NAGASAKI -3-

 


 

 式典は、翌日あらためてとりおこなわれた。滑走路はほぼ無傷で、幸い別のシャトルも手配することができたからだ。
 予想外だったのは、前日の倍近くもの見物客が集まったことだ。騒ぎが起きたのが式典のさなかだったために、事件の一部始終は世界中に中継された。歴史に残るこの『やりなおし』をひとめ見ようと、人々がつめかけたのだった。
 そしてもうひとつの影響は、事件によって、これまであまり公にされなかった金田正太郎という存在が、すっかり注目を集めてしまったことだった。負傷者がわずかばかりだったこともお祭気分を盛り上げ、いままで取材厳禁と云いわたされていた報道機関も常軌を逸した大騒ぎをはじめた。そんなわけで、正太郎はほとんど隔離状態でホテルの一室にこもらざるをえなかったのだった。

 部屋に入った大塚茂が、脇のテーブルに目をとめる。昼に差し入れた食事の袋が置かれたままの状態でそこにあった。
「なにか、あったかいものでも買い直してくるか」
「いえ。……ぜんぜん、おなかがすかないので」
 朝から同じようにソファーに腰かけている正太郎は、どこかうわのそらという感じで答えたが、心配そうな大塚の視線に気づくと、元気のない笑みをみせた。
 時計は午後三時をまわっている。こんな状態では食欲もわかないのだろう。いろいろ云いたげな表情を散らして、大塚が入ってきた扉をひらき廊下をのぞく。
「さ。はいりなさい」
 部屋に入ってきたのは、直樹と高志だった。ふたりは正太郎の姿を見るなり、あらそうように床に膝まづき頭をさげた。
「正太郎くん、すまなかった!」
「すまんかった!」
「や、やめてください」
 正太郎があわてて立ち上がり、ふたりの前に膝をつく。捕らえられた佐倉があっさり犯行を認めたことと大塚の奔走によって、ふたりは罪に問われずにすんだらしいが、今日は正太郎と同じく隔離状態だったのだろう。ふたりともすこしやつれてみえる。
「ほんに詫びようばなか」
 正太郎に手をひかれ立ちあがりながら、高志がうつ向きしぼりだすように云う。
「ぜんぶ俺が悪いけん。直樹はまきこんじまっただけばい」
「僕らが、ばかだったんだ」
 直樹もうなだれて、おずおずと正太郎を見た。
「君を危険な目にあわせて……。ほんな……、ほんとうに命懸けで助けてくれたってこと……、それさえよくわからなかったくらい、あのときは混乱してた。だからちゃんと謝りたくて、無理云ってつれてきてもらったんだ」
「みんな無事だったんですし、いいですよ」
 許してもらいようのない馬鹿なことをした。さぞあきれているだろうと、いっそ消えてしまいたいような気分でここまで来た高志は、まるでなにごともなかったような微笑みに唖然とした。かたわらの直樹が、ふるえる息をもらす。
「君は命の恩人だ。ほんとうに、ありがとう。……でも、鉄人28号は、まだ海の中なんだって?」
 ふたりを気づかってか、正太郎は黙っている。
「式典のおかげで、引き上げが許可されんのじゃよ」
 かたわらの大塚が、大きな溜息をついた。
「どうも歩くことも飛ぶこともできんらしくてな。引き上げてみんことにはわからんが……。敷島博士が大丈夫だと云うんだ。とにかく無事なんじゃろう」
 肩をたたかれた正太郎は小さくうなずいて、ふたりを見た。
「でも……。結局、南美町のことを訴える間がぜんぜんなかったですね」
 そのことを正太郎が気にかけているとは思いもよらなかった。高志が驚いて顔をあげる。
「それが、あちこちから取材の申し込みが来てるらしくて」
 直樹も同様だったろう。やっと口にした言葉がゆれている。
