閉ざされた世界

 来た時の記憶を辿りながらスターフェリー乗場へと歩いて行く。昼間の賑わいが嘘のように、その店もシャッターを下ろしている。フェリー乗場に近付いた時、僕は胸が押し潰されそうな不安を感じ始めていた。フェリー乗場の様子がおかしい。あれほど人でごった返していた所に行き交う人一人見当たらない。心持ち、照らしていた照明も減ってるように見えた。「もしかして・・・」既に0時を回っていた。案の定、フェリーは運行を終えていた。
 「アチャ〜ッ!」どうやって帰ろう?Johnに連れられて来た僕は、帰ることなんて眼中に無かった。周りを見渡すとタクシーの黄色のランプが目に入った。まだタクシーがあったんだ!海底トンネルで九龍と香港島は24時間結ばれていて、約千円のトンネル通行料を余分に払えばいつでも帰れるんだ。良く考えたらLucやJohnだってまだ遊んでいるということは・・・。少し落ち着きを取り戻した。そういえば、ここに歩いて来る途中、MTRの駅を見掛けたなぁ。そうだ、まだMTRという手段もああるんだ。その瞬間「ウンッ?」と心臓が凍りつく思いで夜空を見上げた。まだ終電に間に合うだろうか?既に駅へ向かって走り出していた。ガードレールも中央分離帯の植え込みも飛び越して最短コースを走った。0時は過ぎている。フェリーも終わった。頼むからMTRよ動いていてくれ!あのビルを曲がったところび駅が・・・。
 「愕然」とした。思うところに駅は無かった。その瞬間、呼吸も鼓動も止まっていた。もう、やみくもに走り回った。タクシーがあるということなど、まったく頭に無かった。陸橋も三段とばしで駆け登り、口から心臓が出るほどタコメーターはレッドゾーンを振り切っていた。だけど、立ち止まる訳にはいかなかった。時間と共に僕の背後から襲いかかる高くそびえる黒いビルから逃れるのに必死だった。僕は、三つ持ってる金縛りのレパートリーの内「蟻地獄の巻」を思い出していた。もがけばもがくほ程、深みにはまって行く。それでも止まる訳にはいかなかった。爆発しそうな心臓の鼓動と荒い息づかいだけが生きている証だった。ビルの窓ガラスに映る自分の陰が怖くて脇目も振らず、ただがむしゃらに走った。
 高校2年の秋、初めてソロツーリングに出た雨の室戸岬を思い出した。日が暮れても泊まる宿のあても無く、どしゃ降りの55号線を徳島から室戸へと南下して行った。あの時も何かに追われていた。10時半過ぎ、やっと小さなバス停に飛び込みオートバイのエンジンを切った瞬間、急に寂しさが込み上げてきて、全身の震えが止まらなかったことを。 やっと、ビルの角に地下から溢れる駅の明かりを見つけた。ほっとする間もなく、地下へ続くエスカレーターを走り下りる。ちらほらと人が歩いている。助かった!まだ動いていてくれたんだ。切符を買って発車間近い電車に駆け込んだ。「フーッ。この野郎、心配させやがって!」とパンチングボールを拳のジョブで思いきり可愛がってやった。
 しかし、プッスーッとドアの閉まる音に、新しい不安を背中に感じた。行き先を確認してなかった。もしかして、香港島内路線だったりして?「Is this train bound for Kowloon(九龍)?Go to Kowloon?」「Yes」背の高いおじさんが答えてくれた。

 ホテルに着いて、いつの間にか頭痛が治っていることに気付いた。
                 「晩安!」=おやすみなさい  AM1:30


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