1985.04
チェーンストアエイジ・ニュース
寄稿論文

商業・流通業における労働情勢
「遅れてきた青年たち」の不安

第1部 商業・流通労働者の環境と課題夢を託した成長神話のかげり


一、商業・流通労働者をとりまく環境 ---成熟化・中高齢化・複合化---

商業・流通業の労働情勢を語る上で、はじめにそこに働く労働者をとりまく環境についてふれてみたいと思います。

業界の成熟化
昭和30年代以降、商業・流通業界は、チェーンストアなどの様々の業態革新のもとで、魅力ある成長産業として、多くの青年たちに夢を抱かせ、未来を託させてきました。ところが創業期から30年近くを経た今日のチェーンストア業界が、早くも成熟期を迎えたように、商業・流通業界は、転換期を迎えているように思われます。
2〜3年前の「冬の時代」とも「氷河期」ともいわれた最悪の時期は、ようやく脱したものの、チェーンストア業界各社の多くは、それ以降こぞって経営の基軸を「成長性」から「収益性」にシフトさせており、「成熟時代」は、一層その様相を濃くしています。
「創業」「成長」「成熟」「衰退」と続く産業のライフサイクルのもとで、欧米において百年を要した歳月を、わずか30年で迎えてしまった日本のチェーンストア業界の成熟化は、それほど急激で、それだけ深刻であるといわねばなりません。
成熟化に伴う、各社の様々の対応や施策が既に始まっています。「人・物・金」全般にわたる減量経営化と効率化の徹底が叫ばれています。多角化が積極的に検討され、異業種、異業態への進出に拍車がかかっています。
成熟化の急激さの故に、「人・物・金」の不十分な蓄積のもとでのその対応は、働く者に戸惑いと不安を投げかけずにはおきません。

働くものの中高齢化
昭和40年代に飛躍的な成長を遂げたチェーンストア業界は、昭和40年代後半から労働市場に大規模に登場してきた「団塊世代」の最も大きな受け皿でもありました。それから10数年を経た今日、ガムシャラに働きつづけ、チェーンストアの成長を支えた原動力でもあった彼らも、今や30代後半にさしかかっています。
同様に、昭和40年代中頃から大量導入されはじめたパートタイマー層は、その就業年齢が「育児から解放される年齢以降」という特性から、「団塊世代」以上に中高齢化が進んでいます。もちろんパートタイマー層は、相対的には「流動的労働力層」であり、有期契約者として建前上の限定性は留保されているものの、実態としての平均勤続は、女子社員をはるかに上回っています。彼女たちの独自の職場秩序におけるリーダーシップは、より有能で、それだけより勤続が長期化している層に委ねられています。それだけに彼女たちの中高齢化は、より深刻な問題をはらんでいるともいえます。

労働力の複合化
商業・流通業界における職場実態の特徴的な側面として「労働力の複合化」という点があげられます。
チェーンストア各社は、多かれ少なかれ、創業の理念として「安売り」を掲げ、その実現のため様々な試みを実践してきました。
安く売るための人的資源の活用方法についても、他のどの産業よりもダイナミックに展開してきたといえるでしょう。正社員労働力の供給が、急速な店舗展開に追いつかないといった高成長期にあっては、当時急速に労働市場に登場しつつあった低コスト労働力のパートタイマーを、ためらいなく導入してきました。中高年の雇用悪化が社会的にクローズアップされてくると、嘱託制度などによってこの層の導入に対応してきました。
労働集約産業である小売業にあって、このような「マーチャンダイジング・ミックス」ならぬ「労務構成ミックス」が、結果的にチェーンストアの発展を支えてきた基盤の一つになっていたといえます。同時にそれは、国民経済的には、産業構造の変化に伴う労働力の需給のヒズミを、結果的に補う機能を果たしてきたわけであり、この点は正当に評価されるべきではないでしょうか。
いずれにしてもチェーンストアの職場は、こうした様々の層の複合的な構成に支えられているわけであり、この業界の労働問題は、この現実を抜きにしては語れません。商業・流通の他の業界についても、この点については程度の差はあれ共通して抱えている現実でもあります。

