太陽の使者 鉄人28号 〜 SS番外編 〜

    V i s i t e u r  -2-    .

 

 東側の庭園に降り立つと、鉄人はすぐまた飛行させる。
 議事堂の横に立っているのは鉄人よりひとまわりは大きい若葉色のロボットだ。オオクワガタが立ちあがったような印象で、背中は丸いし腹は平らでつかみにくそう。身体に比べて背中のジェットノズルがずいぶん小さいから、空中戦は苦手かもしれない。鉄人を見あげてぐるぐる回っている、ちょうど背後に建物がなくなったときを狙って、まず上空から急降下してパンチをくらわす。“クワガタ”が地響きをたてて倒れた。
「正太郎くん!」
 大塚警部が走ってくる。
「周辺の避難誘導は終わった。じゃが、またこんなところで暴れられては……」
「はい」
 のろのろと上半身を起こしたクワガタの背後に着地し羽交い締めにする。そのまますくいあげ、鉄人の推力で上昇にはいる。
「警部、あの……」
 報告しておこうとふり向くと、山田さんの姿はどこにも見あたらない。
「どうした正太郎くん」
「あ、いえ。いいです」
 空へ視線をもどすと、野球ボールくらいになっていた影が割れた。ふり離されたものの、クワガタは予想通り動きが鈍い。
「警部、このまま上空で戦ってみます」
「それしかないか。墜落させるんだったら、そこの堀までで頼むぞ。まあ、できる範囲でいいがな」
 大塚警部が胸の前で十字をきる。闇商売で性能をアピールするためなのか、鉄人に挑戦してくるようなロボットは2、3カ月に一度はあらわれる。なかでも海外から来たひとがよく出没するこのあたりは、いろいろあって、ちょっと壊しただけでもおそろしくたくさんの始末書を書かなければならないらしい。
 クワガタは宙の一点にとどまり動かない。Vコンのワイド・スクリーンへ目を移すと、緑の腹に四角い穴が開いた。
「むっ、やつめ武器をもっとるぞ」
 警部が手元をのぞきこんでくる。虫のたまごのようにびっしり並んでいるのは、たしかに弾頭のようだ。こんなところで撃たれたら、流れ弾がどこへ行くかわからない。
 真正面から鉄人を接近させ、発射と同時に鉄人の両手ですべてを被弾。思ったより大きな炎が巻きあがり、2体が反対方向にふきとばされる。鉄人の両手を画面で確認すると、ほとんどダメージはなかった。
 とつぜんクワガタが落ちはじめる。やはり下のほうが有利と思ったのか、噴射を止めて落下する気らしい。まだ弾をもってるなら地上ではへたに攻撃もできなくなってしまう。
「地上戦はやめてくれえ」
 大塚警部が頭をかかえる。上空50メートルあたりでクワガタのジェットが点火された。だが重力で増した自重をささえきれないのか勢いは止まらず、参議院側の屋根に激突……、する、すんでのところで間に合った。クワガタをかかえた鉄人が、あたりに突風をまきおこし、全開で上昇していく。クワガタはまったく動けない。あっちのノズルはほとんど設計ミスなんじゃないだろうか。
 さっきよりだいぶ高い位置まで行って、首のくぼみに片腕をまわし、クワガタを抱きしめるような形で丸い背中をのぞいてみる。ジェット機の溶接箇所は左右ひとつずつ。隙間に指をねじこむと、あっけなくもげる。慎重に狙いを定めて落とす。前方の堀で見あげるような水しぶきがあがった。
 飛ぶこともできずじたばたしている巨体の両肩をつかみあげ、膝蹴りをひとつ。腹の発射口はちょうどいい具合にへしゃげたようで、爆発もない。そのまま腹を上にしてかかげ、南東の方角へ向かわせる。
「警部。東京湾へもっていきます」
「おお頼む。おい、車をまわせ」
 傍らの警官に声をかけてから、大塚警部が大きく息をつく。
「やれやれ。なんなんだ、ミサイル一丁で自信ありげに挑戦などしてきおって。存外なさけないやつだったな」
 鉄人はもう見えない。この速度なら、東京沖まで4、5分だろう。
「大塚警部。操縦者は見あたりませんか」
「ああ。報告も入っとらんし、乗り込んどるんじゃろう」
 だとまたやっかいだ。クワガタの全身を鉄人に見まわさせる。武器が腹なら、ひとが乗るのは頭だろうか。
 と、その頭部が分離した。
「鉄人!」
 おもわずVコン画面に向かって叫んでしまう。クワガタの胴体が自爆したらしい。画面に煙と火花がみえて、ついでなにも映らなくなる。やられたのは目だけだろうか。レーダーはちゃんと鉄人と同調してる。
 上昇動作にロックして、Vコンを拾いあげ走る。
 通りを全力で駆け、警視庁の手前で黒い煙が確認できた。
 よかった。ちゃんと飛んでる。
