医者と昔話と迎え(中編)




「はぁっ・・・はぁっ・・・ここまでくれば」


俺は暗い裏路地に入り、耳を澄ませた。


「小僧はいたかぁー!」


遠くの方で男の声がした。


「ちっ・・・」


舌打ちをして、また走り出した。


さかのぼって、1時間前。


暗殺のターゲットである、あるファミリー(ここでは、マフィアや悪い組織のこと)のボスを暗殺する為


ターゲットの寝室に入ったはいいが、あと一歩の所で殺せず、


その上、手下の男達に追われると言う始末だ。


そして、長い追いかけっこが始まったのだ。


「はっ・・はぁっ・・・いい加減・・・諦めろよ・・・っ・・・いて・・・。」


走ることを止め、壁に寄り掛った。


俺はファミリーのアジトから逃げる時に3発ほど撃たれていた。


一発は左足。


もう一発は肩。


最後は頬を掠めた。


他にも逃げる時についたかすり傷や痣は体中に合った。


でも、今はそんなこと気にしている場合ではない。


なんとか逃げなくては。


逃げなくては殺されるか・・・確かあそこのボスはゲイ。


「うげ・・・それだけは勘弁。」


俺は痛む体に鞭を打ってまた走った。






「はぁっ・・はっ・・・はぁっ・・・・くそ・・・力入いんねぇ。」


ガクッ


俺はその場に座り込んだ。


なんとか、壁の方に這って行って寄りかかった。


「かっこわる・・・っ・・・はぁっ・・・はっ・・・はぁっ・・・くそっ」


なんだか、無償にくやしくなった。


「いまさら・・・か。」


生きる為なら何でもやってきた。


強奪、殺戮、売り。


そして、今も。


「ざまぁ・・・ないな・・・。」


死神の足音が聞こえてくる気がした。


「っ・・はぁっ・・・くっ・・・くれてやるよ・・・この命。」


空を向いて言った。





空は皮肉な程きれいだった。


ざっざっざっざっ


「うわ・・・・はぁっ・・・・・ホントに聞こえるし・・・はぁっ・・・」


足音が一つ近づいてくる。


だんだんその音が大きくなって、俺の前で止まった。


俺は、目を閉じた。


が、降ってきたのは銃弾でも拳でもなかった。


「お前、すごい怪我してるじゃねーか!」


と、言う男の声。


俺は顔を上げた。


男は心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「ほら、立てるか?医者連れて行ってやるからな。」


そう言って手を差し出した。


どうやら、歳は俺と同じくらいか、年上。


武器は・・・


銃が2丁。


右と左の両側の腰にぶら下げている。


俺は、その手を無視して、ゆっくりと立ち上がった。


少し、頭がくらくらする。


撃たれたところが炎症を起こして、熱が出ているのだろう。


「おい、フラ付いてるぞ?大丈夫か?」


そう言って、手を伸ばした。


パンッ


乾いた音が響いた。


俺はその手をはらって、足を引きずり、壁にそって歩き出した。


「おい、待てよ。」


男は俺の後についてしつこく「早く医者に行こう」と言っている。


「・・・・はぁっ・・・はっ・・・俺に障るな・・・」


一度止まって、言って、また、歩き出した。


「男が一度言ったことを引っ込められるかよ。無理矢理にでも来てもらうからな。」


そう言うと男は俺の肩に右腕を掛け、少ししゃがんで左腕を膝の後ろに当てた。


そして


「よっと。」


と小さく掛け声を掛けて、俺を抱き上げた。


「なっ・・・・なにすんだよ!」


「言っただろ?無理矢理でも連れてくって。」


「下ろせよ!」


俺は出来る限りジタバタと暴れた。


が、俺の抵抗は思ったより、効いておらず、男はそのまま歩き出した。


諦めることなく抵抗していたら、男が急に足を止めた。


