タイ国,プーケット訪問
作成者  BON
更新日  2003/10/20

 土木学会環境工学委員会のワークショップで訪問しました,タイ国プーケット島の水道施設の訪問,およびセミナーの記録です。手配をいただきお世話になりました関係各位,ならびに,週末中心とはいえこの時期に時間を下さった皆様に感謝申し上げます。m(_ _)m

タイ国,プーケット島訪問記
 10月17日夜から19日にかけて訪問。海外へ行くといつも設計思想上のショックを受けることができます。

【参考】
 水道に関連する場所の訪問記録についてはどんどん行っていきたいと思っております。もし取材させていただけるところがありましたら是非ご紹介ください。公的私的を問いません。基本的には,手弁当で行きます(^o^)が,その場合は休日の訪問となります。


プーケット島訪問記録

2003年10月17日(金曜日)

 今回は仕事と私事の都合もあり,金沢から特急北陸号に乗っての帰京し,そのまま直接成田,という強行軍でした。プーケット旅行記なのに,最初の写真は特急北陸号です。(^o^)

 適度に酔って乗ったためかまあまあいい感じで上野着6時半。適当に服を着て東京駅7時発の成田エクスプレスで成田に8時。手続きを済ませて軽く朝飯,フライトは10時前。ここで福士先生と合流。機内ではほぼずっと爆睡。タイ航空でプーケットに到着したのが現地時間15時,日本時間で17時ごろでした。

 福士先生はAITにいらしたのでタイ語はばっちり。ということで,お荷物にならせていただいて,リムジンタクシーでホテルへ。タクシー内では一通りタイの国情や簡単なタイ語を教えてもらいました。タイ語は日本に入ってきていないせいか,なんとも覚えにくい言葉が多いように思うのですが,先生によると文法などは非常に単純だとのこと。とりあえず肉骨粉,ちがった,コップンクラップ(ありがとう)のみ覚えようと努力しました。

 荷物の整理と小休憩のあと,17時過ぎにホテルのロビーに。すこしビーチなどをぶらぶらして雰囲気を見ました。パラセーリングとかやっててリゾートっぽいのはいいのですが,天気が悪いせいか海は紺碧とはいきませんで。宮古はすごかったからなぁ。

 また,ビーチ周辺はパブリックビーチとのことで,おみやげ物屋がずらり。売ってるものはいかにも怪しげな,といった雰囲気のおみやげ物ばかりなんですが,値札がなく値段の交渉ができないので興味を引いても買う気がしないですな。三越商店が当時なぜ先進的だったのかよくわかったような気がします。

 そぞろ歩きの後はホテルに戻って,ロビーバーで,ビールなどのみながら他の先生方の到着を待つことに。高梨先生が17時過ぎに到着,続いてオーさんがお見え。彼女はタイ人で九大への留学経験があり,福士先生のAIT時代の教え子だそうです。当然日本語,英語,タイ語のトリリンガルですから,コミュニケーションなどまったく不安がない。すばらしゅうございます。そうこうしているうちに順次,各参加者が集合し始めました。数人集まったところで,19時ごろになりまして,腹も空いてきたのでホテルのレストランへ移動,晩飯を食いながら引き続き談笑。

 おおむね夜10時半ごろまでに本日集合の人が集まったので,ぞろぞろと海岸通りを小見学,途中のレストランで飲み物などを少々。

 

 散会は11時半ごろ(日本時間で1時半ごろ)。この日はホテルに撤収することになったのでした。


2003年10月18日(土曜日)

 朝は7時過ぎに起床,ただしリゾートホテルなせいか,モーニングコールも目覚ましもないので,ときどき時刻を確認したりして,かえって少々寝覚めはわるかったような気も(^_^)ゞ。ちなみに,タップウォーターは飲用禁止マークが(^_^)ゞ

 朝飯はホテルのレストランで,洋食の基本メニューを中心に各種そろっていました。私的にはおかゆがおいしかったんですが,最後におかゆに行き着いたので一口だけ。明日の朝飯はおかゆからいくことを堅く決意。

