EMOTIONAL DISTURBANCES (前編)

作 ゆきかき


 




 「しかし、それは・・・・・・・・・・。」
 「もう我々にはやることがないのだ、葛城君これは運命なのだよ人類のな。」

 ミサトはただ茫然と立ち尽くした。
 ゲンドウは立ち上がり、後を向く。
 そこには一面緑あふれるジオフロントがうつっていた。

 「我々は神に逆らい続けてきた。エヴァンゲリオンという道具を使ってな。
  結果、破滅しか生み出さなかったが。」
 「我々に、我々にやることは ・・・・・・・・・・・まだやることはないんですか?」
 「あきらめたまえ、葛城三佐。」
 「しかし・・・・・・・・・。」
 「神にもやさしいところはあるんだ、四日も我々に時間をくれたんだからな。」
 ミサトはどうしようもない脱力感の中、
 光が部屋中に入る司令室を後にした。
 司令室のドアが閉まると同時に、ゲンドウの拳は強化ガラスにぶつかっていた。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 「えぇぇぇぇぇぇぇ。ぶぁぁぁっっっっっかじゃないの?」
 「そ、そういう言い方はやめてよ。」
 「しょうがないじゃない、ぶぁかなんだから。あんたねぇ、いくらシンクロ率
  がよくても、学生として一番大事な勉強をおろそかにしてどうするのよ。」
 「そんなこといったって、数学は苦手なんだもん・・・・・・・・。」
 「あんた、いくら何でも因数分解ぐらいわかりなさいよ。
  それさえわかってりゃ80点は取れるのよ、それがなに?
  17点だぁ?へそが茶を沸かしそうだわ。日本人はいいこと言ったものね。」
 「そ、そ、そういうアスカは何点だったんだよ。」
 「あら?あたしに聞いてくれたの?シンちゃん。96点よ。
  一問ケアレスミスっちゃったっだけどね。」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、綾波はどうだった?数学のテスト。」
 後をただ黙ってついてくるレイにシンジはふった。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100点。」
 「くっ・・・・・・・。」
 アスカは拳を握り締めた。
 その、危なそうな雰囲気にシンジは気付き、話を違う方にもっていこうとした。
 「あ、あのさぁ、今日シンクロテストあったよね。何時からだったっけ?」
 「19:00からよ。ちゃんとケンスケにも言っておきなさいよ。」
 「うん、わかった。」
 アスカはレイを睨みながら答えた。
 どうしたらいいかわららないシンジは、話をもっと遠いところに持って
 いこうとした。しかし、先にアスカに口を開かれてしまった。
 「じゃあファースト、地理はどうだったの?私は88点よ。」
 「・・・・・・・・・・・・・・94点。」
 「ぐっ、じゃ、じゃあ英語よ。英語はどうだったの?
  あ、ちなみにあたしは98点だったわよ。あれ難しかったわよねー。」
 「・・・・・・・・・・・・・・98点。」
 「あ、あんたでたらめ言ってるんじゃないでしょうね。」
 「・・・・・・・・・・でたらめ言って何の意味があるの?」
 「まあいいわ、理科はどうだったの?私は96点よ。」
 「・・・・・・・・・・・・100点。」
 「さ、先に帰るわ。」
 アスカは一度レイをキッと睨み、走って去っていった。              
 いや、それは走るというより、地を踏み付けながら前に進んでると言った方が
 いいかもしれない。
 シンジはそのやりとりを結局黙って見ているしかなかった。
 アスカの後ろ姿が陽炎にゆらされて消えて行く。

 レイはまた歩きだす。彼女は少し悲しい目をしていたようだった。
 「ごめんね、綾波。」
 「・・・・・・・・・・・・なんであやまるの?」
 「・・・・・・・・・・・・・・。」
 なんでだろう、シンジはそう思った。
 アスカにいつも言われること、『反射的に謝っているんじゃないの?』
 たしかにそうかもしれない。
 自分は心から申し訳ないと思って謝っているのだろうか?
 違う。
 自分が謝ればその場を治めることができるから。
 これもある、でも少し。
 謝ることで自分を可能なかぎり守りたい、その人に嫌われないですむ。
 これがほとんどかな?
 ミサトさんが言っていたことだけど、自分もそう思う。
 でも今はどうだろう。
 なんで綾波に謝ったのかな?
 綾波がアスカにけなされたわけじゃない。
 逆に傷ついているのはアスカの方だ。
 じゃあなんで?
 ・・・・・・・・・・・・・・・・目かな?
 綾波の目がいつもより悲しそうだったからかな?
 なんで悲しそうだったんだろう。
 アスカを自分が傷つけたと思ったから悲しかったのかな?

