■昨晩、寝台列車の下段ベッドで寝つかれない夜を過ごした。レールのつなぎ目の振動がこれほどものとは思わなかった。左右の揺れも思いの外激しかった。いつ眠ったかわからない。それでも深夜3時頃に目覚めて車両前方のトイレに行ったことは覚えている。再び目覚めたのは5時前だった。上段に寝ていた家内のお向さんと交わした朝の挨拶が、浅い眠りを呼び戻した。同じ頃にあちこちで物音が始まり、人声が聞こえてきた。5時過ぎには多くのツアー仲間たちの相互に交わす朝の挨拶が聞こえてきた。
■朝食の軽食までまだ3時間以上もある。青森駅で買い込んでいた調理パンを食べながら、同宿者たちとおしゃべりをした。フルムーンパスのメリットが話題になった。ツアー仲間のひとりが今回のツアー行程を通常料金で巡ると運賃だけで30万円位かかるという計算をしたという。今回のツアー料金はホテル代や食事代を全部パックして一人10万円である。確かに安い。そんな四方山話をしているうちに誰かが「もうすぐ東京スカイツリーが見える」という情報をもたらした。上野駅到着の15分位前からテレビでよく見たツリーの姿がビルの合間から見え隠れした。目にすることはできてもデジカメに納めるのは至難の技だった。モニターチェックするとかすかに尖塔の上部が線のように写っているばかりだった。
■上野駅に到着した。10分余りの乗換え時間で離れたホームに辿り着き、在来線の「たにがわ470号」の自由席に乗車した。東京駅までわずか5分だったがデッキで立って過ごした。新幹線ホームに移って7時33分発「ひかり503号」のグリーン車のシートに無事納まる。発車してすぐに配られたサンドイッチで朝食を済ませた。新大阪までの見慣れた風景に特記すべきことは何もない。曇り空ながら富士山の雄姿が望めたということぐらいだ。むしろ心配になってきたのはスマホやデジカメのバッテリーが心細くなってきたことだ。昨日の朝に稚内のホテルでフル充電して以来、充電環境は皆無だった。期待した新幹線車内も「ひかり」にその設備はない。今日夕刻のホテル到着までは持ちそうにない。
■新大阪で10時59分発「さくら553号」鹿児島中央行きに乗り換えた。初めての「さくら」は予想以上に快適な車内環境だった。4列シートでシート間のピッチも長く「ひかり」のグリーン車に遜色ないゆったり感である。何よりも各シート毎の窓下の足元壁面にコンセントが設置されている。もちろんすぐに二つの器機を充電した。岡山駅を過ぎてすぐに昼食の「まつり寿司二段弁当」が配られた。岡山名物の錦糸卵の上にままかり、海老、焼穴子をあしらった「まつり寿司」と、海老天、鶏肉、玉子焼き、椎茸などの惣菜を詰め合わせたお重が付いている。4時間余りの快適な「さくらの旅」を終えて15時05分に鹿児島中央駅に到着した。
■在来線・指宿枕崎線のホームに二両連結の黄色い列車が入線してきた。自由席ながら4列シートの比較的ゆったりした席に夫婦で着席できた。着席した席は、幸運にも海岸線を望める進行方向左側シートだった。しばらくすると鹿児島湾を縁どる海岸線が長く伸びる風景が続いたが、生憎の雨でどんよりした海原ばかりが目についた。途中駅に薩摩今和泉駅があった。大河ドラマ・篤姫で登場した地名だと思い出した。乗車1時間で指宿駅に到着した。昨日朝7時10分に稚内駅を出て、八つの列車を乗り継いでの到着だった。約34時間かけて日本列島の南北の端を縦断したことになる。
■ホテルの送迎用マイクロバス二台に分乗して予約の「指宿フェニックスホテル」に向かった。駅から車で10分ほどの指宿温泉の温泉街から少し離れた海岸線に投宿ホテルがあった。いかにも団体客向けといった巨大なホテルだった。4階の客室からは雄大な海原と薩摩半島の岬や指宿枕崎線の線路が望める絶景が広がっていた。時おり通過する黄色いローカル電車の姿が旅情を誘った。レストランの4人掛けテーブル席で相方のご夫婦と一緒の夕食が始まった。ツアーパンフでも紹介のなかった期待薄の夕食だったが、豚シャブ、豚の角煮、お造りなどの品数豊富な予想外の内容だった。
■夕食後に今回のツアーの目玉のひとつである砂蒸し風呂のある大浴場に向かった。大浴場前の受付で部屋番号を告げ砂風呂用の浴衣を受取る。砂風呂代1050円は別料金でチェックアウト時に清算できる。浴衣のまま大浴場を通りぬけると、奥の階段を上がった所に砂を敷きつめた建物があった。先客のいない奥の一角に係のおじさんが二三人待っていた。渡されたタオルを頭に巻いて暖かい砂のベッドに横たわる。おじさんたちが左右から交互に周りの砂をスコップで体にかけていく。すっかり体が砂に埋まると、「10分を目安にそのままでいて下さい」と告げられる。背中や脚裏からジワジワ熱さが伝わってくる。確かに10分も寝ていれば十分である。しばらくするとオバサンたち数人がやってきた。浴衣姿なのだから混浴も平気である。大騒ぎしているオバサンたちを尻目に10分後に早々に引き揚げた。大浴場手前の湯船で体の砂を洗い落とし大浴場に浸かった。やっぱり温泉は砂よりもお湯がいい。
 部屋に戻って家内と砂風呂談義を交わした後、文庫本をしばらく読んでツアー最後の眠りについた。
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