太陽の使者 鉄人28号 〜 SS番外編 〜

    V i s i t e u r  -3-    .

 

「彼が日本をでたのは、きみがまだ小学生になる前だったからねえ」
 夕食のあとに帰ってきた敷島博士が、鉄人の修理を終え、やっと居間で一服しながら村雨さんのことをおしえてくれた。やはりぼくはあのひとと会ったことがあったのだ。
「まあ、おぼえていないのも無理はない」
 紹介もせず出掛けてしまったことをまだすまなそうな顔をして、博士が紅茶のカップを置く。
「彼は大塚警部の腹心の部下で、きみたちが小さいころ、ここでときどき一緒に遊んでくれたこともあったんだよ」
「へえ」
「私はおぼえてるわ。背が高くて、やさしくて、おもしろいお兄さん! 正太郎くん、どうしておぼえてないの」
 マッキーに笑われてしまう。
「いや……、会ったことがあるような気はしたんだけど……」
「あーあ。部活なんかサボッて帰ってくればよかった。私も会いたかったな」
 マッキーはほんとによくおぼえていて、次々といろいろな思い出をあげていく。云われてみれば、ああ、あれは村雨さんだったのか、という記憶はぼくも捜すことができた。
 博士がいない夜、庭で一緒に焚き火を囲んだひと。自慢のオープンカーで猛スピードのドライブにつれていってくれたひと。大雪がふって森で迷子になってしまったとき、ぼくたちをみつけだしてくれたひと。ぜんぶあのひとだったのだ。
「正太郎くん」
 全仏テニスの生中継がはじまったところで退散することにしたぼくを、玄関の手前で呼びとめたのは敷島博士だった。
 目の前まで来た博士は、なんだかとても嬉しそうな顔をしている。
「じつは、さっき村雨くんから電話があったんだよ」
「え?」
 整備室で受けていた、あの短い電話だろうか。
「きみのことを、とてもほめていた。冷静沈着で感心したそうだよ」
 その言葉を博士が喜んでくれている。そのことが、嬉しい。
「ずいぶん大人びていてびっくりしたと。それに、」
 眼鏡の奥の瞳に、ふと可笑しそうな色が混じる。
「あの泣き虫が、成長したものだ……、とね」
「そんな、幼稚園のころとくらべられても困りますよ」
 ぼくのふくれ面に、博士が笑う。
 まあ、あのひとがほめるだけってことはないと思った。
 ため息がもれる。村雨さんは昔のぼくをよく覚えていて、ぼくはすっかり忘れてしまっていて。なんだかなさけないや。
「はかせ。どうして村雨さんは、初対面だなんて嘘ついたんでしょうか」
「彼らしいよ。きみといまさら昔話をするのが照れくさかったんだろう」
「もっといろいろ話したかったのに」
「また近いうちに、そんな機会もあるだろう。正太郎くん。今日はほんとうにおつかれさま」
 博士の手がのびてきて、ぼくの髪をかきまぜる。
「おやすみ」
 ぽんぽんと頭をたたき離れていく手を、ぼくは、おもわずつかんでしまった。
「ん?」
「あの、…………はかせ、……」
 引き留めたことを、すぐ後悔する。
「どうしたんだい」
 手を離し、うつむいてしまったぼくに、おだやかな声が降ってくる。
 きいてしまって、いいことなんだろうか。整備室ではとうとう云いだせなかった。だけど……。
 おもいきって顔をあげる。
「村雨さんに、云われたことが……。その、冗談だって云ってましたけど、それだけとも思えなくて」
「なにを云われたんだい」
「鉄人に」
 声がかすれて、つばをのみこむ。
「鉄人に、……もうひとり、操縦者をつくるべきだっていう話を……」
 博士は目を丸くして、そして困ったように息をついた。
「あの男、地獄耳だな」
 ほかでもない博士の口から漏れた言葉に、頭がぐらぐらするような感覚になる。両肩をつかまれ、ぼうぜんと見あげた博士は、微笑っていた。
「すまない、驚かせてしまったね。いや、きみにわざわざ知らせることはないと思っていたんだ。まあ、これまでもそういう話はあるにはあったが、つい最近、だいぶ強引な話が持ちあがっていたのは本当だ。だが、それも立ち消えになったから心配することはなにもないんだよ」
「…………え?」
「なんでも、勝手にパイロットや宇宙飛行士にまで交渉してまわったようだが、鉄人の操縦者という重責に手を挙げるものは結局ひとりもなかったそうだ」
 ゆっくりと博士の両手が離れていく。
「……そう、なんですか」
 そういう話が、一度だけではなくあったということがショックだった。それに、手を挙げたひとがいたら話は進められたんだろうか。また候補者を捜すんだろうか。
 ぼくの心の内が伝わってしまったように、博士が微笑う。
「正太郎くん。わたしはね、たとえきみが何かの事情で鉄人を動かせないようなことがあっても、かまわないと思っているんだよ」
 とつぜんの話に、ほんとうにびっくりして博士をみつめる。
「鉄人の最大の欠点は、操縦のスペシャリストがきみひとりしかいないということだろう。だが、それが問題視されないのは、鉄人が動けないような事態がほとんど起きていないから、つまり、きみの頑張りによるところが大きい。これは裏を返せば、そういった事態はいつ起きてもおかしくはないということだね」
「……はい」
 敷島博士がうなずく。
「それを恐れるなら、たしかに鉄人を幾人かの手にゆだねておけば安心だ。もっと完全を求めるなら、鉄人軍団を作ればいい」
 ものすごい飛躍に言葉がでない。苦笑をうかべて博士がそっと溜息をつく。
