学名のススメ(1)-3

ふじもり@えりー


種の学名(種名)

さて、いよいよ学名であるが、一般に、我々が個々の虫の名前をさして学名というときには、それは種の学名のことをいう。
いわゆる種名であるが、言葉の問題でちょっとややこしくなるので(なんでややこしいかはすぐに分かる)厳密に表現する。
余計なことであるが、学名という言葉は命名法においては非常に幅広い意味を持つため、単に名前という意味で使いたいときは名称という用語を使うべきかもしれない。
ただ、当然のことながら、愛称も通俗名も学名も名称に含まれてしまうのできちんと指定したい場合は”種の学名”と面倒でも書くことにする。

種の学名について解説するまえに、子供のころに覚えさせられたであろう分類の基本概念をおさらいしてみよう。
それは地上に存在する動植物が

界>門>綱>目>科>族>属>種              

という階級群によって分類されているということである。
また、煩雑なので書いていないが、目と科の間には亜目があり、科と族の間には亜科があり、族と属の間には亜族があり、属と種の間には亜属がある。
そして、種の下には亜種がある。

(1)すべての階級群の名称はすべて学名である。

(2)属階級群以上のすべての階級群の学名は、一語で構成されている。

つまり、科には科名という学名があり、属には属名という学名が、種には種小名という学名があるのである。
階級群のそれぞれの学名にはそれぞれのルールがある。
ここで大事なことは、分類の階級は明確にクラス分けされていること、そして、それらの階級は5つのカテゴリーに分けられているということである。
5つのカテゴリーとは
[1] 科階級群より上位の
[2] 科階級群に含まれる
[3] 属階級群に含まれる
[4] 種階級群に含まれる
[5] 種階級群より下位の
カテゴリーである。
しかし、このことをきちんと説明するには第二回で説明するタクソンを理解しないといけないのでこの場は省略する。
それぞれの階級群においてそれぞれを規定するためのルールがあるが、ここでは属以上の階級群については詳細を省略する。
興味があれば自分で調べてみてほしい。

(3)種の学名を表記するときは2つの学名、すなわち第一名は属名、第二名は種小名を結合したものとする。 これを二語名という。

つまり、種の学名を表すときだけは種小名の一語だけで表記してはいけませんよと言っているのである。
種名という言い方は、種の学名のことなのか、種小名のことなのかわかりにくい。
わざわざ種の学名というのはそういう理由である。
鈴木さんちの一郎さんは「鈴木 一郎」というように鈴木という属名と一郎という種小名を結合して表す。
「一郎」さんだけでは、どこの一郎さんか確定できない可能性があるからである。
種の学名とは「鈴木 一郎」であり、このうちの「一郎」の部分が種小名である。

(4)亜種は、さらに第三名として亜種小名を結合したもので表す。これを三語名という。

(3)で種の学名は二語だといっておきながら、亜種が分類されているときは三語にしなさいよというのである。
なぜか?
鈴木さんちの一郎さんには、別の場所に同じ名前の親戚(まったく関係なくてもよいのであるが、学名においては近縁である)がいた場合だと思えばよい。
つまり、「鈴木 一郎 東京」と「鈴木 一郎 大阪」さんは別人である。
人間の名前の場合は同姓同名の人が実際に存在するが、学名の世界では同姓同名は許されないのである。
もし、このような同じ名前の親類縁者が複数いるにも関わらず、「鈴木 一郎」とだけ書いた場合は、この種名を著作中で用いた人は東京さんと大阪さんのどちらも含む意味で用いていると考えるべきである。

(5)種の学名を表記するときには、属名は大文字で書き始めなければならない。また、種小名、亜種小名は小文字で書き始めなければならない。

日本語には大文字小文字がないのでローマ字表記に切り替えるが、この「鈴木 一郎」という種は 正式には

Suzuki ichiro

と書かなければならないと命名規約が規定している。

Suzuki Ichiro
SUZUKI Ichiro

はダメだといっているのである。
(4)の亜種の例をいうならば、

Suzuki ichiro tokyo
Suzuki ichiro osaka

である。
ちなみに、命名規約は学名を表記するときにイタリックにしろとは限定していない。
学名は他の文章と区別がつくように強調したほうが間違えなくていいですよと勧告しているだけである。
したがって、本当は下線でも語体を変えるとか太字にするとかでもかまわないのであるが、イタリックで記載するのが普通である。