「静かにしろ。・・・・・・・まずいな、やつらに気付かれた。」


男は目を瞑って、回りの音に耳を澄ます。


「5人・・・いや・・・7人か。」


と、ボソっと言った。


すごい。


合っている。


確かに俺を追いかけてきたのは7人だった。


「掴まってろよ。死にたくなければな。」


そう言って、男は走り出した。








「はぁっ・・・はぁ・・・」


男は上手くやつらから逃げながら、1軒の家の前にだどりついた。


どんどんどん


ドアを叩く。


「おい、手塚!いるんだろ?開けてくれ。」


と、ドアの前で言った。


少しして、部屋の電気がついた。


「まったく・・・こんな夜中に何の用だ?また、動物を拾ったのか?言っているだろう、俺は人間の医者だって・・・・。」


と、ぶつぶつといいながら、ドアを開けた。


「安心しろ。凶暴だけど、人間だ。」


「・・・・まったく、お前は。」


白衣の男は額に手を当て、はぁ、とため息を付いた。


「入れ。」







「どうだ?手塚。」


俺はベットに寝かされた。


横の方であの男の声がする。


俺はもう、抵抗する力がなく仕方なく診察を受けた。


「傷は大したこと無いだろう。それより、熱が高いな。」


「そうか・・・。悪いんだけど、今夜、俺とこいつ泊めてくれねーか?」


「最初からそのつもりだったんだろう?わざわざ聞くな。」


「良くわかってな。手塚。」


「何年お前と付き合ってると思ってるんだ。」


「忘れたぐらい昔からだな。」


「あぁ。」


俺はそんな二人の会話を聞きながら、目を閉じた。







「ん・・・・。」


朝の光がカーテンの隙間から、もれて顔にかかった。


「・・・・ここは・・・・。」


まだ、意識ははっきりと覚醒しないなかで、記憶をだどる。


「俺は確か、殺しに行って・・・失敗して・・・・それで・・・・。あ。」


あの男にここに連れてこられたのだ。


ふと横を見ると、サイドテーブルに俺の銃とガンホルダー置いてあった。


血や泥がついていたはずの、銃はキレイに磨かれ、元のキレイな銀銃に戻っている。


俺はそれを手にとり、腰に付けた。


コンコン


丁度その時、あの男が入っていた。


「あぁ、起きたか?」


男はトレーをカチャカチャと音を立てながら、俺のほうに向かって来た。


チャキ


俺は銃を男の心臓にを向けた。


「あぁ、銃わかったか?いちよう、磨いといたぜ。」


と、動揺した様子も見せずつづけた。


「これ、飯な。ミルク粥作ってみたんだけど、喰えるか?」


トレーをサイドテーブルに置くと、鍋から、小さな器に取り分けた。


男はちらっと俺のほうを見て


「あー、別になんにもしねーよ。」


と、苦笑いして言った。






―人なんて、信用できない。―





「あ、お前名前は?俺は、南。南健太郎だ。よろしくな。」


と、手を差し出してきた。


俺はその手をチラっと見てまた、視線を男の顔に戻した。


「信用できないって顔してるな。まぁ、いいさ。ちゃんとコレ喰えよ?」


そういい残すと、男は部屋から出て行った。


入れ替わりに医者が入ってきた。


「具合はどうだ?千石。」


医者は、診察の道具を持っていた。


俺は、その男にも同様に銃を向けた。


「ふっ・・・南の言った通りだな。まぁ、いい。それでお前が安心するのならそうしていろ。」


と、言って、診察を始めた。


俺は、銃の安全装置をはずして、男のコメカミに当てた。


「ヘンな事しやがったら、頭に風穴開くよ。」


「好きにしろ。」


と、あの男同様、動揺した様子も見せず、テキパキと診察を片付けていった。


15分後、医者は診察を終えると、部屋を出て行った。


外で、医者とあの男が話している。


