YES? or NO?

 すっきり爽やかな顔でJohnがシャワールームから出て来た。彼はうかれて鼻歌まじりに一人言をつぶやいている。着替えた汚れ物の整理を兼ねて、バックパックをごそごそと。出て来る出て来るいろんな物が。タイで買って来たと言うお酒のボトルを取り出して3人で乾杯しようと言う。Lucはグラスと氷をフロントに注文。間もなくボーイさんが運んで来てくれた。トンットンットンッと琥珀色の世界がグラス一杯に広がる。「CHEERS!」と出会いを祝して乾杯。ウイスキーじゃなく甘い酒だった。僕は酒の味も種類も良く知らない。だけどタイのトロピカルな香りがした。Johnはバックパックの中からタイの土産を取り出して僕等に見せてくれる。真ちゅう製の覗き眼鏡、中を覗くと男と女が上になったり下になったり、四十八手のバリエーションを繰り広げる。Tシャツに包まれた大きな木彫りの人形、京都のおたべちゃんが気持ち良さそうに眠っている。しかし良く見ると、大切なところがパックリと口を開けている。思わずお尻の辺りを撫ぜてみたくなる。それぞれに察する事があってか、男3人キャーキャーとベッドの上を跳ね廻る。バックパックの中は、そんな珍品と汚れ物がいっぱい詰まっていた。
 アタッシュケースの中から写真を出して見せてくれた。タイの水上生活者の暮らしぶり、街の様子、カラフルな寺院など、彼の性格を伺わせるような風景が切り取られている。僕は彼のカメラアイの素直さにショックを受けた。何げない風景だけど僕の目には止まらない世界が広がっている。ファインダーを通しても、彼の心は何一つ歪んだところがなかった。。そして何より、旅の途中で写真を楽しむと言う余裕が憎い。「写真は後のお楽しみ」と決め込んでいる僕とは違っていた。
 一枚の写真が僕の目にとまった。海辺の涼しげな椰子で作った小屋の中で、Johnが可愛い女の子の膝枕で気持ち良さそうに眠っている。話しを聞いてみると、彼女は日本人らしい。「クソーッ、この野郎!」日本の可愛い女の子とニャンニャンしやがって。女の子も女の子だ。ここに僕という日本の男が居るというのになどと、一人思い上がったところで何も始まらない。みんないい旅しやがって。悔し〜い。
 タイに行く前にハワイに寄ったというJohnは、僕に「どうして日本人はハワイにばかり行きたがるのか?」と聞いてきた。答えるに答えようがなかった。行きたい人が行っているのだから僕に聞かれても困るし、何より英語が思いつかなかった。ただ、ヘラヘラと笑って誤魔化した。彼は得意のオーバーアクションでその困惑振りを表現する。確かにその表情も可笑しかったけど、それにも答えられない自分が惨めで、笑っている頬が引き釣っているのがはっきり自覚出来た。それ以上に、僕の心は握り潰されそうだった。
 相変わらずJohnは早口で喋りまくる。Lucもやっと会話のテンポを取り戻したとばかりに応戦する。端で聞いている僕はただ彼等の身振り手振りと表情を見て、ベッドの上で笑い転げていた。しかし、話しは全然見えてなかった。時々聞いたことのある単語を耳にすると勝手に話の内容を想像していただけで、中身は全く分かっていなかった。きっと、僕一人違う事を想像して笑っていたに違いない。突然の質問に、まともに答えられる筈もなく、その場の雰囲気で恐る恐る運を天に任せて、一か八か適当にYesとNoを言い分けていた。余りにも的を外れた返答をすると「Yes?orNo?」と詰問してくる。「そんなに僕を責めないで!」偽らざる本音だった。こんな時、軽薄な笑いはなんの救いにもならなかったけど、それでも僕は笑い続けた。自分をコントロールすることが出来なかった。「何が可笑しいんだ!」と自分に問い詰めても、既に操縦不能に陥っていた。そこには、軽薄で卑怯で現実逃避の虚栄心の塊と化した一番嫌いな自分がいた。まぎれもなく、僕は外人さんから見た「変なニッポン人」に成り下がっていた。


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