「ちゃんと報道してくれるかどうかわからないけど、とにかく話してみる。これも正太郎くんのおかげだよ」
「そうですか。よかったですね」
 今日はじめて目にするような正太郎の明るい表情に、はたで見守っていた大塚が安心したようにそっと息をつく。
「ガキやった……、俺」
 高志がとつぜん、ぽつりと云う。
「ようよう、そいがわかった。きさんごと、こまんか子が誰よりちゃんとやっちゅう」
 ずっとうち沈んでいた高志の口元に浮かんだ笑みに、直樹が驚いたような視線を投げる。
「なあ。金田正太郎ば、みんな無敵のヒーローみたく云っちゅうが、そんことなか。きさん、死ぬのが恐くないと? なして、……どうして、あんことば出来たと」
 率直な質問に、正太郎はとまどったような顔でかたわらの大塚と目をあわせ、すこし照れくさそうな笑顔を浮かべた。
「こわいですよ。ぼくだって、死にたくなんかないです。ただそれより、あのときはぼくが行くのが一番はやいと思ったから、そうしただけです」
 高志は、正太郎の顔をまじまじとみつめて、大きく息をついた。
「きさん、馬鹿すけたい」
「高志っ」
 直樹があわてて腕をつかむ。高志は不思議な、なんとも云えない爽快な心地で笑った。
「同じ馬鹿でん、俺とはへーさ違っちゅう。……わい、ぜったい死ぬなよ。いつか俺んミカン畑ん、招待するけん」
「みかん、ですか」
「今はすっかり埋められちゅうが、うち、でっかいミカン農家だったんよ。農業なんて若者ん仕事じゃなかー思うとった。そいに俺な、拾われっ子だけん。遺産だなんだ周りがやかましゅうて。俺はぜったい畑ば継がん云うてた。ばってん、畑がのうなってみると、なしてか……淋しか」
「高志、わい」
 呆然としている直樹に、高志はにやりと笑った。
「俺、農大ん行くけん。ミカンする気になったっちゅうたら、おふくろ思いっきり殴ると。もっと早く云やあ、ぜったい畑売ったりせんかったって……泣きよると」
「さっき、そん話してたんか。おばさん、なして泣いとるか思っとった」
 直樹は大仰に息をついて、嬉しそうに笑った。
「こん、あまのじゃくが。わいには負けるばい」
「そのうちでっかい畑を手に入れて、勝手に命名すっけん。ここは南美町やってな」
 照れくさそうな瞳には、事件前とは別人のような強いまなざしがある。
「だけん、また絶対、長崎ん来ると」
「はい」
 正太郎の笑顔を見て、高志の胸にふともうひとつの疑問がわく。
「なあ。わいのおふくろ、心配せんと?」
「え?」
「こげん危なか目ぇに、きさん、しょっちゅうあっとると。おふくろば心配するやろうが」
 正太郎はすこし困ったように微笑った。
「ぼく、父も母も、もういないんです」
「ええっ?」
 だからか。高志は納得してしまった自分に腹がたつ。
「そいじゃあ……」
「だけど、心配してくれる人は、ちゃんといますよ」
 正太郎がおだやかに云った。
「鉄人は、父が設計しました。だから、ぼくは鉄人と一緒にいたいんです。いつも、みんなにたくさん心配かけちゃってますけどね」
 正太郎が悪戯っ子のような笑顔を向けた先の大塚茂も、心配をかけている当人なのだろう。すこし安心して、高志も笑う。
「そっか」
「……そろそろ、いいかね」
 大塚がゆったりと割って入る。
「君たちも、もう戻らんとな」
 高志と顔を見あわせうなずいてから、直樹が正太郎に右手をさしだす。
「本当にありがとう。正太郎くん」
「これからですね。健闘を祈ります」
 高志も、ひとまわり小さな手のひらを確かめるように強く握りしめた。
「あんがとさん」