どうやら、医者は一日かけて、隣町に往診に行くらしい。


そんなことを考えているうちにだんだん眠気が襲ってきた。


「くそっ・・・あの注射か・・・・・。」


だんだんと意識が薄れていく。


そして、俺は意識を手放した。



「寝たか?」


「あぁ。」


「なんの注射したんだよ?」


「だたの熱さましだ。少し、睡眠薬も入れたがな。」


「睡眠薬?」


「あぁ。あの野良猫あのままじゃ警戒して寝ないだろうからな。」


「・・・・あはは。そうかよ。」


「では、俺は行ってくるからな。」


「あぁ、俺らも明日の朝までには出て行くよ。」


「それは、ありがたい。」


「じゃあな。」


「あぁ。」









今は何時だろう。


辺りが暗い。


月の方角から見ると・・・9時・・・いや、10時くらいだろうか。


とりあえず、たくさん眠った。


気分も朝よりはいい。


ここを出るなら今だな。


俺は、ベッドから半身を起こして、銃を確認した。


カチャ


ゆっくりとベッドから足を下ろす。


ズキッ


撃たれた足が少し痛んだか、歩けない痛さではない。


片足を少し引きずる状態で、ドアに向かって歩く。


途中、イスの背に掛けてあった上着を掴んで、羽織った。


ドアに寄り掛かり耳を澄ませて部屋の外の様子を探る。


かすかだけど、声がする。


あの男の声だ。


1人分の声しか聞こえなくて、ときどき声が途切れている。


「電話か・・・。」


もう一度耳を澄まし、会話の内容を探る。


「は?10万だぁ?ナニ寝ぼけたこと言ってるんだよ。テメェのところのボスの命狙ったやつの情報だぜ?」


今なんて・・・


「50くらい出せよ。じゃなきゃ、この取引はなしだな。」


取引・・・


「ちっ、仕方ねーな。それでいい。じゃあ、場所は―――――。」


あぁ、売られたんだ俺。


その状況はすぐに理解できた。


俺は、あの男に50万そこらでファミリーに売られた。


「・・・・・・っ・・くっそ・・・。」


俺はずるずるとドアに沿って床に座り込んだ。


怒りとか憎しみとかじゃない感情があふれてくる。


名前はわからないけど、すごく、胸が痛い。


すごく、痛い。


「ちくしょっ・・・・」


チンっ


電話の切れる音がした。


そして、こちらに近づいてくる足音も。


俺は、ベットに戻った。


寝ているふりをして、隙を付いてやつを殺す為。


コンコン


「入るぞ。」


ガチャ


「なんだ。寝てるのか。」


と独り言を言いながら、部屋に入ってきた。


足音が近づいてくる。


まだだ。


もっと近くに来てから確実に。


足音が止まった。


まだ。


ぎぎっとイスをずらす音が聞こえた。


「よいしょ。」


男は俺のベットの前に座った。


俺は、外側を向いて、シーツを被っているので、やつがどんな顔をしているかわからない。


「良く眠ってるな。」


と、呟いた。


そして、俺の髪に触れた。


労わるように、髪を撫ぜる。


何度も何度も。


とても、心地よかった。


髪から伝わる体温が安らぐ。


が、キキキーッと言う音で現実に戻った。


「来たか。」


そう言って男は部屋を足早に出た。


俺は男が部屋から出たのを確認して、ベッドから出た。


窓から下を見た。


黒服の男が10人。


「ちっ・・・大過ぎだっての・・・。」


俺は舌打ちをしてから、足音を立てないように、部屋のドアまで行った。


そして、さっきの用に耳を澄ます。


「本当にいるんだろうな?千石は。」


「嘘を言って俺のメリットは無い。さっさと金出せよ。」


「おい。」


「ハッ。」


「OK。やつは2階の突き当たりのだ。血で部屋を汚すなよ。」


バタバタ


と、勢い良く足音が近づいて来る。


