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内科開業20年間における紹介患者の分析

大阪府医師会医学雑誌 大阪医学38号

野村 望   

1998.01.02. 掲載
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目次
【キーワード】
【要旨】
【緒言】
【研究対象,方法】
【成績】
【考察】
【引用文献】
【英文抄録】

【キーワード】

プライマリ・ケア:primary care,開業内科医:physician in practice,かかりつけ医:family doctor,紹介患者:referred case,病診連携:hospital-clinic relationship

【短縮表題】 紹介患者

【要旨】

内科開業20年間に他の病医院へ紹介した患者1776名につき分析した.その内訳は男947名,女829名で,年齢は8ヶ月から93歳に及び,平均年齢は40歳で,最多年齢層は61歳から70歳であった.

紹介先病医院数は124施設で,そのうち上位4病院の合計が全体の71%を占めた.

紹介患者に対して返信を受けた割合は平均67%であった.

疾病の内訳は消化器系19%,精神神経系17%,呼吸器系16%,腎尿路系14%,一般外科11%,循環器系7%であった.これを自院診療疾患の割合と比較すると,紹介患者では精神神経系と腎尿路系が3倍以上であるのに対して,呼吸器系と循環器系はいずれも2分の1以下で,消化器系はほぼ同じであった.

専門医への患者紹介もプライマリ・ケアを担う内科開業医の重要な責務である.

【緒言】

開業医師は地域住民のプライマリ・ケアを担う役割を課せられている.内科医の場合は家庭医として,あるいはかかりつけ医として自分の守備範囲の診療を受け持つことが中心となる.しかし守備範囲を越えた診療は二次医療,三次医療の専門医に紹介し,その診療を委ねることもまた内科医の重要な責務であり,そのためには病診連携が不可欠である.

大阪の北東部にある人口7万人の交野市で内科を開業し,1993年8月で20年が過ぎた.これを記念して診療記録をまとめ20年史1)を作ったが,その内の紹介患者に関するデータを分析し,プライマリ・ケア医の病診連携の一例として報告する.

【研究対象,方法】

対象は当院から他の医療機関に紹介した患者のうち,データが完全に残っている1975年1月から1993年8月までの18年8ヶ月の期間の紹介患者1776名である.

この紹介患者につき当院からの紹介状の写しとそれに対する返信に基づき,患者氏名,性別,年齢,当院の診断名,紹介先医療機関の診断名を集計した.      

紹介患者数を自院で診療した全患者数と比較するため,同じ期間のレセプト件数を集計した.また,紹介患者の疾病と自院診療患者の疾病を比較するために,1984年1月から12月までの1年間のレセプトの病名を集計した.

【成績】

1.紹介患者概略(表1)

統計の期間は1975年1月から1993年8月までの18年8ヶ月で,紹介先医療機関は124,紹介患者数は1776名であった.

その内訳は男947名,女829名で,年齢は8ヶ月から93歳に及び,平均年齢は40歳であった.そのうち紹介先より返信を受けた患者数は1190名で,返信のあった紹介医は461名であった.

また,上記期間に当院で診療を行った患者は253788名で,これに対する紹介患者の割合は0.7%であった.

2.紹介先病医院(表2)

当院の立地条件のうち,近隣の病院数について述べると,

半径1.5km以内に地元の110床の民間病院が1施設,

2km以内に他市の138床と66床と39床の3民間病院があり,

3km以内に当市の98床の民間病院と他市の604床の厚生年金病院の2施設,

4km以内に434床の他市市民病院と842床の府立病院(精神科),166床と144床の共済組合連合会病院,その他5民間病院の合計8施設,

5km以内に376床の大学病院分院と273床の結核予防会病院のほか,いくつかの民間病院がある.

紹介先医療機関の内訳は隣接市にある厚生年金病院が45%,当市の110床の民間病院が15%,隣接市の市民病院が6%,隣接市の大学病院分院が5%で,以上4病院の合計は全体の71%を占める.

紹介患者に対する返信の割合(有返信率)は平均67%で,先に述べた4病院の有返信率は72%であった.

3.年度別紹介患者数(図1)


紹介患者数の年次推移は, 年平均95名,
最高は86年の130名,
最低は82年の73名であった.










