美しいものには刺がある?

 再び、ショッピングに出掛ける。せっかく来たのだから何か買って帰ろう。秋から冬にかけて着るシャツ、それとも素敵な革ジャンでも買おうかな。ここには、日本人の観光客はあまり来ないのだろうか。一組だけ新婚さんらしいカップルが仲良く腕を組んで歩いているのを見掛けただけ。二人黒を基調にしたペアルックであっちの店、こっちの店とショッピングを楽しんでいるようだけど、表情は今一明るくない。結婚式、初夜、そして海外旅行へとハードスケジュールをこなしているのだろう。もしかして二人とも海外旅行が初めてだとしたら、彼らはなんというパワーと精神力をしているのだろう?僕ならとっくにその緊張の連続とカルチャーショックにダウンしているだろう。「新婚旅行」とはこんなものなのか?とつい観察してしまった。他人は他人、そう思った僕も店のガラスに映った顔には困惑という文字を貼りつけていた。
 石段を上がったところの店に顔を突っ込んでみた。この店はシャツをメインに揃えた店らしもい。Lucは買う気が有るのかしきりに捜し始める。僕はシャツに混じって掛けてあったジャンバーが目に留まった。寒くなる冬にかけて、アンビックにバイクで行く時に着る暖ったかい服が一つ欲しかった。山屋の僕は、寒い冬になるとゴワゴワしたダウンジャケットを今まで愛用していたが、もしバイクでこけたらもったいないし、流行遅れでその上着膨れでブタみたいに見えるダウンよりもう少し恰好いいのが欲しかった。グレーのごつい生地に肘と肩には革が縫い付けてあって丈夫そうだし、手に取ってみるとずっしり重くてとても暖ったかそう、そして何よりちょっぴり恰好いい。急にこのジャンバーが欲しくなった。Lucもナイス・カラー、ナイス・デザインとナイスを連発してくれる。彼も気に入って試着してみたが、僕よりひとまわり小柄な彼には大き過ぎた。値札を診ると$380、少々値が張りますねー。
 物欲しげにジャンバーを眺めていると、店の二人の女の子が僕の所にやって来て、良かったら試着してみて下さいと愛想よく対応してくれる。一人は可愛い子でもう一人は綺麗な子である。美人に勧められると悪い気はしない。大きな鏡の前でずっしり重い袖に腕を通してみる。ごつくて重量感はあるし暖ったかそう。顔は締まらないがそれでなくとも肩幅の広い僕がいっそうがっちりして見える。サイズもジャストフィット。なかなか恰好いいんじゃない!彼女達もグッドだと誉めてくれるし。もー絶対このジャンバーに決〜めた!
 おもむろに「How much?」と聞いてみた。可愛い子はなにくわぬ顔で$380と値札通りの値段を言う。香港では値切って買うのが当たり前とガイドブックに書いてあったので、僕もLucに習って「バーゲン・コール」を試みてみた。ところが彼女は、この値札が既にサービス・プライスだと言って、すげなく「No」あ痛っ!可愛い顔して心は鬼か?いや、可愛いかろうがブスだろうが、商売にはそんな事関係無い。そういう考え方が女性蔑視につながるんだとは気にも留めず、ただただ心外で堪らない。
 暫くは、Lucのシャツ捜しに付き合っていたが、どうしてもあのジャンバーが気になって、表を診たり裏を見たり。一度気に入ったらどうしても自分のものにしたい。しかし良く見ると意外に縫いの荒い所があったり、糸くずが切り残してあったり、しだいに物の荒が見えてきた。そこは「あばたもエクボ」と目をつむって、今度は綺麗な子に挑む。$300=No、$320=No。$350=No、$360=OK。たった$20しか負けてくれないの?しかたなく、言いたくはないけど「Bad Sewing!」とケチを付ける。彼女はすげなく「No」と言って、店の奥の方に引っ込んで他の店員と中国語で何か喋っている。くそー、英語で勝負しろ!負惜しみに僕も、口の中で思い付く限りの罵声を浴びせる。下手に日本語を口にしても、もし日本語のわかる人が居たらやばいとヤングジェントルマンを装う。
 自分の買物を済めたLucが僕の味方に付いてくれて、二人で「バーゲン・コール」を連呼する。可愛いのと綺麗な二人の店員とさしずめ4人タッグマッチとなった。電卓の弾き合いとなり、僕のpoorな英語で主張する$320は軽くあしらわれ、結局Lucの力でやっと$350に負けて貰った。可愛い子は買い手の僕を無視して、Lucに「貴方は買物が上手ね!」などとおべんちゃらを使っている。その言葉は僕に対する厭味と軽蔑以外の何ものでも無かった。どうせ僕はボンボンのエーベーですよ!何事もガイドブック通りに行かないのが旅の常である。「気を付けよう、美貌に隠された鋭い牙に!」ギャーッ!と発狂しながらジャンバーの入った紙袋を空高く投げ上げて、憤慨の街スタンレーを後にした。
 バス停には、土産袋を抱えた観光客がその買物に御満悦の表情で並んでいた。「○○の高上がり」ですぐ2階に駆け上がり、来た道を右に左に大きく揺られながらセントラルへと帰る。隣に座った中学生くらいの可愛い女の子は気持ち良さそうに眠り込み、しだいに頭を僕の肩に持たれ掛けてくる。窓から入る涼風が彼女の長い髪をなびかせて甘い香りが僕の鼻をくすぐる。「やっぱり女の子はこうでなくっちゃ!」


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