 ちなみに,集合時刻を8時と勘違いしました...よって,腹ごなしもあって1時間ほどホテルを中心に付近を散歩。昨日の喧騒とは打って変わって,穏やかな町が姿を見せています。明るいところで見るツクツクタクシーは結構きれいに磨き上げられていて,大切にしているんだなぁ,と思わされます。エバンゲリオンなんステッカーを貼った車もいたりして,多分日本でいうところのデコトラや暴走族とおんなじようなもんなんでしょうね。ま,日本ほど下品でもありませんが。これを見てるだけでも結構飽きません。

 一回りして裏口からホテルに戻り,9時にロビーで集合も,多少事情もあり,タイ時間で行くことになったので,9時半ごろに乗合バスで出発。

 バスから車窓を眺めるに,さまざまな建物の上に水タンクが載っていることに気づきます。沖縄など水の供給が不安定な地域でよく見られる光景です。翌日撮影分も併せて少し紹介。ゆれるバスのなかからの撮影だったので,かなりピンぼけが多いようにも思いますが...家によってさまざまなタイプのタンクがあるのがなかなかユニーク。

 途中見えた水道施設関係としては,水源地(と書いているバラック)×1,浄水場(らしき施設)×1,配管工事(らしきもの)×1,受水タンク多数,でした。写真は編集が下手ですが一応ライブラリということで。

 さて,バスは地元のエンジニアリング会社に到着。本日の見学先へはこの人が案内してくれることになっています。まずは名刺交換...も,私の名刺はすべて日本語!!意味ねぇ...その後,簡単に扱っている商品の説明をしてくれました。英語なので半分くらいしかわかりませんでしたが,小規模RO膜のユニットを自前で組んで,ホテルや高級住宅地向けに提供しているようでした。後で教えてもらった話ですが,ボトル水よりも,ここのプラントでろ過した水のほうが,Coliなど各種項目で優れているのが分かったため,受水住民の一部がそれまでの習慣を改め,飲料水をボトル水から切り替えるようになったんだとか。なるほど,これは一種のビジネスチャンスかも。

 

 車は事務所を出発して,目的の高級住宅街へ。大型バスが入り込む場所ではないので結構大変ではありましたが,道の終点に造水プラントがありました。こじんまりしてますが...(^o^)

 

 プラントの前には簡単な池があり,最初これが原水井様の池かと思っていたのですが,近所の汚水やら,濃縮水(回収率は70%程度)が流れ込んだりしているようなので,多分排水池なんでしょう。

 水源はこちらの池。ただし,インテイクは見られませんでした残念。

 プラントはRO膜ユニットを中心に至ってシンプルな造り。ただし,ROプラントの基本は押さえているようで,スケール防止剤,除鉄(塩素参加+アンスラサイト),脱塩素(AC)いろいろ入れているのはある意味よい工夫かもしれません。

 

 ユニークだったのは,配管に塩ビ管を使っている点でした。ROのイン側の水圧に塩ビ管で耐えるという発想はなかなかわれわれでは怖くてできません。もっとも,φ50とかのオーダーの管であれば,管厚さによる耐圧以上に構造としての耐圧が効くので,平気といえば平気なんでしょうねぇ。

 

 プラントを構成している部品などはすべて部品で購入して組み立てたもの。手作り感が好感できます。もっとも,処理水を貯留するタンクがないようで,この点は日本の安定性重視の設計思想からみると多少懸念が。高温多湿の土地柄ですから,水を貯留するリスクを大きく見たのかもしれません。

 現地で地元エンジニアのおじさんと別れました。おじさんの会社の若者がわれわれの見学の様子を一生懸命取材していました。これは,いずれ,彼の会社の社報みたいなのに載るんだとか。このへんはギブアンドテイク,ってやつですね。

 さて,バスはホテルに向かうのですが,もう少しいろいろみたいところ。ただ,どこに行く,というアポイントメントはないのでした。ホテルに向かう途中にあった浄水場に行ってみたいとかいろいろ意見は出たのですが,帰りの道が行きと違うなどいろいろ手間もあって断念。ところが...ホテルのすぐそば(歩いて5分程度)の場所に,なんと下水処理場があるのでした。ということで,ノンアポ取材を敢行することに。日本人の感覚ではまさか許してもらえると思えなかったのですが...