 遠ざかっていく点が、クワガタの頭のほうだろう。通行止めにしてるみたいだし、かまわず車道でVコンを広げる。レーダーにいくつも汗の粒が落ちた。あわてて額をぬぐう。
「……しょ、……正太郎くん」
 追いついてきた警部も息をきらせながら彼方を見る。
「こりゃあ、車で追うのも……」
「はい。ここでいいです」
 高層ビルが多い街なかをぬけるのは視界の確保がむすかしい。
「こんな遠くから操作できるかね」
「やってみます」
 上昇していた棒のような線が、下降に入る。腕をまわしてみると動きがあった。たぶん無事だ。なら、つかめる。同じ高度で両腕をひろげ、とにかく当てることを考える。
 逃げる点が、妙な角度で落下する。当たった。もうあとはカンに頼るしかない。つかんで殴ってを繰り返すうちに、また点が落下をはじめた。鉄人にそれを追わせる。
 たぶん、つかまえた。上下に飛行させても影はもう離れない。
「よくやった。鉄人、もどってこい!」
 やっと輪郭が判別できるほどになった鉄人の両手は、ちゃんとクワガタの頭をつかんでいた。おもわず地面の上にすわりこみ、ふかく息をつく。
 無線機で話していた大塚警部が満足そうに笑って、ぼくの肩にどんと手を乗せる。
「爆発した胴体のほうの被害も別段なかったそうだ。正太郎くん、よくやってくれた。ちょうどいい。警視庁のまん前に降ろしてやってくれ」
 次々とパトカーが到着している正面玄関のほうへ、警部が思わずといった歓声をあげながら駆けていく。
 すこしススけてしまったけど、鉄人におおきな損傷はなさそうだ。ゆっくりと着地させ、クワガタを地面に押さえつけたまま停止する。そのまわりに集まっていく人だかりをぼんやり眺めながら、Vコンを閉じ、立ち上がる。堀の水面から渡ってくる涼しい風が、ありがたいくらい心地いい。
「たいしたもんだ」
 すぐ耳元の声に、驚いて見ると、隣に山田さんが立っていた。
「どこにいたんですか?」
「一般人は、安全な場所から見物さ」
 でも煙草をくわえた表情に、野次馬っぽい興奮はかけらもない。こういう現場にいることに、すっかり慣れてるみたいに。
 クワガタの頭をこじ開ける作業がはじまった。そちらを見守りながら、山田さんがひとつ煙を吐く。
「おまえ、重くないか」
「え?」
「鉄人を、たったひとりで操るって、でっかい責任がだよ。重くはないのか」
「重いですよ」
 ぼくの答えにまばたいて、可笑しそうな笑みがこぼれる。右手の煙草はポケットからとりだした袋に押しつけ仕舞われた。
「そうか」
「はい。ちょっとでも失敗すると、たいへんなことになりますから」
「そうだろうな」
「でも、出来るって信じていれば、たいていのことは出来る。精一杯やればいいやって、そう思ってます」
「ずいぶん楽観的だな」
 からかうような響きはない。おだやかな声に、このひとは、ぼくを支えてくれているひとたちと同じにおいがすると、ふと思った。だから、子どもみたいにうろたえるばかりだったことに、きちんと答えたい。そんな気になる。
「鉄人が、ぼくにまかされたのは、たまたま父が考案者だったから。それだけです」
「ああ?」
 山田さんが怪訝そうに眉をあげる。
「鉄人には意志がありません。誰が操作したって同じだと思われるでしょう」
 両手に視線をおとす。操縦器が受信しているのは同調電波と画像だけだ。鉄人が受ける衝撃や痛みは、もちろん何も伝わってこない。でも、この手にたしかに感じるもの。まだ手のひらに残っているこの熱を、どう説明したらいいだろう。
「……鉄人は、父の形見です。それに、父や敷島博士が鉄人に託した想いをきかされてますから。だから、そんなふうに思う……、思いたいだけなのかもしれません。けど、ぼくは鉄人に、単に操縦に慣れているからっていうだけじゃない、なにか強いつながりを感じるんです。鉄人にはちゃんとこうありたいという意志があって、それが操縦しているぼくにも流れこんできて力を貸してくれているって、ぼくには、どうしてもそう思えるんです」
 荒唐無稽な話を、山田さんはでも真面目な顔で黙ってきいてくれている。
「じっさいに鉄人は、計算上ではありえないような力を何度もみせてくれています。博士は、ぼくが子どものうちから操縦していることがいい影響を与えているんだろうって云ってますけど。とにかく、そういう意味ではまだ鉄人の限界はわからなくて、もっと努力しなきゃいけないことはたくさんあります。でも今は、ぼくが一番、鉄人の力をひきだせるっていう自信があります。だから、ほかのひとにはまかせたくない。これは、わがままなのかもしれませんが……」
 山田さんが微笑った。
「そういうのはな、わがままとは云わん。むしろ、」
「むらさめ……、村雨か?」
