『孤独』の絶頂


 窓の外に緑の中国大陸が迫って来た。シートベルトをガチッと締めて、ランディングに備える。赤いNo smokeのサイン点灯。今までうなっていたエンジンがすーっと静かになり振動も消えて滑空態勢に。大きく右旋回して、オーッ!思わず息を飲む。写真で見た香港の高層ビル群をかすめるように低空飛行した後、いったん海に出て態勢を整えて香港啓徳空港へ。思わず腹に力が入る。ゴンと軽いショックを受けて無事香港着。日航機事故の後だけにシートベルトを外す手に汗がにじんでいた。
 ウエストバッグを腰に、デイパを肩に掛けて出口へと。見送るSW達に笑顔で「Thank you」を連発して、タラップを降りる。スカーッと晴れ上がった空からまぶしい程の光が降り注ぐ。異国への第一歩、「とうとう来ちゃった!」30メートル位い歩いてバスへ。車高の低い大きなバス、席は無くみんな立ったまま。体の不自由な方がSWに付き添われて車椅子でやって着た。みんな詰め合って無事乗車。バスを降りた後は、みんなの後についてぞろぞろと入国審査へ。「How many days」と「Purpose」の単語だけに聴覚を集中させて、「4days」「Sightseeing」と答えたら、パスポートにポンとハンコを押してOK。目の前には荷物が出てくる大きなベルトコンベアーが。フライトナンバーを確認してキャセイ521便の所へ。同じようなトランクがいっぱい出て来る出て来る。ゴトゴトとステッカーをべたべた張った僕のトランクが無事出て着てひと安心。続いて税関へ。「Anything to declare?」「Nothing」これで手続き完了。
 ところで同じツアーの人達は何処へ行ったのやら?自分の事に気を取られている内にみんなを見失ってしまった。まあ、いいか!とりあえず出口へ。さて、それにしてもどうすれば良いのやら。そうだ、右の出口を出た所で現地の係員を待つんだった。あれ、ここにも同じツアーの人は居ない、まだ出て来ないのかな?確かにここで待つ事になってたからと荷物を置いてキョロキョロと。胸にはパレットのバッヂを付けてるからその内迎えにくれるだろう。しかし、待てども待てども誰も来てくれない。もー20分近く立ちんぼー。このまま誰も来なかったらどうしよう、誰かに聞いてみようか、でも誰に聞けばよいの。他の人達は勝手知ったる我が庭とばかりにどんどん消えて行く者と、友達とペチャクチャおしゃべりしながら迎えを待つ者。誰の表情にも「不安」と言う文字は見当たらない。
 このまま誰も迎えに来てくれなかったらどうしよう?泊まるホテルは分かっているから自分でタクシー拾って行こうか。現地の旅行会社は電話番号も分からなければ名前も知らない。どうせ分かったとしても電話のかけ方が分からない。旅行案内には「現地係員がお世話します」と書いてあっただけ。
 キョロキョロしながらも様々な思いが脳裏を過る。冬の北海道、風邪をひいて寝込んだ網走の宿。クリスマスの上高地、寝込んだ隙に燃えてしまった雪原の小さなテント。猛吹雪の北アルプス唐松岳、体力・精神力の限界を越え、幻覚幻聴に襲われながらさまよった八方尾根。冷夏の南アルプス仙丈岳、3000メートルの山上で台風に襲われ小さなテントの中で足の感覚を失いながら過ごした5日間、そして陸の孤島から自衛隊のヘリコプターで救助された。思えばいつも一人ぼっちだった。
 そして、言葉もろくろく分からない初めての異国香港に着いた途端にまた一人ぼっち。大きな荷物を持ってただキョロキョロと途方に暮れ、「不安」という文字に塗り潰された僕の表情、周りの人々にはさぞ滑稽に映ったことだろう。誰でもいい、とにかく誰かの後に付いて行きたかった。
 アッ!向こうから見覚えのある同じツアーの人が現地の係員らしきに連れられてこっちへ来る。助かった!あの人に聞いてみよう。「パレットのツアーの者なんですが?」名前を言うと係員はメモを確認しながら、「他の者が迎えに来ますからここで待ってて下さい」すぐにも付いて行きたかったがどうすることも出来ず、他の係員を待つ。多少落ち着いたものの、なかなか次の係員が現れない。同じように待ち合わせをしていた人達は、一人減り二人減りして残り僅かとなってきた。またも見覚えのある人が係員に連れられて僕の視界から遠ざかって行く。僕は無言のまま、左から右へ首を引っぱられる思いで見送る。暫くして、どうも僕の方を覗き込むように見ている人に気づき、僕もその人の瞳を探る。「この人だ!」直感的にそう思った。どちらからともなく歩み寄り、お互いを確認し合う。


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