 実は管理している人はまったくいない様子。近くで配達?をしていたおじさんに,オーさんが聞くと,勝手に見ていっていいよ,とのお話。ということで,ぞろぞろ敷地内に侵入して勝手に見学することに(^o^)。

 

 奥側から進入したのですが,いきなりODが3池,うち2池が稼動中でした。日本では安全のため曝気部にカバーが付いていることが多いのですが,ここでは剥き出し。曝気の様子がよく分かります。設計指針なんぞ読むより,こういうのを直接見るほうが100倍勉強になりますぞ,若手諸君!ツバメ汚泥を喰ってるんでしょうか,ODのしぶきの上を低空飛行してます。これは食物連鎖...なのかな...

 

 これは終沈かな?

 汚泥の乾燥床のようです。でも,人がいないくらいだから相当放置してるんじゃないだろうか...

 除塵機のような施設もありますが,動いてません。国内で使用するときでもデリケートな機械ですし,こっちじゃメンテしきれないでしょうなぁ。ちなみに,モーターの名版を見る限り,イギリス製のようです。ここからむりやり直接汚水を水中ポンプでくみ上げて,ODの方に送っている様子。もれてますけど(^o^)

 子供が遊んでます。電気盤や鞘管も,彼らにとってみれば丁度いいジャングルジムですね。運動場にはサッカーができる程度の広場や,子供用の遊具がありましたが,こちらの方が断然人気のようです。オーさんが彼らに訊いてみてくれたところでは,この施設は2年くらい前にできたとのことでした。

 このほか,濃縮槽か沈殿池かよく分かりませんがでかい池などがありました。開設がないと何のための施設かよく分かりません。管理棟の設備は結構新しいようなんですが,ドアのノブは取れてるし,使用済みの「今度生む」やヘアピン,ビールビンが散らばってたり...ま,地元の若者の憩いの場になっているということなんでしょう。管理棟内には脱水機が見えますが,ホッパなど開いた様子がない...

 ということで,建設後維持管理をちゃんとできなかった場合に水処理施設がどのようになるかの事例でした(というと関係者に無神経と言われそうですが,それが実感です)。それでも動いてはいるのはさすが土木施設ですが,維持管理の重要性を再認識するための例としても一種重要かもしれません。ちなみに,タイの下水道施設については,建設後かなり経過して放置されているものもかなりあり,その調査と対応の必要性等についても近々調査が行われる計画とのことでした。


 見学終了後はホテルにて昼食。中華風のターンテーブルです。タイでも結構一般的なスタイルなんだとか。

 続いて,セミナールームにてセミナー開始。

 

 本日のメニューは以下のとおり。PPは英語でも,お話は日本語だったので,私でもわかりました。まぁ,タイで日本語で会議すること自体が相当特殊なようで。

  1. タイにおける環境研究(オーさん先生,本名はジララト・ヴォングコンカテープさん)−タイ国の環境工学の研究体制,人について。AITにいらした先生方の知り合いが多いことが笑いを誘ってました。
  2. 東南アジアにおける環境リモートセンシング(本多先生)−AIT所属の本多先生による,リモセン技術の応用状況や研究開発体制の構築について。面白かったです。
  3. タイにおける環境事業−西原環境テクノロジーの木村さんによる,上下水道事業の現状に関するお話でした。発展途上国ならでは(それでも東南アジアのなかではかなり裕福な国ですが)の資金面での苦労がいろいろあるようで。

 

