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心に生きることば

−BOWの人生哲学−

第7章:創造

2002.10.10. 掲載
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   章内目次

01<創造> 02<独創> 03<ひらめき>
04<創造力のある人の特徴> 05<私の創造>

心に生きることば 全目次
第6章:思考 ←            → 第8章:運命


01<創造>

1. 創り出す喜び(望)

私は幼いころから、物を壊したり、分解したり、作ったりすることが好きだった。何かを作りはじめると、食事も摂らずに熱中する、何かの設計を考えると朝まで眠らずに考える、そういう生活も珍しくなかった。父親は不器用の見本のような人だったので、この工作好きな性格は、母親譲りではないかと思っている。

第4章:行動 04<工作人>のところで、人間をホモ・サピエンス homo sapiens(知性人)、ホモ・ファーベル homo faber(工作人)、ホモ・ルーデンス homo ludens(遊戯人)に分けた場合、私は間違いなくホモ・ファーベルの要素が一番大きいと書いたが、作ることが何よりも好きな人間である。

また第2章:趣味 09<能動的欲求>のところで、私の現在「したいこと」というのは「能動的欲求」とほぼ同じである。「能動的欲求」とは何かというと、それは自分で創ること、何かを書いたり、作ったりすることのほかにも、計画をする、まとめる、整理する、編集する、発表する、公開する、情報を発信するなどもこれに含める、と書いた。

作るは創るに通じ、自分で考えて作るのが好き、プラモデルのような、ただ単に組み立てるだけのものは嫌い、人に指示されたり、教えられて作るのは大嫌いという性格は、こどもの頃から変わっていない。だから、独創、オリジナリティーを大事に思う。SONYやHONDAが好きなのは、どちらもオリジナリティーに富んだ製品を作ってきたからだ。

創造ということばの意味を、私は「これまでになかった新しく有用な解決方法を見つけること」と思っている。


02<独創>

創造は creation 、独創は originality であるが、独創的に対しては original とも creative とも言う。創造と独創の違いについて、私は創造の中で、より独自性が高いものを独創と考えている。

1. 独創は疑うことから始まる(望)

第6章:思考 06<疑う>で、既成観念を疑うことの意義を書いた。独創的な発見は、この「既成観念をなぜ?と疑う」ことが大きく関係していると思う。もちろん、疑うだけで独創的な発見が生まれるわけではないが、これなくして、独創はあり得ないという必要条件である。

これを書いた翌日、朝刊は小柴昌俊氏のノーベル物理学賞を受賞の記事で埋まった。朝日新聞に載った小柴語録の内で「秀才が怖いのは、習ったことは全部分かった気になること。教科書を疑い、究明の卵をいつも二つ三つ抱けと学生に言っている」には、我が意を得たりと嬉しくなった。

教科書を疑えという指摘は、定説、常識、権威を疑えということである。この創造という章を書き始めたところで、型破りなノーベル賞受賞の報に遭遇し、偶然とは言え、私は何か不思議なつながりを感じてしまった。

そして、その日の夜には、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏 のニュースが、NHKから飛び込んできた。民間会社の一エンジニアで43歳、28歳の時の仕事が受賞対象なので、驚いていると、9時からの記者会見では作業服のままで現れ、3時間前までは受賞についてまったく知らなかったと話した。何ともカッコよく、さわやかなニュースに、私はすっかり興奮し、スウェーデン王立科学アカデミーに対して、未だかって抱いたことのない尊敬の気持で一杯になった。

2. 独創は可能性を信じることから始まる(望)

疑うことが独創と関係しているように、「できる」と可能性を信じることも独創と関係している。「できない」とあきらめていては、独創は生まれない。可能性を信じることもまた、独創の必要条件であろう。

3. コロンブスの卵(諺)

コロンブスが、初めて大西洋を渡って大陸を発見したことに対して、「航海して行けば陸にぶつかるのはあたり前のこと。やる気になれば、誰にでもできることだ」とケチをつけられたとき、コロンブスは「それなら、この卵を立てられるか」と周りの皆に問いかけた。皆が試みて失敗したあと、コロンブスは卵の尻を潰して立てて見せた、という逸話から生まれたことばである。

一見、誰でも思いつきそうに思えることでも、それを最初に考えてやり遂げるのは容易ではない。人が創り出したアイデアをあとから批評するのと、自分でアイデアを創り出すのとでは、価値の大きさはまったく違う。

私はコロンブスの卵を大切に思う。今回のノーベル化学賞を受賞された田中耕一氏が、受賞対象となった業績について、「コロンブスの卵」と言っているのが印象深かった。

4. 独創とは異質なものの新しい組合せ(竹内 均)

