古佛の穴

如来と菩薩
来とは悟った者、覚者のことを言います。大乗仏教では覚者は悟った後で、衆生に交わり衆生を救済しなければなりません。菩薩は修行中の行者です。 仏像に〇×如来とか、×△菩薩とある場合、このような状態を像の形で表したものです。
如来 如来は釈迦が悟りを開いたときの簡素な姿で表されるのが普通です。菩薩は釈迦が出家し、修行を始めたころの姿です。釈迦は王族だったので、出家した頃の姿として、仏像にも宝飾品を多く飾り付けられています。ただ、実際に宝飾品を身につけたままで釈迦は自分の家である城を出たのかというと、そうではないと思います。あくまで、そういうイメージである、ということです。
如来は簡素な姿で表されると書きましたが、必ずしもそのように表されるという訳ではありません。たとえば、大日如来は頭に宝冠をかぶり、身に胸飾りなどを付けて着飾り王者の風格を示しています。大日如来は密教において中心となる仏です。密教というのは、本来の仏教とは大きく違っていて、インドにもともとあった呪術的信仰を仏教に取り入れたものです。もともとの仏教が否定した呪術的行為を行います。大日如来が他の如来とは違って飾り立てた姿をしているのは、こうした密教の特性が関係しているのでしょう。
前へ 次へ