「ばかばかしいと思うだろう。だが、ほんとうにそんなことを云うひとも、世の中にはいるんだよ。……しかし、それが実現すればおそらく、設計の洩えい、つまり鉄人と同じ能力をもつようなロボットが次々あらわれる事態が起きる可能性は格段に増すだろうね。わたしは、そちらのほうがよほど恐ろしいと思う」
 そんなとんでもない意見をおさえるためなら。たったひとりだというのが不安なら。
「だったら……」
 自信たっぷりな表情が浮かぶ。ひょっとして、あのひとは本気だったんじゃないかって。同じように考えて、博士に会いにきたのかもしれない。そう思えてきて。
「……博士が信頼できるひとを、もうひとりくらい選ぶことなら、可能なんじゃないですか?」
 口をついてでた言葉は、子どもみたいに拗ねた響きになってしまって。云ってからまたすぐ後悔する。
 まばたいて、博士はひどく真面目な顔で腕を組んだ。
「きみが望むなら、考えてみるが」
「そんな必要、ありません!」
 あわてて、大声になってしまって……。でも、博士の可笑しそうな顔に、ほっとする。
「ほんとうに必要ないかい?」
「はいっ」
「それはよかった。きみほど信頼がおけるものなど、ほかに心あたりはないからね」
 ぼくを安心させようと云ってくれたんだろう。でも、単純に嬉しい。
 あたたかい笑顔に緊張がとけて、気がついた。村雨さんが第二の操縦者の話を知ってるってこと、博士は驚いてたんだった。
「あれ? じゃあ村雨さんは、なにしに来たんですか」
「ああ」
 博士が腕をとく。
「わたしも村雨くんに会ったのは5年ぶりくらいかな」
 あごに手をあて、博士が面白そうにぼくを見る。
「出張のついでだとか云っていたが、なら例の話をききつけて、彼はきみに会うためにここへ来たんだろう」
「え。でも大塚警部には、博士に会いにきたって……」
「わたしは世間話しかしていないよ。鉄人のことで、いろいろきかれたんじゃないかい」
「……ええ、まあ」
「あの口ぶりなら、いまのきみに安心したというところか。まあ、あまり本音を語らない男だから問いつめても無駄だろうがねえ」
 村雨さんはずっとああいうふうなひとだったらしい。複雑そうな表情に、おもわずふきだしてしまう。博士も笑いだす。
 いまのぼくに安心してくれたかどうかはともかく、ぼくが鉄人をほかのひとに渡したくないと思っていることを、あのひとは、わがままじゃないって、そう云ってくれた。
 ほんとうに、また会えたら、今度はゆっくり話をしたい。村雨さんの本音を見分けるには、まだまだ修行が必要だろうけど。
 居間からテレビの歓声がきこえてきて、ぼくはやっと、疲れている博士を引き留めてしまっていることに気がついた。
「あ、長話しちゃってすみません。じゃあ、おやすみなさい」
「正太郎くん」
 妙にあらたまった調子で呼ばれて、ふり返る。
「はい……?」
 ちょっと黙り、それから、博士はもう一度ぼくの名を呼んだ。
 おだやかな笑顔がうかぶ。
「自信を持ちなさい。きみの代わりなど、いはしないんだよ」
 瞳が、照れたように細められる。
「まあ、設計の洩えいなどという話は、いわば外向けのもっともらしい言い訳だ。正太郎くん。きみほど、鉄人を大切に想ってくれるひとは、どこを探してもぜったいみつからない。わたしはそう確信しているから、ほかの操縦者など必要ないと思っているんだよ」
「…………はかせ」
 ぼくの頼りない失敗を、博士はぜんぶ知っている。鉄人の修理はもちろん、いつも力を借りたり後始末を請け負ってもらってばかりで。だから、そんな言葉をもらえるなんて、思いもしなくて。
「わたしだけではなく、きみを支えているひとはみんな、同じように考えていると思うよ」
「ありがとう、ございます」
「どうして礼など云うんだい。きみがしてきたことの結果だろう」
 また子どものように頭をなでられて、うつむく。
「さあ、今夜はゆっくり休みなさい」
「はい。……おやすみなさい」
 頭をさげて博士の手から逃れ、そのままいそいで玄関からとびだす。
 ちょっと、ふいに涙腺がゆるんでしまって、びっくりした。顔をあげない理由が分かってしまっただろうか。
 なんだか恥ずかしくて、走って走って、薄暗い林をぬけたところでやっと足を止める。
 息をきらせて空を見あげると、線のように細い三日月。
 暗い夜空にむかって、おもいきり息を吸い込み、はきだす。
 ぜんぜん雲がない。明日もきっと晴れだ。梅雨はもう、どっか行っちゃったんだろうか。
 闇に目が慣れると、おもわず声がもれるほど見事な星空がひろがっていて、ふと、宇宙で見た、大きな大きな地球の光景が、はっきりと脳裡によみがえる。
 あの蒼と白のはざまに立っている、宇宙からみれば点にさえみえない小さなぼくの心のなかに、ときどき不思議なほどわきあがってくる力。これは、大好きなひとたちが与えてくれる力なんだと思う。
 そのみんなのために、ぼくには出来ることがある。
 それが、たまらなく嬉しい。
 強い風がふきぬけ、雨音のように樹々の葉が鳴る。
 やっと、ゆったりとした身体のだるさをおぼえ、息をついて。
 整備室のほうは、ここからじゃ暗くてなにも見えないけど。
「おやすみ、鉄人」
 誰もいないのに、ひどくそっと口をついた言葉に可笑しくなって、ひとりで笑う。
 丸木小屋まであとすこし。
 通い慣れた道を、ぼくは、今度はゆっくりと歩きだした。

