第1話 十八歳のひと夏の青春


2010年10月、大学時代のサークル・弁論部の同窓会に出席した。三宮駅から岡山駅までをJR在来線で行くことにした。リタイヤ後のたっぷりある時間を追憶の旅に充てようと思ったのだ。播州赤穂行の新快速電車が姫路駅に着いた。ここから岡山までは40数年前の半年間、入学したばかりの大学に毎日2時間ほどかけて通学した路線だった。姫路駅からは新快速が各駅停車に切り替わる。乗客たちがごっそり入れ替わり車内の風景がローカル色を強めた。相生駅に着いた電車を降りて、向い側ホームに停車中の鈍行電車に乗り代える。まばらな乗客の旧型車両のボックス席に一人座った。車窓ののどかな田園風景が旅路の寛ぎをもたらしてくれる。三宮駅で求めておいた缶ビールを空けると、至福のひと時が訪れた。県境を越えて岡山県に入った最初の駅が三石駅だ。思い出深い駅の風景が40数年前の十八歳の夏の光景をまざまざと蘇らせた。

『私の通学電車にふた駅先の和気高校に通学する高校生たちが大勢乗り込んできた。ボックス席の向い側に一人の女子高生が席を占めた。大柄の屈託のない明るい雰囲気の女の子だった。どんなきっかけだったのかは忘却の彼方だ。いつの間にかおしゃべりしていた。意外に話しが弾んだことは確かだ。彼女が下車する和気駅にあっという間に到着した。次の日、到着した三石駅で半ば期待しながら車窓越しにホームを見つめた。目ざとく私を見つけた彼女が笑顔で手を振り乗車口に急いだ。向かいの席にやってきた彼女とのおしゃべりが再開した。どれくらいの期間だっただろう。同じ通学列車の同じ車両の同じ席が二人の共通の空間となって時が過ぎた。

夏休みを終えて後期から下宿することになった。二人の共通の空間は断念を余儀なくされた。しばらく文通が続いた後、大学とその周辺を案内する約束ができた。岡山駅で落ち合ってバスで大学構内にやってきた。構内や隣接の運動公園を散策した。どんな話しの成り行きだったのか、私の下宿を訪ねたいと言い出した。年上の冷静さが一瞬のためらいを招いたが、結局案内することになった。四畳半一間の我が城で少し緊張しながら何事もなく過ごした。何事かがあるには二人は余りにも純情で若すぎたというほかはない。下宿を後にした彼女を駅まで見送った。その後二人が会うことはなかった。』

昭和30年代が終わろうとする頃の、ひと夏の淡い青春物語である。

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