1985.04
チェーンストアエイジ・ニュース
寄稿論文

商業・流通業における労働情勢
「遅れてきた青年たち」の不安

第2部 商業・流通労働運動の現状と課題 流通労働界、統一への模索



一、商業・流通労働運動の現状

労働団体の機能と役割
ところで、第1部で述べた「商業・流通労働者の不安」に対して、彼らの利益を守るべき組織である労働組合なり労働団体は、どのように対応しようとしているのでしょうか。
彼らの不安が本質的には、「産業の成熟化」に端を発したものであるだけに、それは高成長時代の「雇用・労働条件」を、成熟時代のそれに、納得性と展望を持った形でいかに再整備できるかということに他なりません。
しかしながら「雇用・労働条件の再整備」は、「成熟化」がしばしば「企業サバイバル」という言葉に置き換えられるように、個別企業内の労使交渉の場では、一方的な「切り下げ」に終始する危険性をはらんでいます。成長から成熟へといった環境変化のもとでも尚、働く者にとって魅力ある産業であり続けることが、産業の活力を維持する上でも不可欠です。労働集約産業である商業・流通業界では、一層それが求められています
特定企業の経営者や労働者だけが、利益や不利益を受けるということでなく、企業の枠を超えた成熟時代の「雇用・労働条件の共通ガイドライン」と、それを実現させる労働団体の機能が必要です。
経営力や営業力での企業間競争は当然としても、賃金や労働時間などの「人」に関わる競争条件の最低限のルール化が今、産業レベルのテーマとして問われているのではないでしょうか。この点にこそ、企業内労組の枠を超えた業界労働団体の機能と役割が求められている背景があります。

「四分五裂」の商業・流通労働界
そこで次に、商業・流通業界における労働団体の現状を眺めてみたいと思いますが、その組織状況は、残念ながらまさに「四分五裂」という他ありません。
「商業労連」は、百貨店業界唯一の労働団体として、大きな影響力を持っています。しかし、三越、大丸、高島屋、西武、そごうという大手都市百貨店労組が未加盟であるという点で、不充分さを残しています。
「ゼンセン同盟流通部会」は、昭和40年代半ばから、大手チェーンストアの組織化に着手して以来、急速に拡大発展してきました。今日では、専門店、卸売業、飲食業、サービス業などの各業種にも組織化の枠を広げ、商業・流通労働界の最大勢力になっています。
とはいえ、チェーンストア業界には、西友、ユニー、イズミヤなどを中心とした無所属中立労組の結集体である「チェーン労協」も存在し、年々労働団体としての機能を強めています。
この他にも、関西の同盟系のスーパーマーケット労組を中心とする協議体である「同盟流通労協」があります。
以上の4団体は、10年余り前に、「商業4団体労組連絡会議」を設置し、かろうじて商業・流通労働界の横断的な情報連絡機能を保持してきました。

不十分な自主的秩序形成機能
今日のチェーンストア業界の成熟化の直接的な引き金となった要因の一つに「大規模小売店舗法(大店法)」の成立があげられます。
この法律の背景には、大手チェーンストアをはじめとする余りにも急激で無秩序な「集中豪雨的出店」があったことは否めません。
過当競争下で、経営者団体に対する業界労働団体の、自主規制の要請も含めた統一的な対応が、産業の健全な発展の上で、一定の役割を果たしてきたことは他産業でも見受けられた事例です。
日曜、祭日に休めない小売業労働者にとって、正月休日は、家族団欒の数少ない貴重な機会です。その正月休日が、ここ数年大型店の正月営業によって、どんどん奪われつつあります。
大型店の正月営業は、単に大型店の従業員だけでなく、納入業者、メーカーなど他産業労働者にも波及するものであり、他産業労働団体からの批判は、年を追って高まっています。
こうした問題点を抱えて尚、正月営業を行うことは、個別企業のメリットは別にしても、業界全体の視点からは、極めて疑問であるといわざるをえません。
「大店法問題」や「正月営業問題」に共通する背景は、業界の自主的秩序形成機能の不充分さという業界体質そのものではないでしょうか。ともすれば先行する個別企業の目先の利益に対し、業界全体の長期的な発展という立場から、業界自らが、自主的に秩序を形成し、コントロールするという土壌が、チェーンストア業界にはいかにも希薄に思えてなりません。
もちろんこうした業界体質を形成してきた一端の責任は、業界の自主的秩序形成機能のひとつとして、本来果たすべき役割を「四分五裂」の状況のもとで果たせなかった労働側にもあることは否定できません。


