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ハンドルネーム BOW

2006.06.08. 掲載
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私がハンドルネームを使い始めたのは、記録に残っている最初が89年7月10日で、Nifty Serveというパソコン通信の画像関連フォーラムに画像を出品した際に、ボウを使っています。

それからしばらくは、ボウを使っていたようですが、89年12月3日22時00分に送信したメールまではボウ、22時59分からは、理由も書かずに、BOWに変わっていて、現在に続いています。

ボウは、私の名前のの音読みですが、ボウから連想する漢字は、正体不明の、木偶の、滅亡の、貧乏の、多忙のなど、あまり良いイメージがありません。そのようなことから、ボウはちょっと印象が悪く、BOWの方がハイカラだ、と思ったのかも分かりません。

BOWに変えたら、早々にその名前を称えてくれた御仁がいました。寝屋川で川合クリニックを開業しておられた、故川合日出雄先生です。自分は学生時代にボートを漕いでいたが、BOWというのは、艇首に一番近い漕手を言うのだ、と教えてくれました。

BOWは、スタートからゴールまでボートが最短距離で進むように操舵するだけでなく、漕手が練習の成果を100%発揮できるように、心理面でのリードをする大事な位置なので、私にピッタリのハンドルネームだと言われるのです。当時私は、大阪府医師会のマイコンクラブの会員の中で、一番アクティブだったので、そう言って下さったのだと思います。もちろん、大喜びでその賛辞を頂戴しました。(笑)

しかし、そのBOWにも問題がありました。この場合のBOWは「バウ」と発音するのです。これでは、BOW WOWの犬の鳴き声と同じになってしまいます。ボウと発音するBOWは、弓とか弓形のものを指す場合なので困りましたが、それほど詳しい人はいないだろうから、占いの流儀で、自分に都合の良いところだけ頂き、発音はボウ、意味はボートのBOWと勝手に決めてきました。

BOWについては、2000年にロンドンに観光旅行した時、BOWストリートを発見して 嬉しくなりました。ミュージカルライオンキングを上演している劇場 Lyceum Theatreのある通りだったのです。

また、今年に入って大学時代からの友人の服部様が東京から中之島のマンションを訪ねてくれて、夜景を眺めながら、久し振りに大いに飲み駄弁ったのですが、その時の土産が、スコッチのシングルモルトBOW MOREでした。おまけに、そのウイスキーの解説用にと、村上春樹の、もしも、僕らのことばがウイスキーであったなら、という新潮文庫を付けてくれていました。村上春樹は、このウイスキーのことが知りたくて、スコットランドまで出かけたようです。

BOW MORE ウイスキー

この村上春樹は神戸高校の後輩であること、若い人や外国で非常に人気のある作家であることは知っていましたが、今まで読んだことがなかったので、読む良い機会をもらうことができました。

BOWの音読みから来ていると書きましたが、そのについても、一筋縄でいかないことに触れておきます。

私が生まれた時、父はと名付け、ノゾミと読ませていました。だから、親類の者は誰もノゾミちゃんと私を呼びます。この名前が嫌になったのは、小学校(正しくは、国民学校)に入学した時に、名前がノゾミなので、女の子のクラスに入れられてしまってからです。顔をみれば立派に男の子だったはずなのに、女の子組に入れられ、泣いてしまいました。

そのあとも、嫌なことが続きました。母が書いてくれたランドセルの野村望を見て、上級生が望東尼(ボウトウニ)望東尼(ボウトウニ)、とからかうのです。野村望東尼は、幕末の勤皇の志士を匿い、母のように慕われた歌人で、夫の死後、仏門に入った方のようです。ここでも女にされ、屈辱の登校の毎日でした。

しかし、戦争に負け、進駐軍が来て、アメリカ文化がどっと押し寄せてくるようになると、あれほど嫌っていた望(ノゾミ)が、逆に好きになってきました。それは、当時このような名前は珍しかったので、ちょっと、ハイカラに思うようになったのではないかと思います。そして、それは医師免許証をもらう時まで続きました。

1962年に国家試験に合格し、医師免許証受領の申請をするのに、戸籍謄本とまったく同じ名前を書くようにとの注意書きがありました。戸籍謄本を取り寄せてみると、のぞむとふりがなが付けてあるのです。驚いて両親に問い質すと、曾祖父が出生届を役場に届ける際に、ノゾミでは女のようだから、ノゾムとわざわざふりがなをつけたとのことでした。

何ということをしてくれるのか、ふりがながなければ、その時々で、好きな読み方ができるのにと思ったのですが、腹が立たなかったのは、戦争中、親兄弟と離れて、独りで淡路島に縁故疎開をしていた時、一番親身に可愛がってくれた人だったからです。そう言うわけで、致し方なく、以後、ふりがなはノゾムで通してきています。

ノゾミは他人にとっての希望とも考えらるのに、ノゾムは野心的な自分を表すようで、好ましくないと思うからか、医師になってからは、ボウと名乗ることが増え、その方がカッコイイと思うようになりました。一番最初のボウというハンドルネームは、そういう事情から生まれたものです。そのほか、義弟の名前がで、こちらはのぞむと読むなど、に連なる話はたくさんあります。

先日来、ブログのエンジョイBOWで、もう医師を廃業したのだから、BOW先生を止めてもらえないかと申し出たことから、先生、さま、さん、どの騒ぎとなり、Dr BOWに落ち着いた経緯がありました。

つまり、私に対する呼称は、BOWさんが一番うれしいけれど、それが難しい人は、DrBOWでも結構ですと申上げたのでした。DrBOWドックホリデイに倣って、ドックボウと読んでもらうとカッコイイと思ったものの、ドクボウ→独房と変化しやすそうなので、言い出すのを止めました。

この機会に、BOWというハンドルネームについてふり返ってみたら、こんなにいろいろのことが出てきて驚いています。


<2006.6.8.>

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