 

  (おわり)

 


 ■あとがき■

 正太郎くん12歳(中1)の梅雨のころ。題名の“visiteur”はフランス語で訪問者という意味です。

 世界は『太陽の使者』ですが、かのお方(C.V:幹本雄之さま)がでてくるので番外編としました。正くんと大次郎さんはまったくもって、いつもの調子です(笑)。

 研究所を正太郎くんに案内してもらおうというお遊び小企画があれよあれよ。わたしが書くものにしちゃあなんと起承転結が!(爆)
 『太陽の使者』で育ち、横山先生ファンになり、今川Gロボに打ちふるえ、今川鉄人を観た方ならば、一度は「ああ村雨さんがでてきてたらなあああ〜」、と思ったのではないでしょうか。
 次元を渡る不死身の彼は国際警察機構のパリ支部にも在籍しているわけで、それにあのGロボの村雨さんだったらぜったい敷島博士とも仲良しだ♪ …とおもいきり夢に走ってしまいました(←なら大塚さんはすごいエキスパートのハズですが…)。
 それにしても、敷島博士があやつる鉄人、見てみたいものです。どう、すごいんでしょうかね〜

 ここまでおつきあいくださいまして、ありがとうございました!     金田真砂也

  2005.07.27 鉄人頁へ直UP / 2007.01.30 ちょこっと修正 / 2015.01.07 少々修正

 

 

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