二、商業・流通労働者の意識 ---売上げ志向---

売上げ直結型の特有の労働形態
商業・流通労働者の特徴的な意識をあげるとすれば、「売上げ志向」の強さという点ではないでしょうか。それだけに「自分の売場」対する誇りと執着は、他産業をはるかに超えるものがあると思います。
それは「愛社精神」とは別次元のものであり、むしろ一挙手一投足が売上げに直結しているという特有の労働形態の起因しているという見方が正確ではないかと思います。反面で時にその意識は、機械的な労働時間管理を自ら拒否する要因となり、長時間労働やサービス労働(残業手当や休日出勤手当を請求しない労働)を容認させる職場風土をもつくっています。
このような意識は、社員、パートタイマーにかかわりなく共通した傾向を持ち、それが複合的労務構成のもとで共通の土壌を生みだしています。そしてそのことが職場のまとまりと秩序を形つくる重要なファクターとなっていると考えざるをえません。

変化の兆し
従来、商業・流通業での労働情勢が、様々の問題をはらみながらも、比較的穏やかに推移してきた最大の背景の一つに、この売上げ志向の強さという点があったのではないかという気がしてなりません。ところが先に述べた商業・流通労働者をとりまく環境の推移と経営サイドの今後の対応いかんによっては、この意識を支える基盤に重大な影響を与えずにはおかない状況が生まれつつあります。
そこで次に、商業・流通労働者の抱えている現状の課題について、環境変化を踏まえながら触れてみたいと思います。

三、商業・流通労働者の不安 --- 夢を託した「成長神話」のかげり---

ポスト不足と出向への不安
昭和40年代以降の、チェーンストア業界の拡大成長を支えた中核的な戦力が、「団塊世代」を中心とした男子社員であったことは否定できません。彼らがシャニムニ働き続けたエネルギーの源泉は、何よりも企業の成長性であり、他産業にない昇進、昇格スピードへの期待であったことは、想像に難くありません。
ところが「大規模小売店舗法」施行に伴う出店規制と、それに追い討ちをかけるかのような個人消費の長期低迷は、チェーンストア業界の高成長に急ブレーキをかけました。低成長が定着し、売上げの落ち込みと出店の減少という現実が実感として認識されるにしたがって、彼らが託した「成長神話」は、徐々に崩れ始めています。
急成長期の初期に入社し、既に一定の地位とポストを得た層への羨望と、バスに乗り遅れた自らの不運を噛みしめながら・・・。
一方では、展開されつつある企業の「成熟時代への対応」が、彼らの職場での日常業務に一層の厳しさを要請しています。他方では、多角化路線のもとでの「出向」という名の職場生活の大転換の予感に、期待とそれを上回る不安がつのります。

賃金の頭打ち現象
チェーンストア業界での中高齢化が、男子社員を中心に着実に進行しています。それに伴って、他産業に勤務した同級生に比べ、相対的に高いはずであった賃金にも陰りがみえてきました。
減量経営化に伴い、固定経費である人件費の洗い直しが進み、賃金体系上の年功的要素が圧縮され、能力評価の度合いがますます強められています。出店減少によるポスト不足は、いやおうなく昇進・昇格の機会を減少させ、賃金の相対的頭打ち現象を生み出しています。
独身時代には、むしろ歓迎していたはずの日曜・祝日に休めない現実が、子供の入園・入学とともに過酷なものに思えてきます。そんな思いが、年齢生活にふさわしい賃金への欲求を、一層切実なものにさせています。