二、商業・流通労働運動の今後の課題

「全民労協」結成の波紋
昭和57年12月14日、日本の労働運動は、新たな一頁を開きました。この日の「全日本民間労働組合協議会(全民労協)」の旗揚げは、次の2点において、商業・流通労働界にも大きなインパクトを与えたのではないかと思います。
第一点は、戦後労働運動における長いイデオロギー論争に終止符を打ち、日本の労働組合の多くが「労働組合主義」という経済主義的理念のもとに大きくまとまったという点です。
商業・流通労働者の特徴的意識としての「売上げ志向」については、既に述べた通りです。その意識は、労働組合活動の場面では、不毛なイデオロギー論争とは、およそ無縁の、むしろ実利優先の経済志向を風土として形成しています。
このような意識を前提とする限り、商業・流通労働運動にとって「労働組合主義」は、まったく違和感のない、むしろ積極的に支持できる理念といえます。事実、商業・流通労働団体は、「ゼンセン同盟」と「商業労連」が、全民労協結成と同時に「正加盟」し、「チェーン労協」もその後まもなく「友好組織加盟」しています。
同時にこの点は、従来どちらかといえば、日本の労働運動の中で主体的な位置を保持できなかった商業・流通労働運動が、全民労協という新たな舞台で、積極的な位置を持ちうる機会を準備したといえます。
第二点は、全民労協の結成が、各産業ごとに労働団体の「再編・統一」への新たなうねりをつくりだしたという点です。
日本の各産業の労働団体は、「総評」「同盟」という二大労働全国組織(ナショナルセンター)のいずれに加盟するかという点で、しばしば分裂、対立するという不幸な歴史を重ねてきました。ところが、全民労協という総評、同盟の枠組みを超えた全国組織の結成は、少なくとも民間労組では、同一産業内で対立する大きな理由を失ったといえます。
本来、労働運動は、使用者との関係において、果てしなく「1対1の関係」を追求する運動です。企業内において単一の労働組織の地位を確保した企業別労働組合が、次に求めるものは、産業別単一組織であり、業界経営者団体との「1対1の関係」です。
商業・流通労働界での前述の4団体の分立状況も、総評、同盟といった鮮明な対立はないにしても、「同盟」と「純中立」という違いがもたらした側面も無視できません。とはいえ、もともと4団体間に、いわゆる「路線」の対立があるわけではなく、組織の性格としても多くの部分で共通しています。

統一への模索
「商業4団体労組連絡会議」の場で、4団体の共同関係の強化をめざした話し合いが始まりました。これまでどちらかといえば、情報交換と交流といったレベルにとどまっていた「連絡会議」を、共通課題の共同の政策化と行動化をめざす組織に強化しようという動きです。
もちろんこの背景には、全民労協結成に伴う「分立から統一へ」という大義があります。さらにより現実的には、共通の上部組織としての全民労協の場で商業・流通問題について意見調整をしておく必要があるという点があります。

統一への背景と必要性
しかしながらそうした理念的な背景や組織的な事情を超えて、商業・流通労働界の統一をはからねばならない現場組合員にとっての現実的で差し迫った背景があります。
第一には、既に述べたように、「商業・流通労働者の不安」に応えるためには、企業内だけの取り組みや、分立した労働団体ごとのバラバラの取り組みでは、もはや困難な状況になっているという点です。
労働者の中高齢化と同時に、企業間の平均年齢や平均勤続に格差が出てきている現状では、平均賃上げ率で業界相場を確定するという春闘方式では年齢生活にふさわしい賃金の確保は困難になってきています。例えば30才の標準的な労働者の業界レベルでの賃金水準をどのように共通化し、達成できるかが問われています。また、能力主義的要素を強めた賃金体系への移行は避けられないにしても、それだけに企業の枠を超えた横断的な年齢別最低賃金の共通化が必要です。
中高齢化した男子社員にとって、肉体的限界に近い長時間労働の実態改善は、もはや業界全体で統一的に取り組む以外に、本質的な解決は見当たりそうにありません。
パートタイマーへの依存度の極めて高い商業・流通業界にあって、その戦力化も含めた人事処遇の在り方は、労組の組織化問題ともあいまって、業界共通のテーマとしてクローズアップしつつあります。
第二には、成熟時代を迎えて、業界全体での「産業政策」の取り組みが求められてきたという点です。
「大店法問題」や「正月営業問題」に象徴されるような、産業の方向性を左右する労使共通の課題について、企業エゴでなく、業界全体の長期的発展という立場から政策化し、国や自治体への働きかけも含めて取り組むことが求められています。そんな環境だからこそ業界労働団体を統一し、社会的・政治的力量を強化することが必要です。
第三には、「雇用問題」への円滑な対応という点です。
成熟時代とは、「業界再編」が絶えず同居する時代とも言えます。いつでも起こりうる吸収合併といった事態に対して、所属する労働団体の違いは、従業員の雇用にとって決して好ましくないばかりか、円滑な対応の阻害要因にもなりかねません。

三、むすび

以上、商業・流通労働運動の現状と課題ついて、当事者の一員に連なる立場から、個人的な見解もかなり交えて述べてきました。
「四分五裂」という好ましくない現状のもとで、商業・流通労働運動が、商業・流通労働者と業界の発展に対し、今日まで充分な役割を果たしてきたとは言い難いものがあります。一方では、商業・流通業界の成熟化は、まちがいなく商業・流通労働運動の積極的な役割を求めています。
産業構造の変化と技術革新の急速な進展は、ますます商業・流通業をはじめとする第三次産業への労働人口のシフトを促しています。
そのことは、全民労協の結成という労働界の新たな局面において、商業・流通労働運動の、より主体的で自立的な運動形成が求められているということでもあります。
業界の経営サイドに立つ人に対しても、以上のような商業・流通労働運動の置かれている状況と役割について、積極的な理解を求めたいと思います。なぜなら、業界全体の発展という点では、共通するパートナーとしての役割を、労使ともに負っていると考えるからです。
日頃、労働情勢についての情報に接する機会の少ない人にとって、この報告が少しでも理解を深める一助になれば幸いです。

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