NAGASAKI -2-

 


 

「はよう止めんか。おい高志!」
 操作を遮ろうとする直樹を、高志がまたおしのける。一畳ほどの狭い操縦室の中であちこちぶつけながら、ふたりはもみあっていた。
「俺ひとりでやる云うたじゃろ。出てけ!」
「きさんひとりん問題じゃあなか。わからんか」
「ひっちゃかましか! えすかじゃろ? きさん、いつも口ばっかしばい。ほんとにやりたいなら、なして反対する!」
「オイが本気なんは判っとるやろ。そいばこげん方法でめっちゃんする気や?」
「俺は一番よかっちゅう思うてやっとっと!」
 直樹はふいににらみあう視線を解いて、大きく溜息をついた。
「よか。じゃあ降りる。こいば下ん降ろせ」
「降りたら、腕ずくで止める気じゃろ」
「なら勝手にしとれ。ここで見してもらうけん」
 すぐ熱くなる高志を冷静にはぐらかすのは直樹の得意技だった。高志がいまいましげに舌打ちする。
「……よか。降りちゅう」
 車のハンドルのような操縦桿を根元まで押し込む。
「おい?」
 高志はハンドルから手を離すと、壁面のスイッチを片端から切り替えだした。
「ごり……複雑そうな機械ばい。覚えるん大変だったじゃろ」
 感心している直樹を、高志がにらみつける。
「操縦が、えん」
「え?」
 機体は振動したまま、飛びつづけている。
「えん、って……なして、おい高志!」
「反応せん、なんも。……こいで降下するはずなんじゃ。なして、こいつ……」
 声がふるえてしまう。直樹はあわてて、あちこちの計器にとびついた。
「電源は? 墜落したってよか!」
「……もう切っとる」
 直樹が壁をおもいきり殴りつける。
 目の前の大画面に、近づいてくる空港の白い滑走路が映っている。銀色のシャトルとゴマのような人の群れのあちらがわに、鉄人28号の藍色がはっきりと見えてきた。


『つきましては、この栄誉ある人類初の民間宇宙空港が、この日本に開港したということは……』
 加藤の演説が、スピーカーからうるさいほどの音量で響いている。聞き流していた正太郎が、とつぜん声が途切れたのに顔をあげる。会場で大きなざわめきが起こっている。
 上空を見れば、滑走路へ向けて猛スピードで真紅の巨大なロボットが飛びこんでくる。
 正太郎はVコンにとりついた。
『しょ、正太郎くん頼む! こちらは佐倉博士をおさえる!』
 無線機から大塚の怒鳴り声が響く。
 鉄人を起動させながら、正太郎は遠い海側の柵へと視線を走らせた。もう約束の時間は過ぎている。こんな騒ぎになっては計画の実行はむずかしいだろう。
 真っ赤なロボットはあからさまに式典に敵意をみせ、滑走路の真ん中にすべりこむなり四方にミサイルを発射した。そのひとつが、式典の目玉であるシャトルの翼に直撃して炎をあげる。さいわい滑走路の両脇の客席は被弾をまぬがれたようだ。悲鳴が交差し、誰もが会場から逃げだした。
「いくぞ、鉄人!」

 恐慌状態の人々をかきわけて、大塚茂と敷島大次郎は赤い絨毯の敷地へと駆け込んだ。誘導にあたっていた警官が大次郎まで止めようとするのを大塚があわてて叱咤する。佐倉の姿は見当たらない。大次郎が大塚の腕をつかむ。
「警部、出口へまわりましょう」
「そ、そうですな。しかし……」
 この状態では、今となっては人ひとりみつけだすのは困難だろう。
「博士。あのロボットはどうやって動いているんでしょう。リモコンですか?」
「ここで見物していたということは……、それでは目立ちすぎます。仲間が乗り込んでいるか、プログラム通りに動いているのか……。そもそも、まだ佐倉博士が無関係という可能性もあります」
「そりゃないですよ絶対」
 大塚がいまいましげに足を踏みならす。
「くそっ、式典を目茶苦茶にしよって」
 観客はあらかた避難したらしい。顔をあげた大次郎は、空港の建物に目をとめた。
「警部。犯人が佐倉博士だとしたら、目的は鉄人への挑戦、悪くすれば復讐でしょう。それなら、この騒ぎをどこかで見物しているかもしれません」
 屋上の一角には、まだ報道関係者たちが残っている。
「あそこか!」