 レイはシンジの顔を見ていた。
 シンジがそれに気付くと、レイは慌てて目線を通りすぎるトラックに移した。

 「さっきさ、なんで謝るのか?って聞いたよね。自分でもわからない。
  なんで謝るんだろう。アスカはいつも言ってるんだ、
  『反射的に謝っているんじゃないの?』ってね。
  自分でもそう思うよ。大した反省もしていないのに謝っている。
  ミサトさんも言っていた、謝るということは
  自分を守りたいから、相手に嫌われたくないから。
  僕もそう思うんだ。」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう。」
 「アスカが走って行ったとき、綾波の目がとても悲しそうだった。
  だから、理由はわからないけど謝ったんだ。」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう。」
 「あ、ごめん、なんだかベラベラ喋って。
  ・・・・・・・・・・・・でも、なぜか綾波には、話せるんだ。
  アスカとかだと一方的に話してきて、相づちを打つしかないし。」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう。」
 信号で立ち止まる二人。
 車の一台も通らない交差点。
 ここで信号が青になるまで待っているのはこの二人だけだった。

 「・・・・・・・・・・・・綾波って優しいんだね。」
 「・・・・・・・・・・・・や、優しい?」
 シンジには見えなかったが、唐突なシンジの言葉にレイの頬は赤く染まった。
 「うん、普通女の子がこんなこといわれたら、愚痴を聞かされている   
  と思って嫌な顔するんじゃないかな?  
  でも、綾波黙って聞いてくれるから、だから優しいって思ったんだ。」

 何にも動いていないこの交差点で、信号だけが赤から青に変わった。
 「先に帰るわ。」
 「え?」
 シンジはレイの顔を見る事無く立ち尽くしていた。
 レイはシンジに顔を見せたくないから走った。
 止まっているシンジに変わって行く信号。
 はじめて見るレイの走る姿は、アスカのとは違って見えた。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 階段を上がる音が響く。カン、カン、カン、カン。
 いまどき鉄の階段もなつかしい感じがする。
 シンジは二階の突き当たりまで歩いた。

 「ここだな。」
 ブザーを押す。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 返事が無い。もう一度押す。
 しばらくして、中から声が聞こえた。
 「開いてるよ。」
 シンジは恐る恐る中に入る。
 「おじゃましまーす。」
 「ああ、シンジか。」
 ケンスケは玄関を出てすぐの居間のソファーに寝転がっていた。
 窓からはもう西日が差し込んできていた。
 「どうしたの?電話してもつながらなかったけど。」
 「ああ、うるさいからな、電話線をはずしておいたんだ。」
 「携帯にもでなかったよ。」
 「携帯もスイッチ切っておいた。」
 首だけ曲げて窓の外を見つめているケンスケ。
 シンジはケンスケが茜色の山を見ているのか、                  
 それとも雲を見ているのか少し気になった。
 台所の窓から入ってくる心地よい風にあわせてカーテンもゆらめく。        

 「あ、今日のテスト7時からだから、それを伝えにここまで来たんだ。」
 「そうか、悪いなぁわざわざ。」
 シンジは近くにあった椅子に座った。
 ケンスケは相変わらず外を見続けている。
 風がシンジとケンスケの髪をなびかせた。
 シンジは小さい棚の上にある写真に気が付く。
 その写真には少年が三人写っている。
 一人はケンスケ、もう一人は知らない人、そしてもう一人は・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・ぼく?
 いったい、いつこんな写真撮ったんだろう。
 それに僕の知らない人も写っている。誰だろう。
 シンジはケンスケに聞こうと思ったが、なぜかやめた。

