'08年2月100回記念例会
屋形船で落語と南京玉簾を愉しむ
■大阪さくら会の例会が100回目を数えた。その記念すべき今年度最初の例会が2月11日に開催された。淀川支流の大川に浮ぶ屋形船を貸し切って会食をしながら落語と南京玉簾を楽しむという100回記念にふさわしい趣向を凝らした企画である。
■今回の例会は、会場手配、出演者依頼、舞台準備等、川島代表幹事の全面的なお世話で開催できた。いつものことながら川島さんの優れた企画と人脈の広さに敬服するばかりである。
■午後2時45分、天満橋北詰の大川桟橋に浮ぶ三上遊船の屋形船が出航した。左右二列の掘りごたつ式のテーブルに総勢19名が陣取った。船室のへさきには非毛氈に紫の座布団が敷かれた即席の高座が準備されている。川島代表幹事から開会挨拶と出演者の紹介があった。
■出演者は橋本泰孝(芸名・渚家六丸)さんと奥様の登美子(芸名・渚家つくし)さんである。60才の六丸さんは大手電機メーカーを定年退職したばかりのアマチュア落語家である。お二人は枚方市を中心としたアマチュア落語サークル「なぎさの会」に属してボランティアの出前寄席などで活動されているとのこと。その活動エリアは、つくしさんの南京玉簾とセットでカナダ等の海外にまで及んでいるという。夫婦それぞれが自前の芸を持ち共通の舞台で一緒にその芸を披露する。しかもお年寄りなどに笑いと愉しさを提供することで社会に貢献できる。なんとも素晴らしい羨ましい限りの老後の生活ではないか。
■黒の紋付袴に身を包んだ六丸さんが高座に着席し、六丸さん自身も初めてで楽しみにしていたという「屋形船寄席」が始まった。た。上方落語の解説講座と落語1席が六丸さんの演目である。江戸落語と対比しながら解説された「上方落語講座」は、興味深いものだった。
 座敷ばなしの伝統をくんだ江戸落語に対し、上方落語のルーツは大道芸ともいうべき辻ばなしである。歯切れのよい江戸弁で語られる江戸落語の無駄な言葉を省いた洗練された話芸に対し、上方落語は鳴り物入りの凝った演出でこてこての上方弁を駆使して繰り広げられる。落語の小道具である見台、小拍子(拍子木)は、もともと上方落語特有のものだった。通行人を辻ばなしで引き込むために見台を小拍子で打ち鳴らし、張扇で派手なアクションをしてみせるところに上方落語の原点がある。人情話に象徴されるしみじみと聴かせる江戸落語の伝統が、「笑い」を脇に置いた芸術性への傾斜を呼び、ひとりよがりな「真打ち」制度を生み出したと言えなくもない。上方落語には真打ち制度はない。長老も若手もない。あくまで「客を呼んでナンボ」「笑ろうてもろてナンボ」の世界である。
 上方落語の真髄を教わった気がした。権威に包まれおつにすました江戸落語でない、聴衆の笑いそのものでひたすら勝負する上方落語に共感した。聴衆である「大阪」のさくら会メンバーに共通する感想だったのではないか。
■いよいよ六丸さんの噺になった。出し物は、NHKの朝の連ドラのタイトルでもある旬の一席「ちりとてちん」である。これだけでもう六丸さんの旺盛なサービス精神が窺える。見台も、従って小拍子も膝隠しもない高座である。さぞかしやりにくかったにちがいない。この過酷な環境にもかかわらず六丸さんの噺は、気迫に満ちた見事な一席だった。アマチュアとはいえ学生時代に落研で桂三枝にも教えられたという話芸は筋金入りである。語りだけでない目まぐるしく変幻する顔、両手、両膝、上半身と全身で演じられる芸が、噺が進むにつれて聴衆を笑いの世界に力づくでぐいぐい引きずっていく。わずか2〜3メートル先でまるで格闘技のような迫力のあるバトルが繰り広げられている。これこそが上方落語の真髄なのだろう。
 さくら会の昨年1月の例会は落語の定席「天満天神繁昌亭」で寄席を愉しんだ。あの時のプロの落語家達の芸を、六丸さんの芸は、細かな部分はいざ知らず迫力気迫の点で超えていたのではないか。観終えて例会報告のHPが気になった。なんとかこの六丸さんの迫力が伝えられないだろうかと考えた。その結果が従来の例会報告では異例ともいえる上記の8枚の連続顔写真となった。
■しばらく会食懇親をした後、つくしさんの南京玉簾が始まった。袴を脱いでお揃いの衣装に早変りした六丸さんが相方を務める。私と井上さんが用意された太鼓と鉦(かね)代わりのフライパンでお囃子もどきを買って出る。始めに「南京玉簾」の解説がある。こちらはもっぱら六丸さんの役回りのようだ。『南京玉簾のルーツは、富山県五箇山に伝わる民謡「こきりこ節」に使われる「こきりこささら」と言われている。富山の薬売りが、客寄せの用にアレンジしてたものが、大道芸として定着したものと考えられている。名前から中国南京が発祥と勘違いされやすいが立派な日本の伝統芸能である』等の口上が述べられる。
■「ア、さて、さて、さてさてさてさて、さては南京玉簾・・・」。つくしさんの小柄な体から発せられる威勢の良い掛け声とともに玉簾が取り出され、「ちょいとひねれば、ちょいとひねれば、○○○に早変わり。○○○をちょいと伸ばせば、○○○にさも似たり・・・・」。満面に笑みを浮かべながら、名調子とともに意表を突いた出し物が次々と演じられる。二人で演じることでできあがる出し物も多い。玉簾の芸ではつくしさんに遅れを取る六丸さんが、ついつい外してしまう場面が観客の一層の笑いと声援を呼ぶ。形の決まった瞬間には思わず太鼓を連打するバチに力がこもる。いつの間にか観客と一体となった掛け声に乗って会場全体が盛り上がる。
■お二人の見事な芸を満喫した後、参加者の懇親で愉しんだ。2時間半の屋形船の周航は、ゆっくり景色を愛でる間もなくあっという間に終わった気がする。
 屋形船が天満橋北詰の桟橋に近づいた。筧田さんから閉会の挨拶が述べられ無事100回記念の例会が終了した。
 下船した後、大川をバックに記念すべき100回目の例会の集合写真を撮ることになった。
■昨年12月の総会以来、今年初めての例会だった。総会では今年のテーマを「今、あらためて”大阪・さくら会”」をとした。「大阪」という地域性やローカリズムにこだわり、「さくら」に象徴される「文化」「自然」に共感しようという趣旨である。屋形船、落語、南京玉簾といった伝統文化に触れ、上方落語という大阪にこだわった今年初めての例会は、今年のテーマそのものを体した例会だったといえる。
■尚、今回は100回記念例会ということもあり、会員の家族、知人・友人の参加も募った。その結果、川島、井上、岡夫妻、日高夫妻、森、府録、川原、盛田、福井、北村、筧田、岡山、吉井、奥野、成宮(日高紹介)の17名の皆さんの参加があった。参加者の中から「さくら会も時には夫婦等の家族や友人・知人も参加できる例会があっても良いのではないか」という声があったことを付記しておこう。