 事件現場を十分な設備で生中継できるとあって、現金にも活気あふれる報道陣のなかで、白髪の老人はすぐ目についた。
「佐倉博士」
 ゆっくりと大次郎をふりむいた老人の口元は、大きくひきゆがんでいた。
 わずか数年で、ずいぶん歳をとった印象で、この間いったいどんな暮らしをしてきたのだろうと、大次郎が息をのむ。
 そのやせた腕を大塚がつかんでも、抵抗はない。
「なんなんだね。乱暴な」
「あのロボットはあなたのものですな。今すぐ止めていただきましょう。さあ」
 佐倉が肩をゆらして笑いだす。
「ああ。あれは私のかわいいチャレンジャー4号だ。だがもう止めることはできんぞ。あわれな若者と一緒に、この空港に散るだけさ」
「若者? なんだそれは」
 大次郎ははっとして、あわてて大塚の腰の無線機をつかみあげた。
「正太郎くん、正太郎くん!」
 ざらつく雑音混じりに、正太郎の声が返る。
「乗っているのは、おそらく彼らだ! 慎重にとりおさえてくれ」
 大塚が呆然と、大次郎を見る。
「博士。その若者とやらを知っとるんですか?」
「ええ。事情は、あとでお話します」
「なんだ知りあいだったのか。そりゃあいい。最高だ」
 声をはりあげひとしきり大笑いしたあと、佐倉は苦しそうに顔面をひくつかせながら大次郎を見た。
「もう遅いぞ。あいつは自爆する」
 意味が理解できない。そんな呆然とした表情で大次郎がふりむく。
「すべてがふっとぶのだ。鉄人もろともな」
 鉄人は、赤いロボットをはがいじめにして滑走路におさえつけたところだ。
 目に涙さえうかべ、ひきゆがんだ顔で佐倉は笑いつづける。
「おまえの鉄人ももうおしまいさ。この記念すべき宇宙空港ごと、こっぱ微塵だ」
 一瞬だけ、大次郎は老人に鋭い視線を投げ、無言できびすを返した。

「ほんとうですか!?」
 正太郎は思わず無線機を見返した。
『まちがいないだろう。それも、かなりの規模らしい。とにかく鉄人でそのまま押さえ込んでいてくれ。なにか手を考える』
 大次郎の切迫した声を聞きながら滑走路を見やって、一拍操作をしてから蓋を閉じ、Vコンを右手につかみあげると、正太郎は仮設扉から滑走路へと飛びだした。

 非常階段を駆け降りていた大次郎は、もつれあっている二体のロボットの方へまっすぐ駆けていく小さな影に気づいた。
「正太郎……、もどれ! やめなさい!」
 叫んでも少年の耳に届くはずがない。そう気づいて、呆然と、ふるえる両手で無線機を握りなおす。
「だ、誰か、あの子を止めてくれ! つれもどしてくれ! 正太郎くんを……」
 かすれる声で叫びながら、大次郎は正太郎をみつめた。あんな子どもが危険なところへ駆けていくというのに、追いすがる者がひとりもいないのか。大次郎は倒れたくなるような憤りのなかで、手摺りをのりこえ滑走路へ飛びだそうという衝動に身をまかせた。
 とたんに、体の自由がうばわれる。
「は、博士!」
 大次郎を踊り場に引き倒したのは大塚茂であった。
「しっかりしてください! こんなとこから飛び降りていったい、どうしようと……」
 正太郎の姿をみとめた大塚は即座にすべて理解して、落ちていた無線機にとびついた。大次郎が呆然と滑走路をみつめる。
 機体の足元へと駆け込んだ少年は、赤い壁面にとりついたところだ。操縦席があるのなら、どこかに手動で開ける仕組みがあるだろう。ロボット自体が爆弾ならば、ほかに方法はない。大次郎と同じ結論をだした正太郎は、同時に考えただろうか。
 大次郎は震える手で真新しい銀色の手摺りを握りしめた。
 操縦席の開閉が、爆発の引き金だとしたら。
 大塚が無線機に怒鳴りつけている。やっとのことで立ち上がり、大次郎はもつれる足を階段に向かわせた。

