旅はファッショナブルに
約束通り帰りはスターフェリーに乗る。Lucは満足顔で風に吹かれている。陽は西に傾き、飛び散る水飛沫を黄昏色に染めつつある。海上から見る僕の泊まっているニューワルドホテルはとてつもなく大きく見える。もしかして香港一ではなかろうか。そんなホテルに泊まる客として、僕は余りにもチンピラ過ぎるようにも思われた。
Lucのホテルに帰り、買い物で疲れた足を癒す。ビールが疲れた足の神経を奪って心地良い。酔いに任せて店での嫌なやりとりを忘れてジャンバーを着てみる。Lucもタイで買った革ジャンを引っ張り出してきて、二人で鏡に向かってポーズをとる。密室の異様なファッションショーは盛り上がる。調子に乗って騒いでいたら、僕のジャンバーのファスナーが壊れて脱げなくなってしまった。アチャー!買ったばっかしだというのに。シャツを脱ぐようにむりやりスッポ抜き、二人で悪戦苦闘の末やっと元通りに。頼むよ、まったく。お前は最初から問題児なんだから!
Lucの話しによると、彼がタイで一緒になったアメリカ人の友達が今日香港に到着するらしい。啓徳空港に着きしだい、Lucのところへ電話してくることになっていると言う。これはまた、一波乱起こりそうですよ。ついにハリケーン香港上陸か!一人のアメリカ人が香港にやって来るというだけなのに、僕にとっては一大事のように感じられた。
6時30分頃、プルプルー、プルプルーと電話のベルが鳴る。Lucが受話器を取っていきなり弾んだ声で話し始めた。友達が空港に到着したらしい。彼の説明によるとこれからタクシーでこのホテルに直行して来るらしい。30分もすれば来るだろうとのこと。
さーいよいよハリケーンがやって来る。新しい出会いへの期待とそれ以上に恐怖とが僕の心の中で乱れ飛ぶ。はっきり言って怖かった。また未体験ゾーンへの突入である。彼の前で僕はどんな自分をさらけ出すのだろう。英語との闘い、それもある。それ以上に今までアメリカナイズされてきた僕の過去に於いて、たった一人のアメリカ人とはいえアメリカ崇拝という厚い僕自身の心の壁にぶち当たる時が来たのだ。さてどうやってその彼を迎えよう?テレビ英会話の中に出てきたスキットを思い浮かべる。しかし、どんなに頭の中をかき回しても「Nice to meet you!」というフレーズしか思い出せない。いったい何を勉強して来たんだ。このうすらバカ!しょうがない、この一語に全てを賭けよう。
そろそろ時間になったので、Lucと二人フロントまで迎えに降りる。玄関の自動ドア横のソファーに座って彼の到着を待つ。いったいどんな人なんだろう。ドアが開く度にウッと緊張してしてしまう。
5分くらいたった時、Lucが急に立ち上がった。「Hi!」と大きく声を掛けてLucは玄関ドアーの方へ走り寄って行く。アッ、やっぱり外人だ!ウブでシャイで恥ずかしがり屋で内弁慶で交際下手の僕は、おずおずとLucの後に付いて行く。二人は周りの人をはばからず、大きな声とゼスチャーで再会を喜び合っている。。アメリカ人の彼は身長が175cmくらいのスリムな体でGパンにまっ赤なポロシャツを着て、手には黒いアタッシュケースをひとつぶらぶらさせながらLucと話している。
Lucのツインルームに同宿する手続きをしている間にLucが僕を彼に紹介してくれた。「この彼は香港で一緒になった日本人のTAKANARI」ここぞとばっかりに僕もどぎまぎしながら「Hello!I am TAKANARI KURUBI. Nice to meet you!」「Hi. Nice to meet you, too!I' m JOHN〜」と笑顔で答えながら手を差し延べてくれた。オット握手するんだったっけと、遅れながらに彼の手を握る。「とうとうやっちゃった!」一度でいいからこんな挨拶がしてみたかった。
エレベーターに乗ってLucの部屋へ入る。Johnは自分の部屋のごとく、何のためらいもなく振る舞う。二人はタイで別れてからの情報を交換し合う。Johnはホントウにきさくな性格なんだろう、豊かな表情と派手なゼスチャーで大声で笑いながら話している。僕には彼の英語は早すぎるのと聞き慣れない単語の連続で内容がよく掴めない。
暫くすると、ボーイさんがJohnの荷物を持って来た。手荷物は黒いアタッシュケースひとつだったので、どんなスタイルで旅しているのだろうかとぼくには興味があった。見ると緑色の大きな登山用のバックパックである。「凄げー!」ただただ敬服してしまう。やっぱり居るんだ、本ちゃんの「旅人」が。
Johnはパックの中から着替えを引っ張り出し「Excuse me」と断ってシャワールームに消えた。当然と言えば至極当然の事なんだろうけれど、そんな何げないJohnの振る舞いに、僕は心を奪われていた。
その間、LucからJohnとの出会いについて教えてもらいながら、僕は「ファッション」について考え続けていた。ファッショブルな人ってどんな人だろう。身に付ける服も行動も、流行の最先端ばかりを追い掛け、それをさぞ着こなしたように澄まし顔で振る舞うことだろうか。僕はGパンをはいてバックパックを背負い、アタッシュケースを片手に一人で旅をして、旅先で出会った友達のホテルに同宿して大声で笑っているJohnをただ「自由」とか「気まぐれ」とか「風来坊」と言う言葉だけでは済ませたくなかった。ぼくにはそんな彼がとてもファッショナブルに映った。何物にも捕らわれず、自分を創造し続ける心を持つ人をファッショナブルと呼べるのではなかろうか。そしてその為には、すべてにシンプルであること。
<<トップページへ>> <<もくじへ>> <<次の章へ>>