(6)属より下位、種より上位の階級群として亜属名があるが、亜属名が二語名や三語名とともに用いられるときは、丸括弧にくるんで属名と種小名の間にはさまなければならない。また、亜属名は大文字で書き始めなければならない。

このように挟みこまれた学名を挿入名というが、これによって(3)(4)で規定している種名は二語あるいは亜種名は三語でなければならないという規則が敗れることになる。
しかし、挿入名の語数はカウントしないということがここで明示されている。
このとき、亜属名が属名や種小名ではなく、挿入名であることが分かるように、括弧でくるみなさいよと言っているのである
つまり、鈴木さんちには分家が複数あって、東京の一郎さんは、実は名古屋の分家の人で、大阪の一郎さんは岐阜の分家の人だという場合には

Suzuki (Nagoya) ichiro tokyo
Suzuki (Gifu) ichiro osaka

となるわけである。
なるほど、これならその人がどこの鈴木一郎さんか良く分かる。

(7)属階級群名は複数文字からなる一語でなければならず、かつ主格単数名詞であるかあるいはそのように扱わなければならない。

(8)種階級群名は複数文字からなる一語あるいは複合語でなければならず、かつラテン語もしくはラテン語化された単語であれば主格単数形の形容詞、分詞、または属名と同格の主格単数形の名詞、または属格の名詞でなければ、またはそのいずれかとして扱わなければならない。

ややこしいので詳しい説明は逃げる。
普段の生活の中で日本語では、格というものを明瞭に意識して使うことがないからである。
簡単にいえば種の学名はラテン語であり、一番目の属名が名詞で、種小名はそれに対する形容詞であるということである。

Suzuki ichiro

ichiroなSuzukiということになる。
種小名が人名なことが結構ある。
記載者が自分の名前を付けることはたぶん稀である(最近はあまり見かけない)が、関連する人の名前を与えること(献名という)が良くある。
しかし、形容詞なだということを考えると、あまりお勧めできるものではない。

Lucanus suzukii

といわれても、鈴木なミヤマクワガタって言われてもねえ・・・何のことかよくわからないですよねえ。
この虫は他のLucanus属とは区別できるような特徴をもっているはずなので、それを表すラテン語のほうが分かりやすい。

なぜ格を変えるかということを説明するもうひとつの理由がある。
学名はとにかく紛らわしいこと、間違えやすいようなことを極力避けようという意識が働いているということである。
種の学名を二語で表されるが、多くの場合英語の文章中で使われるので前後に英単語があるのである。
どれが学名であるかはっきりとわかるように英単語は使わずに、そしてどれが属名で、どれが種小名であるかが分かるように、属名と種小名の格を別にしなさいよといっているのである。
これによって、属名は属名として、種小名は種小名として認識しやくすくなる。
頭文字の大文字化、小文字化も同じ意識が働いているわけである。

(9)亜種よりも低位の実体に対する学名は不適格である。 亜種よりも低位の実体とは、たとえば独立した2種の雑種、個体群内変異の結果、性が異なる、雌雄モザイク、奇形個体、年齢型、季節型、解釈不能な変異性や多型による変異体、世代の違いによるものなどを指している。


非常にわかりにくい表現であるが、法律なんだから仕方がないと諦めよう。
学名が与えられないものについてはあとで例を出す。
どこまでを種とするかは分類学者によって異なるし、分類そのものに触れる難しい問題である。
いずれにせよ、学名の名前の付け方、すなわち命名のルールを定めるにあたって、分類の仕方とは一線を画し、あいまいさを極力排除して厳密に規定するということである。
世の中には歴史上(また現在でも)命名規約のルールに基づかないで記載された虫が多数あり、それらの取扱い(適格・不適格)についても規定されている。

 



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