トップ 準備と宵宮 秋祭り本番

  山口の最大のイベントは、何といっても公智神社の秋祭りだろう。毎年10月10日前後の「体育の日」の前日の日曜日に催行されている。平成21年の秋祭りの模様を前日の準備と宵宮、当日の祭礼と御旅所巡行、そしてクライマックスの七基の壇尻の宮入に渡って踏み込んだ取材を行った。事前に下山口の祭礼の役員である知人に取材の了解を得てスケジュール等の資料も貰らったり、取材現場での協力も頂いた。
 今朝8時から公智神社で下山口壇尻の安全運行祈願が行なわれた。公智神社本殿には自治会の関係者や宮本だんじり会と呼ばれる壇尻運行の保存会のメンバーが参集する。宮司の司祭で安全祈願の祈祷が進められ、自治会と宮本だんじり会の代表者が玉串を奉納する。
 終了後、関係者が3グループに分かれて一斉に祭礼準備に取り掛かる。「徳風会館に納められている大壇尻の引取り」「宮前通りの献灯柱の設営」「豆炊き」の分担のようだ。御旅所近くの壇尻庫から献灯柱が引き出され設置準備されている様子を観察した足で、徒歩数分の徳風会館に向った。
 徳風会館内の郷土資料館の「祭り」をテーマにした第3展示室には山口5地区の壇尻が毎年交互に展示されている。今年は最も大きい下山口の壇尻が展示されていた。行ってみると展示中だった下山口大壇尻が既に展示室から引き出され、運行用の木製車輪(通称ハマコロ)の取り付けが進められていた。面識のある徳風会理事長と懇談した。この壇尻が造られたのは江戸時代ではないかと言われているとのこと。とてもそれほどの年代のものと思えないほどにツヤツヤした材質である。毎年の運行に合わせて行き届いた手入れが行なわれているようだ。取り付けが終わり、鐘、太鼓の祭囃子が始まると、一斉に推し手たちが壇尻の所定の位置に取り付いた。「ワッソーライ」「ソーレ押した」「ソーレ引いた」の掛け声に合わせて壇尻が動き出す。会館前の道路に出た壇尻はここで90度に方向転換する。これが大変だ。何しろ木製の幅広で大きな車輪は直進しか叶わない。人力で一気に道路をこすって回すほかはない。ひと際掛け声に力が入る。ガガーッという摩擦音と壇尻のきしみ音がして回転した。壇尻は30分ほどかけて下山口の壇尻庫まで運行される。ここでこの後、壇尻の飾り付けが行なわれる。
 途中で一服した下山口会館では、壇尻の押し手をはじめ運行関係者に振舞われる大量の黒枝豆が焚かれていた。なぜ枝豆なのかその由来は特に伝わっていないとのことだった。御旅所横の宮前通りには既に献灯柱の設営が済んでいた。5時からの宵宮に向けて着々と準備が進んでいる。
 夕方5時前に宵宮の取材で下山口壇尻庫を訪ねた。飾り付けを終えた小壇尻に小学生の男の子たちが乗り込んでいる。面識のある世話人に聞いてみた。壇尻に乗れるのは予想通り男の子に限られているとのことだった。農耕社会の伝統行事では今尚、男女共同参画社会は無縁の理念のようだ。
 5時になると代表者の挨拶を皮切りにいよいよ運行開始となる。50人ほどの押し手や運行世話人が所定の位置につく。鐘太鼓の囃子に合わせて掛け声がかかり動き出す。壇尻庫前の旧街道に出て南に向う。街道沿いの家々の軒先には御神灯の提灯が灯り、祭り囃子の音色に誘われた家人たちが戸口で迎える。コンコンチキチンッ・・・トントン・・・と繰り返される鐘太鼓のお囃子の音色とリズムが永年に渡って胎内に沁み込んだ住民たちの血を湧かせてしまうのだろうか。10分ほどで下山口の南端の山口センターに到着する。ここで折り返して同じ道を北に向う。
 運行経路で唯一の信号のある大通りに差しかかった。青信号に変わるのを待って一気に渡り切らなければならない。壇尻の屋根に登った二人の屋根係や運行責任者が方向を整えるために口々に声を掛ける。「タオジッ、タオジッ!」。東西南北の方向指示は、東は宝塚、西は田尾寺、南は有馬、北は三田で表現される。この街に永年住み着いた押し手たちには方向を示す地名の方がよほど判りやすいからと運行責任者から教えられた。信号が変わり合図とともにお囃子がテンポアップし、スピードを上げた壇尻が渡り切る。
 下山口の北端近くの農協支店前に到着した。壇尻が地区の南北を20分ほどかけて縦断したことになる。ここで折り返して、御旅所前に向う。バッテリー搭載の壇尻に灯りが灯される。ライトアップされた壇尻の通過を待って献灯柱の御神灯が吊るされ灯りがともる。御旅所前の旧街道と宮前通りを結ぶ三叉路に到着した。ここで壇尻は停車したまま動く気配がない。宮前通りの向こうから壇尻の灯りが近づいてくる。宮入を終えた上山口の壇尻だった。二地区の壇尻がこの三叉路で行き交うのが例年の手順として申し合わされているようだ。上山口の大小二台の壇尻が通過した宮前通りを、下山口の壇尻が正面の公智神社を目指す。
 公智神社前の大鳥居の手前で停車する。神社前の車道とその向こうの境内に繋がる傾斜を一気に押し上げる準備が必要なのだ。運行係が車両の通行を止め、合図を待って壇尻が一気に境内に押し上げられた。壇尻が本殿正面に停められ、今年の宵宮の宮入が6時25分に無事終了した。居合わせた者全員の大きな拍手が巻き起こる。「確かにしんどくて大変なことをやっているんですが、やり遂げた後の達成感は何物にも変えがたいものがあるんです」。運行責任者の言葉が心に沁みた。ちなみに宵宮での壇尻は、下山口と上山口の二地区のみの運行である。本番の予行演習も兼ねて数年前から始まったようである。