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高校時代の私のまとめ

2005.12.25. 掲載
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3年8組 野村 望 

私にとって、高校時代は何だったのかと考えてみますと、問題解決の技法を習得した時、というのが一番当てはまる気がします。というのは、卒業後、今日まで50年間を生きてきましたが、私の問題解決のスタイルのほとんどが、この時期に、受験勉強を通して身に着けたものだからです。そういうわけで、心重かったあの高校時代が、自分にとっては、非常に大切な時間だったのだと、ありがたく思っています。

その技法の一部を紹介しますと、その第1は、「80点主義」で、これにより、少ない努力で大きい効果が得られ、総合点を増やすことができ、重大な失敗の確率が低くなり、ストレスが少なくて済み、他人の失敗に対して寛容になり、失敗を恐れなくなり、人生を肯定的に生きることができました。

技法の第2は、「群化(グループ化)」で、個々の細かいことにとらわれず、先ず大きくグループ分けをしておいて、そこから出発して問題解決をしていく方法です。大学受験では、数学の難問を解く時に有用でしたが、それよりも、その後の人生の多くの場面で、この考え方は有用で、問題解決だけでなく、ものの見方、あるいは整理や分類をする場合に、役立ってきました。

技法の第3は、「タイムリミットを守る」で、タイムリミットを守るために、与えられた時間の中で、全能力を発揮させるように行動して得た成功体験は、自分の可能性に対して自信を持たせ、その反復は、良循環に働きました。タイムリミットというのは、他から与えられるものばかりではなく、自分で決めたものについても同じです。このほかにも、高校時代に身に着けた問題解決の技法はたくさんありますが、それをだらだら述べるのは本意ではないので、省略します。

これらの問題解決の技法を、どのようにして習得したのかをふり返って見ると、先生とか受験参考書から直接学んだ記憶はなく、大学入試という大きな課題に直面した時に、色々な試行錯誤の努力の中で、自分が創って行ったのではないかと言う気がしています。

私たちが過ごした当時の神戸高校の教育は、先生が教え込もうとするのではなく、生徒の自発的な学習を重視し奨励する教育でした。そして、それに応える生徒が多くいました。面白くない授業をサボり、図書館で独り勉強する者をよく見かけましたし、私もその一人でした。そのような環境が、私に問題解決の技法を考え出させ、習得させたのではないかと、あの古き良き高校生活に感謝しています。

高校時代にテストに出された問題が長く頭の隅に棲みつき、ものごとを深く考えるきっかけとなったことばがあります。高校2年の時、京大史学科を出られたばかりの石田慶和先生が、西洋史のテストに出された問題は、「476年の歴史的意義を書け」だったのです。476年というのが、ゲルマン人傭兵隊長オドアケルによって西ローマ帝国が滅ぼされた年であることは習い知っていました。しかし、その歴史的意義を書け、という問いに対しては何と解答すれば良いのか分からず、「意義」ということばに戸惑い、拘り続けました。

そして、「意義」とは、「他と関連してもつ価値や重要性」であることを理解してからは、意義や意味ということばに関心が募り、大学に入ってからは、自分が納得できる「生きる意味」を探求することに没頭した時期がありました。

このように、神戸高校での3年間の意義は、私の知的な成長にとってかけがえのない大切な時間であったと今は思います。しかし、その当時は同時に、生涯で一番悩み苦しんだ時期でもありました。その私を救ってくれたのが、ゲルハルト・ヒッシュの唄う「冬の旅」でした。ほとんど毎日のように、電蓄にSPレコードの「冬の旅」をかけて聞き、一緒に唄うことで、どれほど心が慰められ、明日への望みを取り戻すことができたか分かりません。この歌があったから、悩み多き高校時代を乗り切れたのではないかと思っています。

<注釈>
高校卒業50年を記念して、記念誌を発刊することになり、原稿募集に応じて書いた小文です。メインテーマは「神戸高校3年間の青春が、その後の人生に与えた影響」なので、私が高校生活で得た、最も重要と思うことをまとめました。


<2005.12.25.>

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