労働時間実態の遅れ
労働界あげて「労働時間短縮」が叫ばれている今日、商業・流通業での労働時間問題は、週休二日制といった制度的な枠組みはいざしらず、その実態は、とりわけ男子社員にとっては、極めて未整備といわざるをえません。
商業・流通業での、営業時間と労働時間の分離という特性のもたらす時間管理の難しさは、過去しばしば業界の各労働組合に、抜本的な改善の取り組みをためらわせてきました。男子社員の平均年齢の低さと、成長産業特有の相対的な責任や権限の大きさが、時間管理のルーズさを容認してきたという側面も否定できません。
そして今、チェーンストア業界においても、男子社員の中高齢化の現実を前にして、そして低成長産業化した業界でのポスト不足が明らかになるに及んで、労働時間問題は、業界の今後の健全な発展にとっても避けてとおれない重大テーマになりつつあります。

問われるパート政策
「パートタイマー」という雇用形態が発生することで、主婦の職場進出が急速に進みました。そして近年、パート問題が、労働省の指導要綱策定といった動きにも見られるように、にわかに社会問題化しています。その背景には、「団塊世代の主婦たち」の本格的なパート労働市場への参入ということと無縁ではないと思います。
商業・流通業でのパート化は、主婦にとって「買物」が”日常生活の楽しみ”の一つということも手伝って、その規模とスピードは、他産業をはるかに上回っています。その結果、パート労働への依存度はきわめて高く、すでに延べ人数では社員数を大きく上回る実態にあります。それだけにパートタイマーの戦力化は、今後の企業発展の上でも重要なテーマといえます。
相対的に高学歴化した団塊世代の主婦パートタイマ-層は、その就業動機として、賃金収入だけでなく、社会参加という側面も強めていると思われます。チェーンストア業界では、急成長期の人不足を補う形で、商品の補充・発注・陳列といった売場管理の主要な部分をもパートタイマーに委ねてきました。それが彼女たちの働きがいや労働意欲を喚起する形で、結果的に社会参加という就業動機を満たす機会を提供したのではないかと思います。
ところがここ数年の、特に食品部門でのインストアパック(店内加工)の導入に伴い、パート労働に占める加工作業のウェイトが急速に高まっています。加工作業での機械的・反復的労働に、従来型の労働意欲を期待するには無理があるのではないでしょうか。
パートタイマーの戦力化に向けて、こうした職場の環境変化を前提に、労働条件面での見直しや、職場でのコミュニケーションの機会を拡大するなどの対応が必要です。そしてより本質的な問題として、成熟時代を迎えたチェーンストア業界において、パート労働をどのように秩序づけるかという問題があります。準社員や、定時社員といった身分的な位置づけを含めた本格的なパート政策が問われています。差し迫った問題となりつつあるパートタイマーの中高齢化問題とあいまって、このテーマは、より緊急な問題として検討される必要があります。

四、まとめ ---戸惑いと不安を超えて---

以上、商業・流通労働者の環境と課題について、日頃の体験を踏まえながら、思いつくままに述べてきました。要約すれば、産業の成熟化と自らの中高齢化という環境変化のもとで、商業・流通労働者が、将来に対する戸惑いと不安を募らせているというスケッチでもあります。
そうした戸惑いや不安が、業界の今日の成長を支えてきた「売上げ志向」にも、重大な影響を及ぼしつつあるのではないかと思います。それらの戸惑いや不安を、経営サイドも労働組合も、真正面から受け止め、いかにして解決していくかが問われているという問題提起でもあります。この点を抜きにしては、労働集約産業である商業・流通業では、成熟時代に対応できる本質的な体質改善は不可能ではないかと思います。
今日の商業・流通業の厳しさは、それでもかつての繊維産業や鉄鋼産業のように構造的でそれだけ過酷だった状況に比べれば、まだまだ救いのある厳しさです。今日、繊維産業や鉄鋼産業が、不死鳥のごとく確固たる基盤を今なお形成している背景には、労働界も含めた産業界あげての叡智と行動があったことを、あらためて思い起こさずみはおれません。

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