界条件の設定=その人が思うように線を引くことが、正しいかどうかは問題ではない
分類学的タクソンはその分類学者(あるいは学者でなくても分類という行為を行う者)が

私は自然界におけるこの生物ユニットはこういう線の引き方で閉じ込めることで、他の生物ユニット群から区別することができる・・・かもしれない。わしはそう思うなあ

という仮設の提唱に過ぎないのである。
ここで重要なことは、

命名規約は我々人間がこの分類学的研究の結果、その生物ユニットである分類学的タクソンをなんという名前で呼ぶことにするかということを規定するためにある

ということである。
しかし、逆説的であるが、

命名規約はこの分類学的タクソンには直接学名を与えるということはしない。
名義タクソンに学名を与え、その学名があたかも分類学的タクソンの学名であるかのように流用する。

なぜにこんな面倒な作業をするのか?
それは次の名義タクソンという概念を理解すると分かるだろう。

(3)名義タクソン
動物学的タクソンや分類学的タクソンが生物あるいはその個体群そのものを指しているいかにも生物らしいユニットであるのに対し、名義タクソンは人工的な作為物である。
動物学的タクソンが面であるのに対して、名義タクソンは点であるという言い方をする。
たしかにそのとおりであるが、面と点という表現は私にはどうもしっくりこない。

学名は関数である、そして名義タクソンも関数である。

この表現は私には非常にわかりやすいのであるが、いかがだろうか?

名義タクソン関数 f の引数(パラメーター)は2つで、それは学名 n担名タイプ tである。
命名規約では明示的に表されていないが、学名と担名タイプは独立した変数ではない。
学名 nは、担名タイプ tに依存して決まる、すなわちntの関数である。すなわち、

n = N(t)

である。
すなわち、名義タクソン関数は、ある担名タイプ t と( タイプの説明は次のセクションで行う)、それに基づいて決定された学名 nによって一意に決まる関数で、

f(n, t) = f(N(t), t)

と、表現される関数である。
この関数の値は、担名タイプに付随する生物学的形質であると解釈することができる。

 

 


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