4月6日 ナポリ・ポンペイ、バイリンガルツアー
■ローマの二日目はオプショナルツアー「ナポリ・ポンペイの旅」である。5時半に起床し、6時半に朝食。朝の早いツアー客にも配慮した朝食開始時間がありがたい。ネットでの事前予約の案内書には7時にホテルロビーに迎えがくるということだ。ところが予定時間を過ぎてもなかなかそれらしき迎えが来ない。連絡を取ろうにも手立てがない。苛立ちと不安が頂点に達しようかという7時半頃、ようやく陽気なイタリアーノのオジサンが登場した。悪びれた様子もなく何人かの先客の待つ玄関前のマイクロバスに案内する。このままツアーに出発かと思いきや、マイクロバスは数分後に、現地ツアーGLTの本社らしき建物前に横付けされた。そこであらためて大型観光バスに乗り換える。グリーンと薄いベージュのツートンカラーのレトロなバスだ。
■7時40分、予定のツアー客が揃ったらしくバスが出発した。外人と日本人が半々というツアー客に、外人男性1名と日本人女性2名のガイドさんという奇妙な組合せのツアーである。
 車中でのガイドが始まり、バスの同乗者たちが「カプリツアー」「ナポリ・ポンペイツアー」「ナポリ・ポンペイ・ソレントツアー」の三組の混成メンバーであることを知った。しかもその内の一組はロシア語ツアーのメンバーたちだ。というわけで車中のガイドはロシア語と日本語が交互に交わされるバイリンガルツアーとなった。恐縮するガイドさんたちの思いとは別に、私はめったに味わえない珍しい体験を楽しんでいた。
■ローマ市街を抜けてバスは太陽の高速道路に入り、イタリアの背骨といわれるアペニン山脈を右手に見ながら一路南下する。1時間半ほど走行したバスは、オフィスビルのような建物の待つサービスエリアで小休憩をとる。施設は飲料や土産物の販売とファーストフードで構成され日本と変わりはない。買物をしようとして財布を見てみたら手持ちのユーロが心細くなっている。今日一日の3人分の現金としては到底賄えない。何とかしなくちゃ。
 再び高速道路に戻ったバスの車中から、山の中腹に建つモンテカッシーノ修道院を遠望する。
 唐傘松の並木が続く街道が見えた。「ローマ人の物語」にもしばしば登場するアッピア街道である。ローマの軍事力と繁栄を支え、ローマの文明を伝えた偉大なインフラの一角を垣間見た。
■11時、ナポリの港に到着。ここでカプリツアーの一行と日本人女性ガイドさんの一人が下車する。新婚旅行らしき若い日本人カップルが数組、ナポリ湾沖に浮かぶカプリ島の青の洞窟に向うという。入れ替わりに現地ガイドのフランコじいさんが乗車した。
 ナポリ市街地のいくつかの名所を車中から眺めた後、市街地西側の海岸沿いの公園で小休憩する。地中海に面してゆるやかな斜面に建ち並ぶナポリの街並みが、明るい陽光と温暖な気候に包まれて輝いていた。この南国の美しい港町は、最も思い出深い風景のひとつとして今後も記憶の片隅に残るに違いない。バスはサンタ・ルチア地区にさしかかり、海岸線から海に張り出して建てられた卵城と呼ばれる古城を見た。
■ポンペイに向う途中でツアー定番のカメオ工房に案内される。ここでも母娘の最強タッグは、お買物の誘惑から逃れられない。結局、娘の指輪を調達。
■ポンペイ市内でツアーに組まれた昼食をとる。日本人ガイドのマキコさんにユーロの両替を事前に相談していたところ、昼食前に、近くにある銀行に案内してもらった。道中でのおしゃべりでマキコさんの他人事とは思えないイタリア生活の経過を聞かせてもらった。イタリア留学中の現地での交際から結婚に至る経過である。難色を示す両親も最後には認めてもらえたとのこと。娘も今回の旅行直後にはカナダ留学を予定している。身につまされる話であった。
 昼食は、イカ、タコ、ムール貝などの海鮮サラダに、スパゲッティー、野菜炒めといったメニューだった。スパゲッティーは、そのものズバリのナポリタン。思わず苦笑い。
■いよいよポンペイ遺跡の見学である。今回のツアーの私にとってのクライマックスのひとつが始まる。西暦79年、ヴェスヴィオ火山の大噴火が一瞬にして古代都市を火山灰で覆いつくした。800年以上の歴史を持ち2万人もの人口を抱えて繁栄していた「ポンペイ最後の日」の日常生活がそのまま灰の中に封印された。そしてそれは1700年の時を経て、古代ロマンが詰め込まれたタイムカプセルとして蘇った。
 そんな古代ロマンを目の当たりにできるポンペイ遺跡は、オヤジたちにはたまらない魅力だ。それにしてもオヤジたちはなぜかくも歴史や史跡に魅せられるのだろう。
■入口を入り、遊歩道をしばらく歩くと、最初に剣闘士の宿舎と練習場の遺跡が現れる。続いて住宅遺跡の間に散在する大劇場や神殿、浴場、詩人の家、パン屋、居酒屋、娼婦の館などの遺跡を見学する。広大な敷地を縦横に走る街路が住宅地の区画を形作っている。
 蘇った古代の市街地を散策しながら、当時の日常生活の様々な一齣を目撃する。街路にくっきりと残された車のわだちの跡、床に描かれた「鎖につながれた犬」の足元の「猛犬注意」の文字、石膏で固めた人間や犬の死の瞬間の遺体・・・等々。私達は古代の日常生活への想像力を掻き立てられ、古代都市にタイムスリップする。
 見学コースの最後に絶好の記念撮影スポットが用意されている。ヴェスヴィオ火山を背景にした広々としたアポロ神殿だ。ちなみにヴェスヴィオ火山は、向って左が今尚活火山で右の低い方の山が死火山だとのこと。
■フランコじいさんのガイドをマキコさんが通訳する。私達家族とお二人とで記念写真を撮った。ガイドの合間を縫ってマキコさんには「ローマ人の物語」のイタリアの日本人社会での評価、ローマ帝国の公用語だったラテン語とギリシャ語、スペイン語のとの関係など、色んなことを教えてもらった。
■17時、ポンペイ遺跡を出発したバスは、ナポリ港に立ち寄り、朝別行動となったカプリ島ツアーの一行を拾っていく。朝の車中のガイドで「お目当ての青の洞窟は波の状態によっては見学できない場合がある」といわれていた。「他人の不幸は蜜の味」という。一行の一人に「見学できた?」と聞いてみる。新婚カップルは笑顔で頷いた。彼は、「蜜の味」を味わえなかったオジサンの瞬間の落胆の色に気づいただろうか。往路に立ち寄ったサービスエリアを復路でも利用し、20時50分無事ローマに到着。
■ホテルにチェックイン後、車中、ガイドブックでチェックしていたレストランに行く。テルミニ駅近くのローマ料理の店「サンティ」である。
マッシュルーム・リゾット、マッシュルーム・オムレット、片ロースグリルをオーダー。もちろんビール付き。
■22時、ホテルに戻り比較的早い就寝。本日の万歩計は1.4万歩と軽目だった。明日の「イタリア旅行最後の日」は、「カエサルのローマ」を追体験できる私にとっての最大イベントの日である。

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