 大塚がふたりを連れて出ていくと、またひとり。
 ベッドに腰掛け、正太郎は小さい溜め息をついた。気がかりだったふたりに会えて、さらに気が抜けてしまった。
 時間をもてあますなど、めったにない経験だった。今どこでなにが起きようと、自分が必要とされることはない。自由と呼ぶにはほど遠い状態で時間ばかりあって、そんな余計なことをぐるぐると考えてしまう。気をまぎらわそうにもテレビは延々と事件の特別番組をやっているし、差入れの本を読む気にもならなかった。
 そのまま倒れて、毛布の上にあおむけになる。
(金田正太郎ば、みんな無敵のヒーローみたく云っちゅう)
 高志の言葉がふと甦り、ゆっくり腕を持ちあげ、己の手のひらをみつめる。
 自分がまだ子どもだから、ことさらみんな誉めたてるような気がする。そんなふうに拗ねてしまうことが、そもそも子どもじみていた。
(強いのは鉄人だ。ぼくは……)
 毛布をかきよせ丸くなる。
「なあ。……海の底は、……寒くないか?」
 ささやいて、今すぐ飛んでいきたい気持ちをおさえるように、正太郎はぎゅっと瞼を閉じた。


 肩をゆさぶる手。低いしずかな声に、正太郎は目をあけた。
 まだ眠そうな瞳が、ぼんやりと大次郎を見上げる。
「……はかせ。おかえりなさい」
 ゆっくりと起き上がってから、正太郎はかたわらに立っている大塚茂に気づいた。
「あれ? 警部」
「すまんなあ。寝かしておいてやりたかったんじゃが。ちょっと頼まれてくれんかね」
「はい……?」
 大塚の深刻な様子に、正太郎が表情をひきしめる。
「どうかしましたか」
「支度をしなさい。これからでかける」
 一日中さまざまな雑務におわれて疲れているのだろうが、どうも大次郎は怒っているようだった。大塚が申し訳なさそうに息をつく。
「いや、明日の朝、東京へもどる加藤長官殿が、どうしても君に会うと云ってきかんのだ。本当にすまんが、すこしつきあってくれんかね」
「ああ。わかりました」
 そんなことかとほっとしたように笑って、正太郎は立ち上がった。