 「なぁ、シンジはなんでエヴァに乗るんだ?」
 「え?」
 いきなりのケンスケの問いにシンジは戸惑う。
 風がシンジのまわりを通り抜ける。
 「・・・・・・・・・・父さんのため、かな。」
 子供みたいに思われたかなとシンジは思う。

 「シンジの父さんはネルフの司令だったからな。」
 「うん。」
 頭の後で組んでいた両手をはずして、右手で目をこするケンスケ。
 シンジは時計を見る、6時半だった。
 「あ、もう行かなきゃ。」
 「そうだな。」
 シンジは初めてケンスケと目をあわせた。
 ケンスケの目は腫れているようだった。



 いつものモノレールに乗る二人。
 外は少し薄暗くなってきていた。
 シンジの隣に座るケンスケ。
 動きだすモノレールに乗っているのはただ二人。
 ケンスケはまた外をボーッと見ている。
 シンジも外の景色を眺めていた。
 「シンジィ俺なぁ、なんでエヴァンゲリオンに乗ってるのかわからないんだ。」
 シンジはケンスケの顔を見る。
 ケンスケは遠くを、遠くを見ていた。
 「昔は乗りたい、乗りたいって思ってたんだけど、今となってはな。」
 ケンスケの言葉に勢いはなかった。
 「え?今となっては?」
 シンジは疑問に思う。
 「あっ、いいんだ、忘れてくれ。」
 すこし気になったが、シンジはそれ以上聞くのはやめた。
 モノレールは地下に入って行く。
 外の景色が見えなくなった。
 車両は茜色から、蛍光灯の白っぽい色に変わった。
 「なぁシンジ、おまえ本当に父親のためにエヴァに乗ってるのか?」
 「え?なんで?。」
 シンジはケンスケの問いの意味がわからなかった。
 「さっき言ったじゃないか。」
 「あ、そうだったよな。わるいな。」
 今日のケンスケはとても変だなとシンジは思う。

 ケンスケは思い切ってシンジに聞く。
 「シンジ、その左手首の傷はなんなんだ?」
 ケンスケは妙に緊張する。
 「ああ、これね、小学校の時カッターで切っちゃったんだ。
  結構大変だったんだよ。」
 「そうか。」
 ケンスケはもうそれ以上言葉が出てこなかった。

 モノレールはジオフロントに入っていった。

 


 




 水面から顔をだす4本のエントリープラグ。
 ネルフの第三テスト室ではいまシンクロテストが行なわれていた。
 「どう?相田くんは。」
 リツコがマヤに尋ねる。
 「はい、この前よりもあがってます、シンジ君同様どんどんよくなっていますよ。」
 「EVA5号機は順調のようね。ネルフのイギリス支部はなぜ手放すのかしら。」
 マヤの顔は暗くなる。
 「4号機のあれを見れば・・・・・・・・・・。」
 マヤの呟きをリツコは聞き流す。
 「じゃあ、今日はこれまで。お疲れ様、あがっていいわよ。」
 いつものように振る舞うリツコを端の方でミサトはじっと睨んでいた。
 「リツコちょっと。」
 そういうと、ミサトはテスト室を出ていった。
 リツコはため息をつく。