4.年齢別紹介患者数(図2)

紹介患者の年齢分布は,61歳から70歳の層が最も多く,21歳から30歳までが最少で,平均年齢は40.1歳であった.










5.紹介患者中の高頻度疾患(表3)


紹介患者の疾患を頻度順に並べると, 急性肺炎の145件と急性虫垂炎の97件が突出し, その次に肺結核と胃癌の30件が続く.








6.自院診療患者中の高頻度疾患(表4)


これに対して自院で診療している患者では急性上気道炎が月平均245件,高血圧症が130件,慢性胃炎120件,急性気管支炎111件で,紹介患者と大きく異なる.

この中で急性上気道炎は,発熱等の症状が強く抗生物質を投与したもの,また感冒は抗生物質を投与しなかった場合の病名である.

なお,この自院診療患者の疾病統計は1984年の1月から12月までの1年間のレセプトの病名を集計したものである.

     

7.紹介患者中の悪性新生物症例(表5)


紹介患者の中の,悪性新生物症例は91件あり,その内訳は胃癌が30件で突出し,肺癌9件,直腸癌8件,食道癌7件,膵臓癌6件,結腸癌と白血病の5件,甲状腺癌,胆道癌,乳癌,皮膚癌の3件と続く.

       

8.紹介患者中の稀有疾患症例(表6)


開業20年間に経験した稀有疾患としてはサルコイドーシス,強皮症,重症筋無力症,PIE症候群,脳膿瘍,小脳出血,モヤモヤ病,大動脈縮窄症,アカラシア,家族性大腸ポリポージス,潰瘍性大腸炎,Gilbert症候群,赤芽球癆,悪性高熱症などがある.

       

9.紹介疾病と自院診療疾病(図3)


20年間に紹介した患者の疾病の種類は約600あった.これをグループに分けると神経系,外科系,呼吸器系,消化器系がそれぞれ16%以上を占めるが,特別に突出したグループはない.

これに対して1984年1年間の自院診療患者のデータを用いて比較を行うと,疾病の種類は236で,これを紹介患者の疾病群と同じ基準でグループ分けすると,呼吸器系が38%と突出し,次いで消化器系の21%,循環器系の14%と続き,以上の3疾患群で全体の4分の3を占める.

紹介患者と自院診療患者の疾病群の割合を比べると,神経系と腎尿路系疾患群では紹介患者の方が自院診療患者の3倍以上あった.それに対して呼吸器系と循環器系疾患群の割合は自院診療患者の2分の1以下で,消化器系疾患群はほぼ同じ割合であった.

【考察】

内科開業医師はプライマリ・ケア医として地域住民の診療を行うとともに地域住民の健康維持増進に努めることが求められている.それに加え,必要に応じて患者を専門医または専門病院に紹介し,高度の医療を受けられるように配慮することもまたプライマリ・ケア医に求められている 1).

私は10年近く大学で心臓外科を専攻した後開業し,一般医あるいは家庭医として20年間診療を行ってきた.その間自分の守備範囲を越えたもの,自分の診療能力で対処できない疾患は積極的に専門医に紹介してきた.その結果,入院加療を要すると診断した疾患の患者と,専門医による精査が必要と判断した病態の患者を最も多く病院に紹介してきたと思っている.

その中で悪性新生物に限れば,
胃癌は胃透視で,肺癌は胸部X線検査で,直腸癌は肛門指診と直腸鏡検査,糞便ヒトヘモグロビン法検査,腫瘍マーカーで,食道癌は食道透視で,膵癌は血清アミラーゼ値と腫瘍マーカーで,結腸癌は腹部単純撮影と糞便ヒトヘモグロビン法検査で,白血病は末梢血検査で,甲状腺癌は視診と触診で,胆道癌は肝機能検査と腫瘍マーカー,腹部エコーで,乳癌は触診で,皮膚癌は視診で,癌性腹膜炎は視診と触診,腹部エコーで,悪性リンパ腫は視診と触診で,膀胱癌は尿検査と腹部エコーで,舌癌は視診で,卵巣癌は視診と触診,腹部単純撮影で,子宮癌は問診で,それぞれ悪性新生物を強く疑い,専門医に紹介した.