「すまん。直樹、ほんなこつ……」
 高志はふるえる声で、また同じ言葉をつぶやいた。
 直樹が黙ってただ高志の背中をたたく。
 あらゆるボタンをしまいにはもぎとり、たたきつぶしてはみたのだが、なんの手応えもなかった。もう壊すものがない。目の前に並んでいる計器は、どうやらすべて張りぼてと化しているようだった。直樹が息をついて、笑う。
「もう、しょんなか。空港ば破壊した過激な学生っちゅうて、一緒ん警察んやっかいになるとやろ」
「おまえまで、まきこんじまって……、俺」
「よかよか。あ、鉄人たい」
 ひとごとのように云って、直樹は画面を見上げた。
「しっかりつかまっとくと。鉄人なら、すぐとりおさえてもらえるやろ。ばってん……あん子には、謝らんとなあ」
 高志はうなずいて、直樹を見た。
「直樹」
 座席シートをぎゅっと両手でつかまえる。
「あんな。美香子ん……、好いとる奴、おまえばい」
「はあ?」
「俺、嫉妬しちゅう。なんでん、おまえに逆らいたくて、そいけん……すまん。こんやつ、美香子に好かれるはず……なかな」
 かなりの間を要してから、直樹がやっと驚いた顔を見せる。
「……え?」
 高志は、大きく息をついた。
「おまえが良かと。そいけん、よか。……かもしれんっちゅう……思うとったけん」
「……」
 直樹がなにか云おうとしたとたん、激しい振動がつきあげた。横殴りの衝撃が重なり、どうやら機体は地面に着地させられたようだった。鉄人にとり押さえられたのだろう。画面は藍色の壁面しか映さない。
 一瞬の静寂のあと、機体はちいさくうなりはじめた。すぐに不気味な振動が加わる。
 嫌な予感がしたのは、高志だけではなかっただろう。
 直樹は、横倒しになってしまった操縦室で、注意深く立ち上がった。扉だった壁はちょうど真上になっている。
「だけんなんてや」
「直樹?」
 狭い操縦室で、横倒しの座席にあがれば、手をのばして扉のふちをたどることができた。直樹が端からたどっていく。
「そいで? きさん、あきらめると」
 呆然としている高志を、怒っているような視線が見返す。
「忘れたと。負けんためん、どがんしゅう?」
 くる日もくる日も暑い太陽の下で駆けまわっていた頃の、なつかしい台詞。負けないために、どうしたらいいか。それは主将の十八番だった。あのころは、なにもかもが単純だったような気がする。ただ夢中で、好きなことだけを追っていた。
 自分がなくしてしまったものが町ひとつのことだけではなかったのだと、高志ははじめて気が遠くなるほど、くやしく思った。
 鼻の奥の苦さをふりはらうように、息をつき、高志も立ち上がる。
「あきらめん……、ことばい」
 直樹が見当をつけた溝へと両手をかける。高志も座席にあがった。
 ふたりで渾身の力をこめても、扉はびくともしない。
 振動はいよいよ大きくなってきた。
 恐怖心がふくらんでいく。高志は叫びだしたい衝動を、必死ですべて指先に込めた。そのとき、とつぜん体が宙に浮いた。
 つかんでいた手がかりが消え、ふたりとも床の上に投げ出されたのだ。熱風が、あたり一面に吹き込んでくる。
「…………さん?」
 上空の光のなかから、聞きおぼえのある澄んだ声がふってくる。苦しそうに息をきらせながら、あらわれた正太郎は汗だくだ。
「正太郎くん!」
「おふたり、だけ……、ですか?」
 直樹がよろめきながら立ちあがる。
「ごめん、正太郎くん。じつは……」
「話はあとで。こいつは爆発します!」
 正太郎が手をさしのべる。悲鳴のような叫び声をあげたのが誰だったのか、わからない。どうやって扉の外へはいあがったのか、断片のような記憶に残っているのは、むっとする熱気と、強い日差しに思わず目がくらんだことくらいだった。
「はやく!」
 小柄な手が高志の腕をつかまえて、熱い手摺りを握らせてくれる。小刻みな手摺りをもどかしく思いながら、恐怖は不思議ともう感じなかった。赤い機体をおさえ込んでいる藍色の腕や、おおきな鋼鉄の瞳を、なんだか妙な心地で見上げる。
 かなり高いところから思い切って飛び降りる。つづいて着地した正太郎は、転がっていた小さな箱にとびついた。
「さあ、走って!」
「え? ……わいは」
「いいから行け!」
 驚くほどの大声に、反射的に足が動いた。無我夢中で走りだす。
 地鳴りのような雄叫びが響き、走りながらふりむくと、雲ひとつない青空に巨大な塊がゆっくりと浮き上がるのがみえた。赤い機体を肩にかつぎあげた鉄人の背中で炎がひときわ大きく燃えあがり、二体はみるみる海のほうへと遠ざかっていく。
 高志はやっと足を止めた。直樹もすぐそばで、同じように呆然としている。顔を見あわせて、ふたりははじめて、自分たちが年下の少年をひとり置き去りにしてきたことに気づいた。
 ひび割れた滑走路の彼方に、小さな影がぽつんとみえる。
 そのとき、空が真っ赤にそまった。
 低い轟音と振動。もう太陽がどこにあるのかわからないほど、空いっぱいに灰色の煙がひろがっている。
 無意識のまま、高志はゆるゆると今来たほうへと歩きだした。
 その肩を、強い力がひきとめる。背の高い、どこかで見たことがある眼鏡の男だ。
「ここにいなさい」
 静かに、しかしきっぱりとした口調で云って、男は高志の脇を駆けぬけていった。考える間はなかった。すぐに今度は見回すほどの数の制服に囲まれる。
「おとなしくしろ」
 ヘルメットをかぶった機動隊員たちが、険しい顔で胸ぐらや肩をつかんでくる。その威圧的な態度に思わず高志は何本もの手を強くふりはらう。
「こらこら待ちなさい」
 場違いにのんびりとした声がして、隊員をかきわけ、体格のいい警察官があらわれた。
「その子らは犯人に利用されただけらしい。そう乱暴に扱うな」
 男は地位のある人物らしく、隊員たちはあわてて高志から手を離し直立で敬礼した。
「わしはICPOの大塚だ。君たち、名前は?」
「……山辺、高志」
 高志が息をついて答えると、直樹もすぐ隣につれてこられた。
「川田直樹です。僕ら、元南美高の同級生で……」
「なるほどな。よし。悪いようにはせんから、ここで待っていなさい」
 大塚はふたりを安心させるように笑ったが、すぐ気がかりそうな面持ちで空をふりあおいだ。
「こりゃあ……、駄目かもしれんなあ」
 隊員をかきわけて行く男のつぶやきに、高志は驚いて空を見上げた。
 空は一面、薄暗い朱色に染まっていた。