 「それじゃあマヤ、あとお願いね。」
 「はい。」
 リツコの後ろ姿をマヤはただだまって見ていた。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 「知ってるんでしょ?」
 蛇口をしめながらミサトは言った。
 「なんのこと?」
 リツコは鏡の前で髪型をなおしている。
 「大質量隕石のこと。」
 リツコは驚き、ミサトの顔を見る。
 「知っているの?」
 「ええ、碇司令に聞かされたわ。・・・・・・・・・・聞きたくなかったけど。」
 ポケットからハンカチを取り出して手を拭き、
 鏡のなかの自分を睨んでいるミサト。
 「しょうがないわ、もう私たちにすることはないもの。」
 「あれは使徒なの?」
 ミサトはリツコの方を向く、リツコはまだ髪をいじっている。
 「木星の静止衛星からNN航空爆雷を発射したけれど、効果無し。」
 「ATフィールド?」      
 「そう、弾道計算はできるみたいだけど基本的にはただ突っ込んでくるだけね。」
 「サハクイエルみたいに、受けとめることだってできるんじゃないの?」
 髪にあった手を白衣のポケットに入れてミサトの方を向く。
 「不可能よ。あんな小型の使徒じゃないの、直径約200km、四国と
  同程度の大きさと考えていいわ。             
  そして、使徒は着地と同時にATフィールド
  を展開、そして自爆、静止衛星からの情報によると使徒の中は
  かなりの高エネルギー反応が観測されたから、
  接触予定の四日後には日本だけでなく、韓国も砂漠になるでしょうね。」     
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 ミサトは何も言うことができなかった。
 自分達にはもう何もできない、ミサトは実感した。
 「司令はこの事実を知った者の逃亡の可能性から、
  飛行機の海外便は全て止めたそうよ、だから、逃げる場所もないわ。
  まあ、明日からB級職員まで四日間の休みになるわ。あなたも四日間
  楽しみなさい、ここには私がいるから。」
 リツコは化粧室のドアに手をかけた。
 「リツコ、あなた何も思わないの?四日後には私たち・・・・・・・・・。」
 「いつからかわからないけど、気が付いたらこういう女だったのよ、
  いまさら泣き喚くのも変でしょ?」
 化粧室のドアを開ける。
 「リツコ!・・・・・・・・・・・・・・今晩飲みにいかない?」
 「・・・・・・・・・・そうね。」
 ミサトは久しぶりにリツコの微笑んだ顔をみたようなきがした。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 「どのぐらいの被害になりそうだね。」
 ゲンドウの前には上半身だけ光のあたっているキール、ロレンツがいる。
 「被害総額予測不可能、予想死者三億六千万、復興の可能性0%、
  国内における日本人の生存率は1.785%、海外も含めると
  3.432%とMAGIは判断しています。」
 「ふむ、ほぼ全滅だな。碇君、君は逃げないのかね?」
 「私に逃げ場所はありません。ここだけが唯一私の存在を
  認めえる場所ですから。」
 「そうか、ところで第壱使徒はどうするんだね?
  エヴァンゲリオンは、そして最重視すべき人類補完計画は。
  これらの問題に対してはどうなっているんだ?」
 「第壱使徒もエヴァンゲリオンも輸送不可能です。
  隕石が処分してくれるのを待つしかないでしょう。
  人類補完計画ですが、最初の人間アダムも
  輸送不可能です。先に処分します。」
 キールの顔色が変わる。
 「なに?だめだ、人類補完計画だけは資料いっしき引き取らせてもらう、もちろん
  アダムもだ。」
 「輸送している時間はありません、こちらも今は忙しいので。」
 「じゃあ、私の部下に取りにいかせよう。」
 「輸送の準備だけで5日はかかります。時間的に不可能です。」
 「嘘をつくな!君は何を考えているんだね、死に行く君にはもう関係ないこと
  じゃないのか?素直に渡せばいいんだ。」
 「・・・・・・・・・・・・・・。」
 「君は補完計画には乗り気じゃなかったな。なぜだ、なぜそう補完計画
  を敵視する。人類の生き残るすべじゃないのかね。」
 「・・・・・・・・・・・・・・。」
 「まあ、いい。君は今日かぎりでゼーレから抜けてもらう。
  死ぬまで楽しく暮らすんだな。」
 「お心遣いありがとうございます。」
 ゲンドウの映像が消える。
 「ふっ、皮肉のわからん奴だ。」

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 「それじゃあ、ケンスケ。」
 「ああ、じゃあな。」
 モノレールをおりるシンジとレイ。
 モノレールに残っているケンスケはやはりまたボーッと外を見ていた。
 ゆっくりと動きだし闇のなかに消えて行くそれを、シンジはしばらく眺めていた。
 しばらくしてレイの方を振り向くと、先に歩きだしていた。
 「あ、綾波待ってよ。」
 長い階段を降り、改札口から出る。
 シンジはレイの後を歩いている。
 駅を出るとそこには闇しかなかった。
 街頭やネオンは光っていたが、ネルフや中心街よりもはるかに田舎で、
 鈴虫の鳴声や、蛙の鳴声まで聞こえていた。
 二人は駅からすぐ近くにあるバスステーションまで歩く。
 前を歩く綾波を見つめるシンジ。
 昼はなんで先に帰っちゃったんだろう。
 何か悪いこといったかな?
 いや、別に言ってないと思うけど・・・・・・・・・・。
 いろいろシンジは考えていると、いつのまにか第四団地行きのバス停まで
 たどりついていた。
 綾波もこのバス使うはずなんだけど、いままで一緒になることなかったな。
 なんでだろう?