「ったく自分が動いたらどうなんだ。これだから……」
 大塚茂は、車のなかからずっと文句を云っている。迎賓館の贅を尽くしたロビーは、多少の声なら誰に聞かれる心配もない。
「警部。たいくつしてましたから、いいですよ」
 あやすように正太郎が云う。
「五分以上くっちゃべるようなら、わしゃあ云ってやるぞ」
「それは、お願いします」
 正太郎が苦笑してささやいたところで、目的の部屋についたらしい。案内の男が一同に黙礼する。うやうやしく開かれた大きな扉のなかは、赤い絨毯がふかぶかと敷きつめられた書斎風の部屋だった。見事な夜景が広がっている硝子窓の前に、威圧するように巨大な机がある。そのあちらに腰掛けている人物は、立ちあがることもなく、目尻を下げた満面の笑みをうかべてうなずいた。
「よく来てくれたね。正太郎くん」
 さも親しげに加藤が云う。式典の前日会ったときには、正太郎を鉄人の付録のように一瞥しかせず、敷島大次郎に向かって演説をぶっていた人物が、すっかり豹変していた。間違いなく長話になりそうだが、広い部屋のなかには他に椅子も用意されていない。正太郎が助けをもとめるような視線を送ったが、大次郎たちも渋い顔をしてとりあえず壁ぎわに立っている。
「そこでだね、正太郎くん」
 延々とつづく“感謝の言葉”を聞きながしていた正太郎が、驚いて焦点をあわせる。いつのまにか立ち上がっていた加藤の得意満面な笑顔が、目の前にあった。
「官邸には、あらゆる方面から君を賞賛する声が殺到しているそうだ。我々もまさかこのままなにもしないわけにもいかん。そこで、君の功績をたたえ、この私から長官賞を贈りたい」
 すりよるように肩をつかまれ、正太郎は視界の端で、大次郎と大塚があわてて顔を見あわせているのを感じた。
「君がこういったものを受け取らないことは聞いているが、今回ばかりは承知してくれるだろうね。これは私からというよりも、世界中の人々から受け取るものと思ってくれたまえ。この宇宙空港を救った素晴らしい活躍を後世に残すためにも。式典の成功そのものさえ、君のおかげだったと云ってもいいくらいだ。実際、事件の報道がいい宣伝になった。財団の方も君になにかお礼がしたいと云っておったよ。そう、国民栄誉賞をという話もある。東京に戻ったら、またまっさきに私をたずねてきてくれたまえ」
 正太郎はしばらくの間、加藤の顔をみつめていた。少年が嬉しそうにうなずくのを待っていた加藤の期待は、しかし充たされなかった。
「あなたは、今回の事件がなぜ起きたか、お聞きになっていないんですか?」
 正太郎の言葉に、加藤が面食らったように手を浮かす。
「それは……、世界一の鉄人に挑戦した身の程しらずの犯人が……」
「そうじゃありません。佐倉博士に利用されてしまいましたが、南美町の人たちが訴えたかった問題のことを、あなたはご存知だったはずです」
 きっぱりとした口調に、加藤がわけがわからないといった様子で首をふる。
「なにを云っとるのかね。そもそも問題などなかった。あの若造らはなにもわかっておらんのだ。確かに町の移転はあったが、不満が出たなどという話は聞いたことがない」
「ほんとうに知らなかったんですか?」
 正太郎の物言いに、加藤がみるみる不機嫌そうになる。孫ほどの歳の子どもが、まるで対等な口のききかたをするのだ。
「こういう場合、えてして文句ばかりが聞こえるものだ。いちいち耳をかしておったらなにひとつ進歩などできん。それに移住者には相当な手当てを支払った。文句を云うなど、盗人たけだけしいというやつではないか。世界初の宇宙空港の存在意義にくらべたら、例えささいな犠牲があったとしても、それは仕方のないことなのだよ。子どもの君にはまだ理解できんだろうがね」
「加藤長官。お話の途中、すみませんが……」
 大塚がおろおろした調子で声をあげる。云い継ぐまえに、少年が一歩身をひく。
「だれかの犠牲を仕方ないと云えるような方から、ぼくはなにも受けとりたくありません。失礼します」
 云い捨てるなり、正太郎は部屋をでていってしまった。
 おおきな扉がゆっくりと閉まりきるまで、静寂が続いた。
「な……、なんなんだ。なんだあれは!」
 加藤の顔面はすっかり赤く染まっている。
「お、お大塚くん! どうして君たちは、あんな子どもに大事な鉄人をあずけておるのかね。なんて……、なんて可愛いげのない子だ!」
 あっけにとられていた大塚が我にかえる。擁護の言葉をさがす前に、敷島大次郎が進みでた。
「長官。あの子が怒るのも無理はありません」
「なにを……、き、きみ!」
「博士、おちついてっ」
 しがみついてきた大塚の体を押しやり、大次郎が加藤の前に立ちはだかる。しかしその案外冷静そうな表情に、大塚はとりあえず見守ることにした。
「今回の顛末の些細は、いずれ明らかになるでしょう。それよりもまず、あなたのおっしゃる“大事な鉄人”を、破壊する事態になってしまった責任を、あなたはどうとってくださるおつもりですか」
「せ……責任?」
 とたんに加藤は口籠った。逃げるように後じさり、大きな椅子にへたりこむ。
「なんで、わたしに責任が……。式は終わった。て……鉄人だって、無事だったんだろう」
「ええ無事です。自力では動けず、まだ海の底に沈んだままですがね。式典のために、今日一日あの子はおとなしく待っていました。おおごとになってしまいましたが、あの子は事件にかかわった若者たちを理解し、鉄人のことも納得しているんです。しかし、今回のことをいい宣伝になったなどと、それだけで終わらせるおつもりですか。若者たちがあのような無茶をするまで誰が追いつめてしまったのか、どこかに間違いがなかったのか、なぜ考えていただけないんでしょうか」
「ま、間違いなど……」
「間違いは必ず起きます。だれもが不満のない方法など存在しないでしょう。しかしそれをなかったように無視するのは……、すくなくとも、そのような態度をあの子に見せつけるのだけはやめてください。いいですか。今回のことはあの子にとって、すこしも誇ることではないんです。それをわかってください。ご理解いただけますね?」
 机に両手をたたきつけ、大次郎は加藤を見降ろした。そばで見ていた大塚が、大次郎もこんな顔をするのかと呆然としたほど鋭い表情に、加藤がおびえたように何度も何度もうなずいてみせる。
「わかった。よく……、わかった」
 あまりわかった様子ではないが、大次郎は身をひいた。
「ありがとうございます。それでは、失礼します」