 小さな背中をすぐ目の前にして、大次郎にやっと思考が戻ってくる。立ちすくんでいる正太郎の足元に、鉄人のコントローラーがころがっていた。パネルには赤いランプだけが灯り、受信反応がまったく表示されていないのを見てとり、大次郎が眉をひそめる。海上で爆発したことで施設の被害はほとんどないようだ。しかしあの異様な大爆発は、直に抱えていた鉄人を全壊させるに足る威力を持っていたというのだろうか。
 そばまで来た大次郎にはまるで気づかず、正太郎はじっと空をみつめている。
 怪我をしたようすはない。不安も緊張もすべてが氷解し、大次郎は正太郎を抱きしめた。はじめて大次郎を見て、少年はしかしまだぼうぜんとしている。
「無事で、よかった」
「……はかせ。……博士、鉄人は……」
 そこへ、ぜいぜいと息をきらして大塚茂が追いついてきた。ふたりの様子を見てとると、またひときわ盛大に息をつく。
「正太郎くん! まったく君は無茶ばかりするんじゃからもう……、わしゃ寿命が十二年は縮んだわい」
 大きな手のひらが、正太郎の髪をくしゃくしゃつかむ。なぐさめるような瞳に、正太郎がすこし微笑んでみせる。
「それで敷島博士。鉄人は、その……」
 大塚は地面に放りだされたVコンと大次郎の顔を見て、それから正太郎を見た。
「なあに心配するな。すぐに海底中を捜索させるからな」
「お願い、します」
「よーし。ICPOのロボは全部くりだすぞ。ありゃ? 今なにか動きましたぞ」
 大塚茂が、海ではなく足元のコントローラーを指差した。
 画面に電波がゆれている。
 あわててとりついた大次郎が、いくつかボタンを切りかえ、正太郎を見る。
「正太郎くん。鉄人は……、無事だ」
 呆然とした表情で、正太郎がその場に膝をついた。
「しょ、正太郎くん!」
「よかっ……た」
 かすれた声がもれる。その体をささえてやりながら、大塚がもう一度呼んだ声も思わず涙声になる。
 ふかく息をつき、頬をぬぐって、正太郎は顔をあげた。
「警部。あの……」
「あの若者たちのことなら、大丈夫じゃよ」
 やさしく云ってから、大塚は咳払いをひとつ、おもむろに怒ったような顔をつくって腕を組んだ。
「さあ、説明してくれ。わしにはなにがなんだかさっぱりだ。いっつもわしは、のけもの扱いだな」
「そんな、つもりは……。あの、すみません」
 うろたえる正太郎の背中をたたき、大塚茂が笑いだす。
「なんにしても、見事な式典になったもんだ」

 

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