 レイはそこのバス停の前にあるベンチの右端に無言で座り、
 前の暗闇をただ見つめる。
 ベンチは一つしかなかったので、シンジはただつったている。
 バス停のまわりに人は見当らず、遠くに酔っ払っている中年がいるぐらいだった。
 虫たちの奏でる音は至る所から聞こえてくる。
 10分ぐらいたっただろうか、シンジは腕時計を見る。
 「あ、46分のバス先に行ってたんだ。」
 声をあげてレイの反応を見たかったが、反応はなかった。
 すこしして、足が疲れてきたシンジは
 ふと、レイの横のベンチの空席に目が行く。
 スペースとしては70センチぐらいだった。
 ちょっと自分が情けなく、恥ずかしかったが、足の疲れには勝てない。
 シンジはレイを見てからゆっくりとベンチの左端に座る。
 レイはちらっとシンジを見る。
 そして、目線をもとに戻す。
 それからまた数分たった。
 レイとの会話は無かったが、シンジは何か安心した気持ちだった。
 まわり一面闇で包まれた中に自分たちも同化したように感じる。
 シンジは遠くに見える山を見る。
 そしてその上を見ると空に浮かぶ無数の星あった。
 どんどん首をあげて行く。
 自分の真上にもきれいな星たちがいた。
 一面に散らばっている星。大きい光、小さい光。
 シンジはその光景に懐かしさを感じる。
 ただ、ひたすら空を見上げているシンジにレイは気付いた。
 レイは不思議に思い、自分も暗い空を見上げる。
 シンジは横を見ると、レイも空を見上げていることに気が付く。
 レイはシンジの目線に気が付くと、あわてて暗闇をまた見つめる。
 シンジはつぶやいた。
 「・・・・・・・・きれいだね。」
 レイは必死に自分の感情をおしとどめる。
 平静をたもたなければいけない。
 その気持ちとはうらはらに、今にも涙がでてきそうになる。
 しかし、なんとか気持ちを押さえ付けたレイは、
 シンジに何か言わなければと思った。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・そうね。」
 そう一言言い残し、空を見上げる。
 シンジはその時レイの瞳から流れる涙に気付いていた。



 暗やみをかなりのスピードで飛ばして行くバス。
 あれから数分たって、バスは来た。
 シンジはレイの後からバスに乗ると、勇気をだして隣に座った。
 レイはべつにこれといった反応はしなかった。
 バスには二人と運転手しか乗っていない。
 流れる景色はしだいに、街に近付くためかだんだん明るくなって行く。
 バスのなかで続く沈黙。
 それを最初に打ち破ったのはもちろんシンジの方だった。

 「ねえ、綾波ってさ、なんでエヴァにのっているの?」
 レイはしばらく黙っていた。どうしようもない悲しみがレイを襲う。
 「絆だから。」
 「絆?」
 「そう。」
 シンジはそれがよく理解できなかったが、どこかで聞いたことのある
 言葉だと思った。
 それからは二人とも黙ったままだった。
 やがてレイは押しボタンを押す。
 バス中の全てのボタンが赤く光る。
 「それじゃあ、さよな・・・・・・・・・・・・・・おやすみなさい。」
 レイはバスのなかのシンジを見つめていた。
 彼女の頭のなかにある言葉がよみがえる。
 『さよならなんて言うなよ。』
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 自分が言いなおしたのも、いまのシンジには気付かない。
 次々にシンジの言葉が浮かんでくる。
 『笑えばいいんじゃないかな。』
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 レイは頭を横にふり、ふりはらおうと試みていた。            