地球物理学者で、科学雑誌「ニュートン」の編集長である竹内 均氏は、私が受験勉強に使った「物理の傾向と対策」の著者で、当時は東大の助教授だった。この著書は非常に明解な内容で、これによって私は物理をマスターできたと思っている。

竹内 均氏は、「独創とは異質なものと異質なものをつなぎ合わせること、さまざまな要素(断片)の新しい組合せを作ることである」と言い、独創について書かれた著作のほとんどに共通する考えだと述べている。

5. プライマリーな独創とセカンダリーな独創(望)

独創にはいろいろあるが、新しいところがあれば独創と言えるだろう。その中で、世界で最初に考えたり、作ったり、行なったりするというような基本的な独創と、応用とか改良によって作られる二次的な独創がある。日本人はセカンダリーな独創が得意で、それもまた重要ではあるが、私はこれまで、心情的には欧米型のプライマリーな独創を、より高く評価してきた。

しかし、「プライマリーな独創の方が優れている」という既成観念を疑ってみると、もともと何もないところから、過去との関連なく生まれた独創というものは滅多にあるものではない。プライマリーな独創というものも、過去の無関係と思われていたさまざまな要素を組み合わせることで生まれた独創であったり、過去の組合せを疑って、新しい組合せを作ることで生まれた独創である場合が大部分であろう。

このように、純粋なプライマリーの独創は、まれにしか存在しないのだから、それ以外の通常のプライマリーな独創を、セカンダリーな独創よりもはるかに優れていると考えることは、間違っているのではないかという気がしている。むしろ、独創の評価は、それがどれほど有用であるかによって行なわれるべきではなかろうか?

もとになるものをはるかに超えるように改良する技術は、日本人の得意技であり、これを単に「猿真似」と軽蔑することは、ステレオタイプな見方ではないかと思える。独創を程度問題としてとらえ、ノーベル賞級を100点とすれば、50点のクラスに当たる独創、30点クラスの独創、10点クラスの独創というように、観念的に評価することはできる。all-or-none 的な発想は、認識を誤るだけだ。

6. 創意工夫、活用も独創と言える(望)

私は、こどもの頃から物を作るのが好きだと書いた。それと同じように、創意工夫する、活用するということも好きだった。大学に残っていた頃は「一外一のアイデアマン」と言われた。開業してからは、そのアイデアを積極的に生かしてきた。その幾つかについては、第4章:行動 09<問題発見>のところで述べた。なお、「一外」というのは、阪大医学部第一外科の略称である。

この創意工夫や活用もまた独創であると思う。プライマリーな独創とは比べるべくもないが、実用上有用であることにおいて価値がある。世の中はこのような多くの独創が集合し、進歩発展があるのだと思う。


03<ひらめき>

ひらめき、啓示、インスピレーション、アイデアは、独創の最初の段階に欠かせないもので、科学の世界では、このひらめきから、仮説の設定、仮説の検証と進む。そのひらめきは、どのような時に現れるのかというと、以下のような場合が多いようである。

1. ひらめきの前に考え抜く段階がある(望)

ひらめき、啓示、インスピレーションというのは前触れもなく突然浮かぶものであるが、何もしなくて得られるというものでは、決してない。その前には、その問題の解決を求めて全力投球で考え抜いていることが必要であり、その途中か後で、インスピレーションは得られる。

そのことを最初に知ったのは高3の夏休みだった。「東大への数学」という難問集に載っている問題が、どうしても解けない。懸命に考え抜いたが駄目で、そのまま眠ってしまった。ところが、夢の中で解法が見つかり、目を覚ましてそれを試してみるとうまく解けた。これには驚くと同時に、人間の頭のはたらきの不思議さを知った。

それからも、眠っている間に考えているという経験を何度も重ね、それがあたり前のこととなり、不思議に思うこともなくなった。むしろ、この人間の頭の働きを逆に利用して、真剣に考えることで睡眠中も考えさせてやろうとすることもある。

眠っている間に考えていたということで、1980年のある春の夜のことを思い出した。この年に我が家の増改築を行なった。その設計は平面図、立面図、側面図、パース、材料の選択まですべて私が行い、設計事務所は強度計算など、建築確認申請に必要な部分だけを担当してもらった。だから、工事はすべて私の書いた図面で行なわれ、修正も図面に書いて工務店に手渡した。