 気がつけば、大塚警部がこちらにもどってくるところで、呼んでいるのはどうやら隣の山田さんのことらしい。目が合うと、彼は照れたように笑って肩をすくめた。その腕を、警部がいきおいよくつかまえる。
「やっぱり! おまえなんだってこんなところに……。相変わらず派手な男だなあ」
「相変わらず口が悪い。ダンディーと云ってくださいよ。ああ、それより警部、鉄人を操縦したことがあるんですって? じつに見事だったそうで」
 うわ。大塚警部ににらまれてしまう。
 どうやらふたりは知りあいのようで、つまりぼくは名指しで失敗談を披露してしまったも同然だったらしい。
「……正太郎くん。あのことは他言無用と云っただろうが」
 そういえばそんな約束をしたっけ。申し訳なくて頭をさげる。
「すみません。その約束を忘れてました」
「いや、まあ、おおかたこの男がむりやり聞きだしたんじゃろう」
「あ。ひどいなあ」
「だまれ。ほかのもんからその話が耳に入った日には、きさまただではおかんぞ」
「はいはい。わかりましたよ」
 “村雨さん”がにやにや笑って降参というふうに両手をあげる。
 庭園側からやってきた車が、ぼくたちの横で停まった。運転席から関刑事が顔をだす。
「大塚警部」
 親指で示した後部座席にきゅうくつそうに乗っているのは、ゆかた紐のようなもので身体を縛られた西洋系の顔立ちの大柄な男がふたり。
「なんだこいつらは」
「あの、今回の黒幕だそうです。ほかにも4名。そちらの方が捕まえてくださったのですが……?」
 手前のおじさんがとつぜん身をのりだし、よくわからない外国語で怒鳴りだす。“ケンジ・ムラサメ” という言葉だけ聞きとれた。すかさず村雨さんが同じような言葉で流暢に云い返したので、また驚いてしまう。意味はわからないけれど、どこかからかっているような響きだった。
 大塚警部が桃色の襟をぐいと引き下ろす。
「おい村雨」
「いえね。見覚えのあるロボットだったんで、やつならたぶん自分じゃ乗り込まず近くで見物してるだろうと思って、そこのホテルに当たったら、どんぴしゃ。あれでもあっちじゃ大物で通ってる野郎なんで、例の借りはこれでちゃらですね」
「なにをぬけぬけと。この件をつかんで来たなら事前に連絡せんか」
「いやあ。偶然ってのは、おそろしいもんで」
「うそをつけ」
 警部が手を離したすきに、村雨さんは大きく距離をとってしまう。
「おっと、もう時間だ。じゃ、つもる話はまた」
「逃げるな。もっと情報をおいていかんか」
「あっちへ戻ったら送りますよ。俺は今回、誓って敷島博士に会いにきただけなんで。ま、おもいがけず警部のご尊顔を拝し光栄に存じます。それでは」
 村雨さんは、西洋式に片手を前へさしだし、かっこよくお辞儀を決めた。
 このひとは話をちゃかさないと気がすまないらしい。笑いをこらえていると、目が合う。はじめて見るような、とてもやさしい笑顔で。
「じゃあな」
 それだけ云って、揚々と去っていく桃色の背中から、ひらひらと振られる手。
 ああ。結局ほんとうのことはなにも聞けなかった。
「あわただしいやつだな」
 車を先に行かせて、大塚警部が息をつく。
「警部。それで、あのひと誰なんですか?」
「なに?」
 あきれたような声に、頭をかく。
「あの、新聞記者だって云ってましたけど……」
「またそんな出鱈目を。やつはインターポールのメンバーだよ」
 やっぱり、そうか。
「若くして才能を見込まれ、パリ支部に請われてもう7年目か。あっちで活躍している敏腕刑事だ」
「へえ……」
 刑事なら、あのひとにぴったりだ。特にインターポールには変わったひとが多いけど……。
 可笑しくて、目で捜したけれど、村雨さんの姿はもうどこにも見あたらなかった。
 ふり返って、大塚警部の妙な視線に気づく。
「ま、おぼえとらんか」
「はい?」
「いやいや。……お。正太郎くん、鉄人はもうよさそうだぞ」
 クワガタのなかから両手をあげたひとたちが次々でてきている。
 Vコンに向きなおって、真っ暗なスクリーンが目にはいる。今日もいそがしそうだったのに、博士をまたがっかりさせてしまうな。
 息をつき、いつのまにか紅く染まっていた空をあおぐ。
「おおそうだ。正太郎くん。さっき堀に落としたやつも拾ってくれんかな」
「あ、はい」
「それと、ついでに……」
 村雨さんのことも訊いてみたいし。
 敷島博士がはやく帰ってくるよう祈りつつ、ぼくはVコンを起動した。

 

  (つづく)

 

   
 

 次で終わります。

  2005.07.20 鉄人頁へ直UP

 

 

戻る    次へ