 シンジはガラスに写る自分の顔を見ている。
 髪が邪魔になり、右手でかきあげる。
 「あれ?この傷なんだろう。」
 シンジの頭の上部に、髪に隠れていままで見えなかった傷跡がある。
 「うーん、まあ、いいか。」
 シンジはあまり気にはしなかった。

 


 



 家のドアを閉め、電気を付ける。
 相変わらず誰もいない。
 窓のカーテンを閉め、ヤカンに火をかける。
 「もう9時か。」
 壁にかかっている時計を見てから、だんだん目線を下げる。
 そこには棚があり、そのうえには写真立ての中に入ってる写真が置いてある。
 そして、その写真をケンスケは持ち上げる。
 三人の笑顔。
 しかし、一人はもうこの世にはいない。
 もう一人はこの現実を知らない。
 一人だけ昔のなかにとり残された自分がいる。
 もう、この三人の笑顔を知るのは自分しかいない。
 「3バカトリオか。」
 ケンスケは一人呟く。

 一緒に登校した日々。
 一緒にあそび歩いた日々。
 いろいろな思い出がケンスケの頭のなかにあふれ出て来た。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 眼下に見える第三新東京市。
 ミサトはカクテルを揺らしながら、それを眺める。
 「待った?」
 「ううん、今来たばっか。」
 リツコはハンドバックをテーブルの上に置き、店員にカクテルを注文する。
 「ほんと久しぶりね、ミサトと飲むのも。」
 「そうねぇ、最近は啀み合ってばっかりだったからね。」
 ミサトは苦笑いをする。
 「ま、それもあと四日か。」
 「そう、あと四日よ。」
 リツコにカクテルが届く、それは赤く透き通っている。
 それを目の前に映る第三新東京市と自分の瞳の間に置いた。
 「楽しかったよね、学生の頃。」
 「私はもう歳だから、ほとんど覚えてないわ。」
 「なに言ってんのよ、女は三十路からって言うでしょ?」
 「聞いたことないわね。」
 二人は顔を見合わせて微笑する。
 それから、色々なことを話す二人。
 学生の時の事。
 ネルフに入ったときのこと。
 ケンカばかりしていたこと。
 それでも、友情は続いていること。
 そして、加持のこと。
 「ねえ、加持くんのことどう思っているの?」
 「な、なに言ってんのよ急に、あんな奴なんでもないわよ。」
 「あなた、もう終わりなのよ、少しは素直になりなさい。」
 「・・・・・・リツコ。」
 「わたしたちは言ってみればラッキーなのよ。
  死ぬ前に好きなことができるんだから。
  あなたも子供じゃないんだから、決着つけなさいよ。」
 「・・・・・・・・・・・・うん。」
 ミサトは残っていたカクテルを飲み干す。
 店のなかで自分の好きな音楽がかかっているのに気付くリツコ。

 「ねえ、リツコ。」
 「なに?」
 「わたし、チルドレンたちに話そうと思う。」
 「四日後のことを?」
 「うん。」
 リツコの顔色が変わる。
 「あなた、これは極秘な・・・・・・・・・・・・。」
 そう言うと、しばらく黙ってからリツコもカクテルを飲み干した。
 「それもいいわ。あなたがそう思うなら、好きにしたほうがいい。」
 「ごめんね、わがままで。」
 「わがままはお互い様でしょ。」
 いつしかその曲はおわり、次の曲に移る。
 聞いたことの無い曲だったが、リツコは嫌いじゃあなかった。

 「ミサト、シンジ君、どうするの?」
 ミサトの顔は硬直する。しばしの沈黙の後、口を開く。
 「うん、彼は最後まで知らないほうが絶対幸せだと思う。」
 「小学校の頃の傷っていうことになっていたからね。手首の傷。」

 コクンとうなずくミサト。
 「あのことを知っていたら、彼、何度でも手首を切っていたでしょうし。」
 「知らないほうが幸せでしょうね。」
 二人ともただ黙って前にうつる夜景を眺めている。
 「新しいシンジ君との一ヵ月、どうだった?」
 「そんな言い方やめて、彼は何も変わってないんですもの、何も。」
 ミサトは涙声になっていた。
 「そうね、少しは前と変わっていたらよかったのにね。」
 リツコはそれ以上シンジの話題にふれるのをやめた。