ただし,脳腫瘍だけは例外で,男子中学生を心身症の疑いで神経科に紹介したところCT検査でこれを発見され,その患者は約1年後に亡くなられた.

紹介患者の数は年間平均95名,月に8名程度で,全診療患者のわずか0.7%に過ぎないが,この1%に満たない患者の紹介を自院での診療と対等に重視してきた.数の上では1対99であるが,私の気持ちの中での重要性は50対50に近い割合であった.

紹介するための勉強,紹介した後の専門医の教示や自己学習による勉強,そのいずれもが日常の診療に役立った.症例に応じたどろなわ的な,必要に迫られた勉強がほとんどであったが,実戦的で効率の良い学習方法でもあった.

紹介患者に対する返信の割合(有返信率)は平均67%であった.紹介医よりの返信は別に保管するようにしているが,誤ってカルテに貼ってしまうケースがあること,直接患者に手渡された返信を患者がこちらに届けない場合もあること,電話での返事はこの統計には含まれないこと,などを考え合わせると紹介患者の70%以上に対して返信を受けたと判断してよいと思われる.

この返信率70%を高いと評価するか,低いと考えるか意見の分かれるところであるが,私は高いと思い感謝している.ただし,文書での紹介に対しては,電話で済ますことなく文書で報告すべきだとする意見 3)には同感である.

返信のあった紹介医師は461名で,平均返信回数は2.6回であったが,これを個人別でみると158回を頂点にして,76回,48回と続き,10回以上返信のあった医師の数は27名であった.この内の15名は隣接市の厚生年金病院の医師であり,8名は地元の民間病院の医師,残りの4名はそれぞれ別の医療機関の医師であった.この数は当院からの紹介患者数に対応しており,病診連携がうまく機能しているケースと考えられる.

紹介患者の疾病は当院の守備範囲を越えた疾患またはその境界にある疾患といえる.自分の守備範囲の疾患,病態であるか否かの判断はかなり難しいこともあるが,そのような場合はむしろ積極的に紹介してきた.   

神経系疾患(精神疾患,脳外科を含む)が自院診療患者では5.1%であるのに対して紹介患者は18.3%と3倍以上なのはCTや脳波,MRIなどの検査依頼が多いこと,頭痛や眩暈などを訴える患者が多く,その不安を取り除くことを期待して紹介する場合が多いことによるものと考えている.    

外科的疾患(整形外科を含む)も自院診療患者では9.7%であるのに対し,紹介患者では16%と2倍近くあるのは外科を標榜していないので当然の結果といえる.内科医院を訪れる患者の中で重要な外科的疾患はいわゆる急性腹症に属する疾患で,中でも急性虫垂炎は昔と比べて頻度は少なくなったが,紹介する外科的疾患の3分の1を占めている.

急性虫垂炎に対して薬物療法を行うか外科に紹介するか判断に迷うこともあるが,その場合はできるだけ外科に紹介してきた.その結果として,紹介した急性虫垂炎92件の内薬物による保存的治療は11件,手術の絶対的適応といえる急性壊疽性虫垂炎は22件で残りの大部分は急性カタル性虫垂炎であった.

循環器疾患は自院診療患者では13.5%もあるが,紹介患者では6.7%で約2分の1である.これは自院診療患者での循環器疾患の大部分が高血圧症であることも関係していると考えられる.           

血液疾患,腎尿路疾患が紹介患者に多いのは専門性の高い疾患群だから当然であろう.

呼吸,循環,消化器疾患の自院診療の割合が高いのは内科,循環器科,消化器科を標榜しているためと考えられ,皮膚科の自院診療の割合が高いのは,内科的疾患で受診の際に簡単な湿疹や蕁麻疹,接触性皮膚炎などの治療を求められることが多いためと思われる.

紹介患者の感染症は不明熱と髄膜炎が大部分を占めている.また,その他に含まれる紹介疾患90件の内,耳鼻科疾患が36件で最も多く,次は産婦人科疾患の30件であった.耳鼻科疾患が多いのは当然とも考えられるが,産婦人科疾患がそれに劣らないのは意外であった.卵巣腫瘍,子宮筋腫,妊娠悪阻についてのある程度の知識が内科医にも要求されるわけでる.               

