虚栄の扉

 時計の針は10時30分を回っていた。昼にパイをひとつ噛って以来、何も食べていない僕とLucは少々疲れていた。香港は二度目というJohnの案内で香港島に遅い夕食を食べに行くことになった。
 スタンレーで買ったジャンバーをホテルに置くために、僕のホテルに寄って行く。僕の泊まっているニューワールドホテルは香港でも最大クラスのホテルらしかったので、二人に案内するのに少々鼻が高かった。しかし、部屋での持てなし方を僕は知らなかった。彼等はしきりに「Nice room」と誉めてくれたけど、ベッドの上のトランクが一つポツンと投げてある僕の部屋は余りにも殺風景だった。それ以上に僕の口は彼等に無愛想だった。僕には、人を喜ばせたり楽しませたりする気配りが欠けている。けっして、人を不愉快にしようと思うのではないが「Meーism」の強い僕にはその才能が無いようである。その間、二人に僕の人間性を見透かされているようで、堪らなく恥ずかしかった。どんなに体裁を繕おうとして自分の世界をバリヤーで囲んでも、旅先で人と接すれば脆く崩れ落ちてしまう。ある意味で、旅は嫌でも虚栄の衣服を剥ぎ取ってしまう残酷なものなのかも知れない。そして気づくのである。「等身大の自分」に。彼等を追い出すように部屋を出て、ドアを閉めた時、僕の心に虚栄の世界が広がってほっとした。


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