太陽の使者 鉄人28号 〜 SS番外編 〜

    V i s i t e u r  -1-    .

 

 学校から戻ったその足で母屋をのぞくと、敷島博士が書斎からでてくるのがみえた。
 昼には出掛けるって云ってたのに、会議はなくなったんだろうか。
 腕時計に目をやっている博士はでも、きっちりスーツを着込んでいる。
「ただいま」
 声をかけると、博士がほっとしたような顔で駆けてくる。
「ああ、ちょうどよかった。正太郎くん、ちょっと頼んでもいいかい」
「はい」
「わるいんだが、案内してもらいたいひとがいるんだよ」
「案内?」
 博士に背中を押されて書斎に向かう。
「そう。整備室と鉄人と……、ざっとでいい。きみの判断で適当にたのむ」
「はあ」
 急なお客さんが来て、それでいままで出掛けられなかったらしい。
 博士が扉をあける。
 窓辺で外を見ていたひとが、ゆっくり振り向いた。逆光で顔がよくみえないけど、背が高い男のひとだ。
「あとはこの子にまかせたから、好きにしたまえ。いいかい。つぎ来るなら、前もって電話の1本くらい入れなさい」
 博士の声は、どこかあきれているような調子だ。窓辺のひとが黙って肩をすくめる。
「じゃ、頼んだよ」
 ぽんと肩をたたかれて、我に返ると扉はもう閉まっていた。よほど急いでたんだろう。でも紹介もしてくれないで、ちょっと困ってしまう。
「えーと、こんにちは」
 はじめまして、と云っていいものかどうか。とりあえず鞄を本棚の前に置き、目の前に立つまで、お客さんはじっとぼくを見ていた。
 あんまり驚いた顔をしたら失礼だと思いながらも、おもわず目をぱちぱちさせてしまう。
 梅雨の晴れ間で、今日は真夏のような陽気なのに、トレンチコート。その色がよりにもよって、あざやかな桃色で。よく見ればスーツも同じ色だ。まだ30前くらいだろうか。おもいきったなあというコーディネーションとハンサムな顔立ちのアンバランスさが、不思議な雰囲気をかもしだしている。一度会ったらぜったい忘れられなそうなこの派手なひとに、どこかで会ったことがあるような気がして、でも思いだせない。
「制服か?」
 なんのことかと少しとまどってから、自分のネクタイを見降ろす。
「あ、はい」
「中一だってな。金田正太郎も、もう中学生か」
 感慨深げにつぶやかれてしまう。わざわざ鉄人を見にきたお客さんだ。初対面でもぼくの歳くらい知ってるかもしれないけど。
 ソファーから拾いあげた帽子がまた桃色で、見事ないでたちに、いっそ見とれてしまう。
「おい。案内してくれるんだろう?」
「は、はい」
 あわててノブに手をかける。先に廊下へ通しながら顔をもう一度たしかめて、ぼくは訊いてしまうことにした。
「あの、お名前は。……以前、どこかでお会いしましたか?」
 お客さんはつんのめるように止まり、こちらを見た。
「これは失礼。“はじめまして”。俺は、山田一郎。新聞記者だ」
 にやにや笑っている顔つきからすると偽名みたいだし、新聞記者がこんな目立つ格好をするだろうか。見たところカメラも持ってない。息をついて歩きだすと、“山田さん”が可笑しそうな顔でのぞきこんでくる。
「いいのか? こんな怪しそうなやつに、ほいほいと鉄人の設備を見せちまって。ずいぶん不用心だなあ」
「あなたは怪しくありませんよ」
「へ」
「博士が案内していいと云ったんですから」
「へえ。博士、信頼されてんなあ」
 なんかすごく嬉しそうに云う、その笑顔に確信する。
 博士はよく知らないようなひとを、ぼくひとりに任せたりはしない。そもそも整備室まで見せることなんてめったにないのに、それを“適当に”と云われたくらいだから、このひとには何を見せても大丈夫なんだろう。
「それで、ここが地下の整備室の入口になります」
 中庭を歩きながらテニスコートの仕組みをおしえ、鉄人を動かすところも見たいというので丸木小屋へよってVコンを拾って、やっとトンネルに着いた。
 薄暗い通路のひんやりとした空気に、思わず息をつく。もう3時をまわるのに日差しがきつくて、半袖のぼくは、完全装備の山田さんの涼しげな顔をついさぐるようにうかがってしまう。
「今日は、取材なんですか?」
 つきあたりの扉で暗証番号を入力しながら、訊いてみる。どうして鉄人を見たいのか、それはやっぱり興味がある。