 セミナーは予定時間を大きく越えて17時半過ぎまで。一同おおいに議論し,知的好奇心を満たすことができました。

 さて,会議終了後はしばらく休憩のあと,晩御飯を食べに行きましょうか。ここプーケットはリゾート地ですから,いくらでも屋外レストランとかがあります。ということで,ぞろぞろと連れ立って近所のレストランへ。特にアポはいらないようで。ステージの近くだったので,前でライブをやってるお姉さんたちが,スキヤキソングを歌うなどしてサービスしてくれました。

 

 しばらくして雨が降りだしたりしてばたばたもしましたが,一同ひとしきり歓談,大いに満足して三三五五ホテルに戻り,ここのロビーバーでさらに飲み足しました。散会した時刻は大体12時半くらいかな。日本時間で2時半です...さすがに眠いっす。


2003年10月19日(日曜日)

 朝食は昨日食べ残したおかゆをたっぷり。非常においしかった(^o^)です。先生方は続いてバンコクで会議やシンポジウムに参加される(このため今回のWSはタイで開催することになったのですが)ので,朝ご飯後は三三五五出発していかれます。が,私は会議に参加しないのと,航空チケットを安いやつにする必然性から,本日夜の出発便です。そこで,比較的出発時間の遅い長岡先生と,プーケットの町中の水道探索ツアー(徒歩)に行くことになりました。

 天気は雨でした...なんだかよく降りますなぁ。

 まず最初に立ち寄ったのはセブンイレブン。日本と同じデザインの看板がいくつもありましたので,いい度立ち寄ってみたのであります。店のレイアウトはほぼ日本のやつとおんなじですが,並んでる商品はタイの商品です。あたりまえっちゃああたりまえですが。

 ここではお手軽お土産のインスタントラーメンなど大量に買い込みましたが,水道関連商品としてこんなのも売ってましたので一つ買ってきました。昔はそこここの家についてましたよね。赤水防止用かなぁ...

 続いて町中を散策していて見つけたいろいろ。これは...家庭用水処理設備っぽいですけど。単なるボイラーとかかも。

 続いて町中のあちこちに露出している水道管らしき管。かならず青なのが合理的ですね。どうも,水道管は青,電気管は黄色と決まっているようです。

 でも,やっぱり雨水をためてらっしゃる。

 

 さて,本日一番の収穫(?),消火栓です。交差点のところにありました。二口消火栓で地上式。

 このほか,地元の人が行くような店かどうかわかりませんが,明らかにおみやげ物屋ではないお店など冷やかしながら町をぶらぶら,(プーブラか(^-^))散策はこのくらい。お昼になりましたので,興味本位でツクツクにのってホテルに戻り,昼食後長岡先生と別れました。

 レイトチェックの手続きをして,昼寝,ホテルのプールでひと泳ぎ(8割が白人なのでなんとなく居心地が悪かったですが),訪問録の作成などの作業。18時にはバス(バンですが)で空港まで移動に約一時間,このころにはしのつく豪雨になってました。

 空港で買った「ミネラル」。Ozon Treatedだって(^o^)。

 雨に煙るタイ航空機。これでバンコクに移動します。

 

 続いてバンコクから帰国。成田に到着したのが午前8時前でした。翼に受ける朝日です。

 

 ということで無事帰国いたしました。それが本日の朝でした。とりあえず帰宅して就寝(やっぱり徹夜飛行でシートが狭いのはきつい),ここのところ出ずっぱりだった分の処理,そして先週のニュースのチェックと旅行記の記述をしました。

 今回の旅行では,移動や時間のコストに比較して訪問やセミナーの濃度が特に高かったわけではありませんが,外国の水道を見るという体験がよい経験であることを再確認でき,また初めての東南アジア訪問でそれなりに新たな経験をすることもできました。なにより,同年代で一線で研究されている先生方と意見交換できるのが楽しいです。リフレッシュもできましたしね。

 最後に...毎度の体重チェック。出発前から約1キロ増加でした。あーあ,またダイエットしないと...

【備考】


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