弾の残りは15発。


俺は少しドアから離れてたった。


やつらが来るまで、あと15秒


14


13

















俺は心の中で数えながら、銃を構えた。


5・・・・


バンッッ


「ぎゃあっ」


ラスト5秒というところで、銃声と叫び声共に足音が止まった。


ドドドッ バンッッ

 
 バンッッッ    ガゥンッ


「お前等は先にって、やつを殺せぇー!・・・・ぐぁっ」


俺は、部屋を出た。


数人の黒服の男が銃を構えて階段を上がってくる。


階段や廊下にはいくつかの血まみれの男が転がっている。


「いたぞー!千石だー!!」


男達は叫びながら上がってきた。


ガゥン ガゥン


「撃っ・・・ぐっ・・・。」


と、言い終わらないうちに、2発撃った。


先頭のやつが倒れた。


バン バンッ

 バンッ   バンッ

続いて3人いっぺんに撃ってきた。


俺は部屋のドアを盾にして、その影から撃った。


ガゥン ガゥン ガゥン ガゥン


      ガゥンッッ








最後の1人が倒れた時には、廊下には無数の血溜りが出来ていた。


俺はその血溜りをよけて、壁にもたれ座った。


トン トン トン


と足音がした。


この足音は。


俺は、座ったまま再び銃を構えた。


「あーあぁ。手塚に怒られるな。コレは。」


男は転がる男を見て言った。


「なんのつもりだ。テメェ。なんの為に、こいつらを呼んだ。」


と、銃を構えたまま言った。


「あぁ。知ってたのか。俺が呼んだこと。」


と苦笑いしていった。


ガゥン


ピシュッ


俺は男の頬を撃った。


「俺の質問に答えろ。俺を売ったんだろ?」


「っ・・・・・。そうとられても仕方ねーな。」


「どういう意味だ。」


「余計な世話かもしれないけど、お前こいつらに追われてたんだろ?」


俺は「あぁ。」と短く言った。


「だったら、先に殺っといたほうが、お前がゆっくり休めるんじゃないかと思ってたんだよ。」


「・・・・・。」


「まぁ、結局お前にも手伝わせちまったから、意味なかったけどな。」


ど両手の銃をボルターにしまいながら言った。


つぅー


頬を何かが落ちた。


血・・・?


違う、もっと温かい。


涙・・・。


「お前っ、どうしたんだ?!どっか撃たれたのか?!」


俺の涙を見て、男が慌てて近づいてきた。


「おいっ?どうしたんだ?傷が痛むのか?」


男もしゃがんで、俺の顔を覗き込む。


違う・・・。


痛いんじゃない。


男の行動に驚いたんでもない。


だた・・・


「違う・・・。」


「え?」


「嬉しかった・・・。」


涙が止まらない。


裏切られたんじゃないって理解したら


嬉しくて


嬉しくて


ほっとした。


「あんたに・・・ひっく・・裏切られたと思ってた・・・っ・・それが・・すごく・・・苦しくて・・・悲しくて・・・ひっく・・・」


「でも・・・っ・・それは・・・違くて・・・ひっく・・・あんたは俺を助けてくれた・・・ひっく・・・それが・・・嬉しかった・・」


俺は涙で視界が滲んでよく見えないけど、男はとても優しい顔をしている気がする。


「お前っ・・・・・そうか。」


男は、多分俺の過去のことを察したんだと思う。


でも、あえて言わなかった。


かわりに


ぎゅっ


「泣きたい時は泣けよ。悲しい時も、嬉しい時も、な。」


そう言って、俺を抱きしめた。


「こうしてれば顔は見えないから。」


「っ・・・うぇっ・・・」


やっぱり、こいつの・・・南の手は温かくて安心した。


俺は、その日何年ぶりかに泣いた。






6(前編)←BACK

NEXT→6(後編)




アトガキ

次でおしまい☆

(医者と〜はね。)