「え? ああ」
 山田さんは、ちょっと黙った。
「まあ、まだ固まった構想じゃあないんだが」
 またでまかせなのか、ゆかいそうな笑みがのぞく。
「“歴史を変えた発明”。そういうアプローチでな」
 扉をくぐると部屋の灯りは自動で点灯する。コンソールのほうで格納庫の灯りもぜんぶつけていく。
「歴史を変えた。鉄人28号はまさにそれだ。テレビや新聞じゃあよく見るが、一度この目で拝んでみたくてな」
 鉄人の上半身が照らしだされると、山田さんはとたんに真顔になってガラス窓のところまでまっすぐ歩いていった。
「へえ……、きれいだ」
 つぶやくように漏れた言葉に、びっくりする。
 鉄人の第一印象を、おおきいとか強そうだとか、怖いとさえ云うひとも多いけれど、きれいだなんて、そんなふうに云われたのははじめてだ。
 なんだか、くすぐったい。
 ぼくも、そう思ってるから。
 そう。シンプルにみえる曲線はすべて空気抵抗や機動性を考えぬかれたラインで、統一された装甲のあざやかな藍も、ぜったいこれしかないという色だ。いままで見たどのロボットと比べても、鉄人はいちばんきれいだと思う。
 山田さんは窓に両手をつき、食い入るように鉄人をながめている。
「なるほどねえ。こいつに惚れ込んで、敷島博士は清水の舞台から飛び降りたってわけだ」
「え?」
 にやにや笑いがぼくを見る。
「で、おまえさんも、こいつに惚れて一緒にいるわけだな」
「……はい」
 照れるような表現だけれど、まあ、それは否定することじゃなかった。
「こちらから、どうぞ」
 扉をくぐると、格納庫の室温はさらに低い。ここは夏でも寒いくらいだ。細い階段を先に降り、広い甲板にでると正面から鉄人を見あげることができる。天井いっぱいにそびえ立つ鉄人の姿を熱心に眺めながら、山田さんがゆっくり降りてくる。
 床にひざまずき、Vコンを開くと、自動でアンテナが伸びてレーダーの焦点が合う。同調の合図として鋼鉄の腕が持ちあがり、格納庫中に咆哮が響きわたった。
「ずいぶん簡単そうな操縦器だなあ」
 山田さんがVコンをのぞきこんでくる。
「はい。このレバーが歩行で、奥に倒してここを押せば飛行。基本的な動作は簡単です。でも、やわらかいものをつかむとか動くものを追うとかは、慣れないとむずかしいらしいですよ」
「らしい?」
「え? あ。ぼくは、はじめがぶっつけ本番みたいな感じで、夢中でなんとかなっちゃったんで、そのへんがどうもよくわからなくて……。そうだ。いつも一緒に現場にでてるインターポールの方が試しに動かしてみたときなんか、岩を持ちあげようとして粉砕しちゃったり、前後左右の感覚がわからん、とか云って直進しかできなくて、けっきょく半日であきらめてましたっけ」
 大塚警部の大混乱ぶりを思いだして、つい笑ってしまう。あれはたしか去年のことだ。もうすっかり忘れてた。
「つまり頭のかたい大人にゃあ、むずかしいとでも?」
 ちょっと怒ったような口調に、驚いて振り向く。
「いいえ。敷島博士は、たまにしか触らないけど、すごいですよ」
「あのひとは特別だろうよ。……だが、なら俺にもできるな」
「え?」
「おまえさん、なんで俺がここへ来たのか、ほんとに聞いてないのか」
 うなずいてみせると、山田さんはすぐ横に座り込み、ひざに片腕をのせ、皮肉っぽい笑みで鉄人を見あげた。
「この俺が、これから、鉄人の第二の操縦者になるんだ」
 ささくように云われた言葉を、頭のなかで繰り返す。
 そんな話、なにも聞いてない。
 力強い瞳がぐいと近づいてくる。
「鉄人が世にでて2年くらいか。巨大ロボットを使った犯罪は鰻登りだ。ますます必要とされている救世主に、たったひとりの、しかもガキの操縦者しかいないなんて、どう考えてもおかしいだろう?」
 声は、どこか遠くで鳴っているように妙にくぐもってきこえる。
「おまえが倒れたら鉄人はどうなる。大舞台の主役には代役を用意しておくもんだ。そろそろそういうことをちゃんと考えなきゃならんと、みんな思ってるんだよ」
「ぼくが……」
 山田さんに向きなおり、懸命に言葉をかき集める。
「ぼくに、なにかあったら、敷島博士がいます。でも、そんなこと、まだ一度だって……」
「だいたい毎日事件が起きたら、おまえ学校はどうする気だ」