 部屋を出るなり大次郎は荒々しくネクタイを緩めた。正太郎の姿は見あたらない。足早に歩く長身に、すぐ大塚が追いついてくる。
「いや博士、ありがとうございました。ほんと……、ほんっとーにすみません!」
「警部があやまることはないですよ」
 大次郎がちょっと微笑って息をつく。
 ロビーまで来てやっと、大きな硝子窓の前に少年をみつける。
「正太郎くん」
 近づいても、正太郎はふりむかない。大塚がその肩に手をかけようとして、硝子に映った表情に手をとめる。
「ぼく……、外されるんですか」
 しずかな声は、だが泣きだしそうな色がほのみえる。
「なにを云っとるんだ」
 ふりむいた正太郎が、まだ加藤へ最後の言葉を投げつけたときと同じ、心底怒ったような顔で大塚を見上げてくる。大塚は小さな肩をたたくと、おおらかな笑顔を浮かべた。
「大丈夫じゃよ。博士が長官殿をよーくおどしてくれたからな。いや、君にみせたかったぞ。あの長官の縮みあがった様子を」
 驚いた瞳に、大次郎がすこし困ったように微笑んでみせる。
「だいたい、あの男が口だしできることじゃない。君と鉄人を引き離すことなど、誰にもできやせんよ」
 大塚の言葉を反芻するようにしばらく黙っていた正太郎は、やっと表情をやわらげて、あわててふたりに頭をさげた。
「あの、すみませんでした。ぼく、考えなしに行動してしまって」
「いやいやいや。君があやまらんでくれ」
「でも……」
「君は当然のことを云ったまでだ。わしもすーっとしたぞ」
 大声で云い放った大塚が、大仰に口をおさえてあたりを見回し肩をすくめる。
「さっさと出るとしよう。ここは肩がこっていかん」
 正太郎も、やっと笑顔をみせた。
 正面玄関を抜けて駐車場へと向かう人気のない道に出ると、夜も更けたというのにまだ暖かい空気に包まれる。それでも空調のきいた館内よりよほど快適に感じたのはみな同じだったろう。
 正太郎のうかがうような視線に気づいて、大塚が優しく微笑む。
「なんだね」
 背中にまわされた大きな手に、正太郎が照れたように笑う。
「警部。あの……、海岸に、よってもらえませんか?」
「あ? ああ。おやすいご用だ。そうだな。鉄人に、おやすみを云わにゃあいかんな」
 大塚が片目をつぶってみせる。
 夏の終わりを告げるように、あたり一面から虫の音が響いてくる。
 月のない夜空は、粉雪が舞うごとく無数の星々に覆われている。その幻想的な光景を、正太郎がすこしやるせない表情で見上げる。海底に沈んだ鉄人は、ほんとうに無事なのだろうか、と。
「鉄人は、大丈夫だよ」
 大次郎が優しく云った。
「そうだぞ。今夜はぐっすり眠っておかんとな。おっとホテルに戻ったら、なにか食わんと腹が鳴って眠れんぞ。博士博士、正太郎くんときたら、今日はほとんどなにも食べとらんのですよ。ぜったい何か食べさせてやってくださいよ」
「それは大変だ」
「明日はいそがしくなるんじゃから、食っとかんと炎天下でぶったおれるぞ」
「食べたいものはあるかい? なんでも用意するよ」
 父親代わりのふたりが遺憾なく溺愛ぶりを発揮すると、決まって正太郎はすこし困ったような笑顔をみせるのだった。
「そういえば……、なんか、おなかがすいてきました」
 にぎやかに語らう声に負けじと、虫の声がひときわ高くなる。
 しずかに瞬く星空。
 三人の影は、薄闇にとけるように消えていった。

 

 (おわり)

 


 

 正太郎くん13歳の夏。

 

 チャレンジャー博士を勝手に仇名にしてしまいました。書きにくいんだもん……

 

 長崎じげ辞典を片手に、いいかげんな長崎弁で書きましたので、そこはご笑納くださいませ(^-^;)

 

  1999.7.14 UP / 2017.06.28 改訂

 

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