このころは設計のことで頭が一杯だった。ある夜更けの睡眠中に設計変更が頭に浮かび、飛び起きてメジャーを手にして壁の寸法を測り出した。何ごとかと寝ぼけまなこで起きてきた妻は、私のその姿を見て呆れ果てていた。

2. ひらめきは論理よりも情感に負っている(望)

ひらめき、インスピレーションは、論理ではなく情感が関係しているのではないか、という気がする。考えるというのは、主に論理の世界であるが、ひらめき、アイデアというのは情感、直感に支配されていて、直感力に劣る人は、ひらめきとは縁がうすいのではなかろうか? 論理が左脳の領域の働きであり、情感は右脳の領域の働きである。この両者の合一、調和が創造に関係しているのだと思う。

3. 散歩、入浴、睡眠、用便中などにひらめきは得られやすい(望)

ひらめきについて書かれた書物だけでなく、自分の経験からも、散歩の途中、入浴中、睡眠中、用便中などにひらめきは得られやすいことは間違いがない。その理由として、一人で無心の状態で瞑想に耽けることができる状況であることが考えられる。もちろん、会話の途中や食事の途中でも、何かに触発されてひらめきを得ることはあるが、頻度は少ないのではなかろうか?

4. ひらめきを生かすのにメモは必要(望)

特別なひらめき、強烈なひらめきは別として、せっかく得られたひらめきも、その場でメモをしておかなければ、速やかに失せてしまう。アイデアが次々湧き出てきたとしても、それを記録しておかなければ、痕跡も残らず消えてしまう運命にある。

5. 失敗からひらめきを得る(望)

今年のノーベル化学賞受賞の田中氏の業績のきっかけが、実験での失敗であったことを知り、すぐに2年前の白川氏のノーベル化学賞受賞の業績のきっかけも実験の失敗であったことを思い出した。実験に失敗して得られた結果に対して、発想を変え、新しい発見ではないかと思いつくのは、固定観念にとらわれない自由な考え方のできる人だから可能なのだろう。


04<創造的な人>

創造ということばを、「これまでになかった新しく有用な解決方法を見つけること」と定義して、創造力のある人は、どのようなパーソナリティーであるかを考えてみた。

1. 創造力のある人は反骨精神に富んでいる(望)

「反骨精神」は「あまのじゃく」「へそまがり」と言ってもあまり違いはない。「変わり者」と思われることもあるだろう。つまりは、権威とか常識、先入観にとらわれないタイプの人という意味でる。

2. 創造力のある人はマンネリを嫌う(望)

「創造力のある人はマンネリを嫌う」と思う。マンネリを嫌うというのは、目新しさを好む、新しいことに関心がある、時代を先取りするなどと強く関係している。ところが「逆必ずしも真ならず」で、マンネリを嫌う人が、必ずしも創造力があるわけではない。単に「新しもの好き」のミー・ハーに過ぎないこともあり得るのだ。

3. 創造力のある人は going my way である(望)

創造力のある人の私のイメージは、自由に考えて行動する人、自分流の物の見方や生き方を持っている人、すべてを自分から始め、人と違っていることに拘らず、一匹狼になることを恐れない人である。それを一言で述べるなら、「going my way わが道を往く」人と表現できる。

4. 創造力のある人は自分の頭で考え、自分の目と耳で見聞きし、自分の舌で味わう(望)

この「創造力のある人は、自分の頭で考え、自分の目で見、自分の耳で聞き、自分の舌で味わう」と言うのは、上に述べたことの具体例である。

5. 創造力のある人は、ことばと図形に強い(望)

「ことば」は論理に関係し、左脳領域で働く。それに対して「図形」は直感に関係し、右脳領域で働く。創造力のある人と言うのは、この両者に優れているのだと思う。


05<私の創造>

心に生きることばの中で、この第7章:創造は、フレーズの数、ページの数のいずれも最も少ない。しかし、私にとって最も大切な項目である。私の生きる行動原理は「したいことをする」だが、したいことの中で最もしたいことは、「能動的欲求」を満たすことである。そして、それはほとんど「創造」に等しい。

これを書き始めたところで、二つの型破りなノーベル賞受賞のニュースを知った。そのどちらもが、これまでのノーベル賞受賞者と違っていた。このニュースに対して、これまでと比較にならぬほど感動し、親近感を覚えた。

もちろん、この第7章:創造を書いている途中でのノーベル賞の受賞は、偶然の重なりではあるが、私の心情としては、必然であると思いたい。ハムレットのことばを借りるまでもなく、世の中には分からないことがある。私は不思議な巡りあわせ、運命を感じている。


<2002.10.10.>



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