異文化への旅立ち

 1985.9.21
 今日は土曜日。昼まで仕事をして家に帰って最終パッキング。母のトランクに着替え・カメラ・ガイドブックその他諸々の日用雑貨を詰めて旅支度完了。3泊4日と短期間なので荷物も少なく、旅の思い出をいっぱい詰められるようにトランクは半分ガラガラ。
 約束していた友達が時間を間違えて迎えに来てくれないので、他の友達に頼んで福山まで送ってもらった。アンビックの石田先生に「How to taravel」の特別レッスンを受けた後、Have a nice trip!と見送られて、新幹線で大阪に向かった。
 今夜の宿、姉のマンションに着いた後も、フィルム等を買い足しに近くのローソンへ買い物に。その途中もEnglish onlyでレッスンを受ける。姉の評価は「ターちゃん大丈夫?」
 その晩は、東京から帰って来た両親と中の姉とも合流して、部屋は所狭いほどだったが重大な家族会議が開かれ、旅立つ心は塞ぎがちだった。そして、やっと床に着いたのは午前2時をまわっていた。

 1985.9.22
 とうとう日本脱出の日がやってきた。軽く朝食を取った後、二人の姉を荷物持ちに従えて、いや、付き添われて7時30分マンションを後に。梅田の阪神ホテルまでタクシーで行き、そこから空港バスに乗り換えて大阪空港へ。
 空港ビルは朝から大勢の旅行客で賑わっている。まずは、指定された受付カウンターで係員からパスポートと荷物のチェックを受ける。時間は充分あるので、3人でコーヒーブレーク。姉はミルクティーを頼んだのに店員が間違えてレモンティーを出したことから、ある日、スリランカのお客さんがやって来て紅茶を頼んだら、それがとても薄かったのでお客さんは最近スリランカの紅茶を日本はあまり輸入していないのかと紅茶一杯からすぐに国際経済問題に話しが発展したと、店のマスターが話して下さった。
 二度目の集合で切符を貰い、その後搭乗までの諸々の説明を受ける。その時にはすでにトランク等の荷物は消えていた。
 次はお金の交換に2階の東京銀行へ。300HK$頼めど、今日は香港へのお客は多くて170HK$しか残っていないとのこと。1HK$=33.34円。香港で円を交換すると損するとのことで米ドル100$を交換する。1US$=241.50円。財布が日本円・HK$・US$とパンパンに膨らんで、世界の大富豪に成った気持ち。
 タバコを買いに売店に行くが、タバコは税関を通ってからだと。時間も迫って来たので出発ボードの前で二人の姉と写真をパチリ。
 9:20「さー行ってくるべ」と出発口へ。ここから先は知人のまったくいない一人旅の始まり。パスポート・出入国カード・飛行機の切符は手に持って手荷物検査に。デイパとウエストバッグは籠の中に入れて、自分はX線のアーチをくぐってベルトコンベアーで運ばれてきた荷物を受け取る。次に外国製品所持検査。訳の分からずパスポートを係員に出すと「申告するものはありますか?」「Nothig」続いてパスポート検査。パスポートに出国カードをホッチキスでとめてポンとはんこを押してハイ出来上がり。
 さて、と前を見るとタバコ屋さんの前に長い列。ここぞとばかりに金魚の糞となる。皆さんカートン買いの様子。やっと順番が回ってきて、パスポートを見せながら「バラでマイルド四つ」店員曰く「バラ売りはしていません」ガクッ!ずら〜と免税店が並んでいるが興味無し。トイレを済ませてベンチに座ってタバコをふかしていたが、やっぱり店の方が気になってすたこらさっさ。何が心配って言葉が不安。600円の実践英会話集を買う。我ながら情無い。


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