『国境』ってなんだ?

 落馬洲には観光客目当ての土産物屋さんがあってTシャツなんかを売っている。今一国境という緊迫感が湧いてこない。その隣にポリボックス。道を塞ぐゲートが在って行き交う車をチェックしていた。お巡査さんは英語でこの上の丘に上がれば国境が見えると教えてくれた。トイレを済ませて展望台へ。丘の一番上は国境警備隊の監視所らしい。国防色のジープが坂を駆け登って行く。展望台は丘の中腹の静かな森の中に。オーッ!見えました、中国が。キャッホー!河を挟んでこららが香港、向うが中国。河を大きな汽船が黒い煙を出しながら遡って行く。こちら側の河岸には高いフェンスが河に沿ってどこまでも続いている河の向う中国側は水郷地帯。あひるの養殖場がいっぱい。けっこう山もあって今一大陸という実感が湧かない。でも、そこにボーダーラインが在ること、それが島国日本と違って大陸なんだ。そういえば僕は今、アジア大陸の片隅に立っているんだ。このまま歩いて行けばヒマラヤもある、ソビエトもある、ヨーロッパもあるんだ。そう思うと余りにも自分が小さくも大きくも感じられた。
 おばさん連中にLucと二人で写真を撮ってもらう。そばにいたカップルの写真も撮ってあげる。その彼は香港人で英語ペラペラ。Lucは僕とずっと一緒で会話の欲求不満だったのか喋る喋る!まぁ無理もない事です、僕の会話力では。
 まず国境のこと、向うの街のこと、不法侵入者のこと。今もなお、中国本土から富める国香港に夢を求めて不法侵入する人々が絶えないらしい。国境警備の網の目を潜って、シャム・チュン河の河口を自力で泳いで渡る。しかし彼等は、湾にいる人喰いザメの餌食になるという悲しい物語が繰り返されているらしい。国境とは、僕の目に見えるフェンス以上に、もっともっと目に見えない人々の『心の璧』を築いているのだろう。『国境』という響きに、旅のロマンチシズムを感じていた僕は、恵まれた日本に住む、一匹の井の中の蛙にすぎない。
 二人の話は尽きない。彼女のこと、そして日本・中国・香港の国際関係にまで進展。日本人の僕、貿易問題で自分が外交官になってるような責任を感じたが、言葉がない。中国は日本のテクノロジーを求めているんだと、でもそこに貿易不均衡が生じ、ブロッキングの動きも有るとか無いとか。香港の歴史、もうすぐ中国に返還されること。その事について云々、二人は喋り捲る。
 ショックだった。本当にショックで自分が情けなかった。この時こそ、自分の無知無学を悔やんだことは無かった。日常生活はそれでもなんとかなったけど、こうした重要な問題になるとしっかりした英語と広い知識が必要だ。可愛い女の子がどうした、流行りの服がどうした、バイクが、車がどうしたということしか頭にない自分。このままでは、いやもう既に世界の“落ちこぼれ”である。『地球サイズの自分』を発見しなければ。


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