 「飲みましょう。」
 リツコはグラスを持ち上げる。
 「そうね。」
 二人は新しく来たカクテルをふれあわせる。
 「カンパイ。」

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 「アスカ、ケーキ作ったんだけど食べない?」
 「いらない。食べたくないの。」
 「え?結構いいできだと思うけど。」
 「うるさいわね、食べたくないったら、食べたくないのよ。」

 シンジはエプロンを外しながら呟く。
 「ちぇ、なんだよ、いつも真っ先に食べるくせに。」
 フォークと皿を食器棚から取出し、ナイフでケーキをきる。
 「いただきます。」
 シンジはケーキの切れ端を口に運ぶ。
 「うまい!」
 アスカの反応をうかがったが、返事はない。
 なんだか自分がバカ臭く思えた。
 そして、ふと正面にある鏡に目が行く。
 シンジは髪をかきあげる。
 「結構大きい傷だな。」
 いつこんなけがしたんだろう。
 それとも、手術かな?
 どっち道シンジには記憶の無いことなので、深く考えるのはやめた。



 机の引出しから写真を撮りだす。
 アスカはその写真を見つめる。
 「ねぇ、シンジは何も変わっていなよ。あんなことがあったんだよ、
  あんなことがあったのに、何も変わってないんだよ。
  私最近シンジが恐いの。本当はあんなことどうとも思ってない
  のかと思うときがある。シンジをかわいそうだと思うけど、
  恐くて恐くてたまらないの。」
 アスカは写真を見つめ続ける。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 ミサトは暗やみの第三新東京市を一人歩いていた。
 酔いのためか、足元はふらふらしていたが頭はすっきりしていた。
 頭に浮かぶことは、父のこと。
 父を殺した使徒。
 それを殲滅するのもあと四日で終わり。
 私はこれでよかったの?これで。
 頭に浮かぶこと、加持リョウジのこと。
 父に似た男。
 愛したのは父に似ているから?
 愛されたいと思うのは、父に甘えたいということ?
 私は彼を愛しているの?
 頭に浮かぶこと、シンジ君のこと。
 今のシンジと、前のシンジ。
 変えたのは自分。
 彼のためだと思っていた。
 でも、違う。
 自分のため、自分があんな碇シンジを見たくないから。
 私に、彼を変える権利があったの?
 彼を変えてよかったの?
 頭に浮かぶこと、ネルフのこと。
 国連直属の非公開組織、特務機関ネルフ。
 使徒を倒す機関と知って私は入った。
 しかし、使徒を倒すための組織なの?
 何か私の知らないところに、何かある。
 私の一生ってなんだったの?
 使徒を恨み、使徒を倒す。
 それで満足していたの?
 これが私の一生なの?

 ミサトは暗がりを家に向かって歩いて行く。

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 
 カーテンを閉めているが、すきまから月あかりが入りこむ。
 殺風景な部屋のなかで、少女はベットの上で俯せになり、いろいろ考える。
 『絞り方、お母さんみたいだった。』
 『案外、主婦が似合うのかもね。』
 『ゴミだけ片付けておいたから。』
 『優しいんだね。』
 『きれいだね。』
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 「碇シンジ君。初号機パイロット、サードチルドレン。」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 自分でもわかっている、それだけじゃないことを。
 もっと言いたい気持ちがある、胸にこみあげるなにかがある。
 でも、それは昔の碇シンジに対する思い。
 昔存在した、碇シンジへの思い。
 もう、忘れなければいけない。
 忘れなければいけない。
 早く忘れたい、なるべく早く。
 でも、忘れられない。
 あまりにも、変わってないから。
 今の碇シンジが、昔の碇シンジとほとんど変わってないから。
 碇シンジの前では無愛想でいなきゃいけない。
 碇シンジの前では冷たい女でなければいけない。
 そうじゃなきゃ、また私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 「もう、あんなつらい思いはしたくない!」
 レイの頬をいくつもの涙が通りすぎる。


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