次に,患者のデータの記録と整理方法について述べる.今回紹介患者のデータを分析し報告したが,それを可能にした第1の要因は開業当初よりカルテを含めて患者のデータをID番号で統一したことである.4)5)6)  

第2の要因はできるだけ保管を簡便化したことではないかと考えている.開業当初よりかなり多く紹介状を書いてきたが,その控はとらなかった.そのため後からこれを調べることはデータが散逸しており困難であった.その反省から1975年1月より紹介状は全てカーボン紙で控をとることにし,紹介状の返信もカルテに貼らず,まとめて保管することにした.

具体的には図4の模式図に示す通りで,紹介状の写しを手許のレターケースに入れ,紹介状に対する返信も別のレターケースに同様に入れる.そのレターケースに収納できなくなれば他の場所に移すが,時間的余裕がある時にこれを日付順にファイルに綴じていく,という極めて簡単な方法である. 

第3の要因はデータの分析にパソコンの表計算ソフトを活用したことである.過去10年ばかりでパソコンのハードとソフトは急速に発展し,診療の極めて有用な補助手段となった.7)8)9) そこで紹介患者のデータの分析処理に当りこれを積極的に利用した.

最後に開業医のための実際的な患者データベースの管理方法について私見をまとめると,
 1)患者の全てのデータをID番号で統一する,
 2)同一ID番号のデータは時系列順に並べる,
 3)細かい分類をせずグループに分ける,
 4)できるだけ単純化する,
 5)以上の原則を実行できるように保管場所などは医師が具体的に設定するが,
   実際の保管や取り出し作業はできる限り職員にさせる,
 6)レセコンの入力は職員にさせるが,そのデータの活用は医師がする,
 7)パソコンを活用する.データ量が多くなければ,データベースソフトよりも
   表計算ソフトを活用するほうが有用である.
 8)電子化データのバックアップは必ず行う,
 9)電子化したデータの原資料を安全のため残しておく,

ということになろうかと思っている.

【引用文献】

1)野村 望: 紹介患者,野村医院二十年史,自家本,1993,p24−43
2)日野原重明:プライマリ・ケア,プライマリ・ケア医学,日野原重明ほか,医学書院,
        1981,p2−5
3)岩渕 勉: 専門医へのコンサルテーションについて,プライマリ・ケア医学,日野原重明ほか,
        医学書院,1981,p42−44
4)野村 望: レセコン活用の為の環境,メディカル・マイコン・レポート,1989,
        10(1):p4−22
5)野村 望: データ管理,野村医院二十年史,自家本,1993,p77−84
6)野村 望: 私のカルテ整理法,日経メディカル,1994,6月10日号,p165
7)野村 望他:パーソナルコンピュータを用いた診療補助システムの開発
        大阪府医師会医学雑誌,1989,22(1):p61−63
8)野村 望: 開業医の診療補助手段としてのパソコン利用,メディカル・マイコンレポート,
        1990,10(10):p12−16
9)野村 望: パソコンの活用,野村医院二十年史,自家本,1993,p91−98

【英文抄録】

ANALYSIS OF PATIENTS REFERRED FROM A PRIVATE CLINIC TO OTHER MEDICAL INSTITUTIONS IN 20 YEAR TIME

     Nozomu NOMURA,M.D.
     Nomura clinic, Katano City Medical Associaton

During the last 20 years of clinical practice, 1776 patients(947 male, 829 female out of 18358 patients) were referred to other hospitals.

The average age of the patients was 40±24 years(mean±SD,range 1 to 93 years). The age distribution of patients refferd represented biphasic peaks at age groups of 61〜70 and 1〜10,respectivery.

The number of hospitals to which the patients were referred was 127, 71% of which were referred to 4 particular hospitals.

The over all response rate from the hospitals was 69%. The distribution of patients in terms of disease category were; gastrointestinal: 19%, neurological: 17%, respiratory: 16%, genitourinary: 14%, general surgical: 11% and cardiovascular: 7%,respectively.

(1995年3月25日、記)

これは1993年8月末で開業20年を迎えた記念に作った「野村医院二十年史」の中のデータをまとめた学術論文で、1995年10月発行の大阪医学 大阪府医師会医学雑誌 38号に掲載されたものの転載である。


<1998.1.2.>

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