「事件が起きるのは、たいてい夜だし……、勉強は、あとで取り返します。これまでそうやって、ちゃんとやってきました」
 ちゃんと。そんなふうに云っていいのか正直すこし迷い、うつむいてしまう。ぼくの無茶で鉄人を危険にさらしてしまったり、それどころか鉄人を奪われるという大失態さえ幾度もあったのだから。
「ぼくの力が足りなくて……、子どもだから、よけいな迷惑をかけていることは、わかってます。でも……」
 顔をあげて、でも言葉がつづかない。
 鉄人28号の所有者は、敷島博士だ。いっさいの武器を持たないとはいえ重量や腕力だけで十分兵器と呼べるレベルに達する鉄人を一個人で所有していていいものかどうかといった政府の苦言を、敷島博士と大塚警部がなんとか押しとどめてるっていう話は再三きいている。いまのところは博士の世界的な信用のおかげで、そしてICPOの出動要請には必ず応えるということで、鉄人の所有は黙認されている。この一年くらいは要請に応えられなかったようなことは一切ない。いったいどうしてそんな話が持ちあがったんだろう。それとも、鉄人を守るために、博士が……?
 山田さんが、口の片はしを引きあげる。
「いいじゃないか。補欠がいると思えば、おまえも気が楽だろう」
 ちがう。ぜったい、そんな大事なことを博士が黙って決めてしまうはずがない。
「それ、敷島博士は知ってるんですか?」
 できるだけ声をおさえて、でもにらみつけてしまう。山田さんの笑みが消えた。細めたられた瞳に、鋭い光が浮かぶ。
「いいか。よく聞けよ。第二の操縦者っていうのはな、…………冗談だ」
 あっけにとられているぼくの前で、山田さんが膝をたたいて大笑いしている。
「そんな、おもちゃを盗られたガキみたいな怖い顔、するなって」
 その言葉にはカチンときたけど、……けど、とにかく、ただの冗談だとわかって心底ほっとする。
 驚かされてばかりで、どうもぼくは、このひとが苦手だ。そう自覚しながら、でも子どもみたいに笑っている山田さんはどこか憎めない。
 そう。冗談だと云われても、いかにもありそうな話で。だから心の奥にひやりとするものが、いつまでも残っている。
 笑いをおさめて、検分するような視線をもらう。
「ま、これからは、ますます気をひきしめてかかれよ」
 ひどくやさしい口調で云われて、また驚いてしまう。このひと、いったい何者なんだろう。なぜここへ来たのか、どうしても訊いてみたくなった。
「あの……、あなたは、」
 タイミング悪く、胸ポケットの通信機が鳴る。
『正太郎くん、すぐに来てくれ!』
 受信ボタンを押すと、大塚警部の割れるような大声が響く。
『妙なロボットが国会前に陣取って、鉄人に挑戦すると云っておる。今すぐ来ないと議事堂を破壊するとかなんとかぬかしおって……。相手は一機だ。われわれは東側の……』
 甲板の先に鉄人の両手をあわせながら、場所を復唱して通信を切る。見ると山田さんは、笑みさえ浮かべている。
「白昼堂々と事件じゃないか」
「すみません。ぼく、行かなきゃならないので、来たとおりに外へもどって……」
「つれてけ」
「は?」
「いい機会だ。鉄人の活躍も、この目で見たいと思ってた」
「駄目です」
 怒鳴るような大声になってしまった。Vコンを拾って手すりを蹴り、鉄人の手のひらにとび移る。ほぼ同時にどさりと着地した隣の桃色に、一瞬ぼうぜんとしてしまう。帽子をおさえたまま、山田さんが悠然と笑う。
「自分の身は自分で守る。さっさと行け。それとも“取材”されてちゃ緊張して、うまく操縦できないか?」
 ひとを怒らせて動かすような態度は腹が立つけど、説得は時間の無駄に思えた。息をついて操作にかかると、うかれたような口笛があがる。
「素直でいい子だ」
「……しっかりつかまっててください」
 安全サインを受信しゲートを開けると、頭上から熱い風がふき込んでくる。まだ強い陽がさす大空へ、鉄人はゆっくり上昇しはじめた。

 

  (つづく)

 

   
 

 あと2回で終わります。山田さんは、幹本雄之氏の声でお楽しみください(笑)。

  2005.07.15 鉄人頁へ直UP

 

 

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