太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その 33   〜 しんどい 〜

 校門からでてきたブレザーの制服姿に、ライト点滅で合図する。
 こちらへやってきた正太郎くんは、ぺこりと頭をさげ助手席のドアをあけた。
「ありがとうございます」
 学生鞄を後部座席に放って、いつものように手寧な礼をもらう。
「だーから俺は仕事で来とるんやから礼はいい。おおきに、はこっちのセリフや」
 怖い顔をしてみせても笑顔でシートベルトをしめとる。座席に置いてあったコントローラーは大事そうに腕に抱えながら。
「羽田の整備場ですね?」
「はいはい。よろしゅう」
 膝にのせたコントローラーのフタが開かれる。起き上がったレバーを握ると、めまぐるしく操作がはじまった。
 こっちもハンドルを握る。
 正太郎くんの送迎では赤色灯はつけない。目立たず行動するためだとかで、車もこうして覆面だ。法令順守だと空港まで小1時間はかかる。
 鉄人は羽田に呼んで、そこから専用ジェットと一緒に一路フェアバンクスへ。先週も先々週も。おんなじパターンがもうこれで3回目や。
 視界の端で正太郎くんの手が止まった。赤信号で停車したすきに、正太郎くんに向きなおる。
「なあ。キミはもうちょっと、わがまま云うてもええんとちゃう?」
「はい?」
 びっくりした顔をされて、また腹がたってくる。
「学生の本分は勉強やろ? それを毎週毎週気軽に呼びだしよって、それも今回のヤマは海外遠征宿泊つきや。キミも困るやろ。ちょっとかんべんしてください云うてみたらどうや」
「ああ。でも、勉強はいつでもできますから」
「みんなと一緒に学べる時間は取り戻せへんのとちゃうか?」
「それは、できるときに何倍も取り戻しますよ」
 笑顔でいなされた。
 信号が変わって、舌打ちしたい気分で少々乱暴に発車する。
「けーど宿題どっさりだされて後で一人で勉強するんは余計な時間やないか。文句云う権利はなんぼでもある思うけどなあ」
「ありがとうございます」
「なにが」
「太田さんは、いつもぼくのために怒ってくれるから」
 ふいをつかれ、ますます頭に血がのぼる。
 なんでこない依頼を何度でもはいはい受けるんですか。でてくる前に警部に怒りまくった自分をこの子どっかで見とったんとちゃうか?
「ちゃうちゃう。キミが断ってくれたら俺らも海外出張なしになるやろ。こないに出張ばっかじゃ俺、我が子の出産にも立ち会えんわ」
「え。じゃあ、すみません」
「謝ってほしいんとちゃう。ああ、もうええわ」
 照れ隠しが変な方向になってしもた。
 俺の方が年上のはずが、言動はいつもだんぜん正太郎くんの方が年上みたいになる。
 また赤信号にひっかかり、ハンドルにひじをついて思わずため息がでた。
「なあ。キミはしんどいことないの?」
「シンドイ……、ってなんですか?」
 考え込んどるのかと思うたら言葉の意味がわからんかっただけらしい。
「困るなあとか、苦しい、つらい、そういうことや!」
「ああ」
 なにがおかしいんかクスクス笑って、正太郎くんは口をひらいた。
「鉄人のことで、つらいと思ったことはありません」
「んな優等生な答えいらんわ。傍目に見てても大変そうなんや。けっこうしんどいんやろ?」
「楽しいばかりじゃないのは確かですけど、鉄人といると、面白いですよ」
 大人びた口調で云って、正太郎くんはコントローラーのフタを閉じた。
 ふうと息をついて、目を閉じ背もたれによりかかる。
「そーら会社帰りのサラリーマンみたいや。それがしんどいっちゅうことやねん」
 目を開け、正太郎くんはまたおかしそうな表情でこっちを見た。
「寝不足をそう云うなら、シンドイのかなあ。……あ。勉強はシンドイです!」
「しんどいを、んな楽しそうに使うな!」
 正太郎くんが、あははと笑う。
「なあ。なんでキミはそんなに一所懸命なん?」
 正太郎くんにからんでどうすんのや。思いつつ、まだ聞いてしまう。正太郎くんが必死のパッチで頑張ってくれへんと実際こっちは困ってしまうのやけど。
「太田さんだって、警察官なんてシンドイでしょう?」
「俺? ……俺は、……これを仕事に選んだんやから、ええんや」
「太田さんみたいに、大変なことを……、シンドイを引き受けてるひとはたくさんいるって、ぼくは鉄人と行動して知りました。だから、ぼくも選びたいんです」
 正太郎くんの言葉には、真剣にいろいろ考えてきたのやろう、うわっつらだけじゃない重みがあった。
「まいった!」
「え?」
「おみそれしました降参や。すまん! しんどいは俺の口癖や。すぐ文句ばっか云う癖、今日からなおす! 師匠、今後ともご指導よろしゅうお願いします」
「それ、やめてください」
 またくすくす笑う。笑顔がまだまだ子どもや。こんな子が精いっぱい頑張ってるから、みんな支えたくなる。鉄人の強さは、この子あってこそなんやろうな。
 はじめて会うた日も、師匠と呼ばせろと頼んだっけ。なんとなし初心にもどった心地になる。
 信号が変わった。前方に向き直ってアクセルを踏み込む。
「師匠。到着までどうぞ、ゆるりとひと眠りなさってください」
「だから……」
「ほんまに少し寝とけや。飛行機ん乗ったらケーブがうるさいで。今度こそテキも詰んだみたいやからな」
「……はい」
 とり落とさんようコントローラーは足元に置いて、正太郎くんはまた深く座席に背中をあずけた。
「太田さん、」
「スンマヘンも、オオキニも、オネガイシマスも、いらんよ」
「じゃあ、おやすみなさい」
 次の赤信号で見ると、正太郎くんは目をつむってもうすやすやはじめとった。
 ほら、こんなに疲れとる。
 ため息をついて、そして身を引き締める。
 安全運転、安全運転。
 ハンドルを握りなおし、俺は静かにアクセルを踏み込んだ。

 

     (おわり)

 


 ■あとがき■
 正太郎くん13歳(中2)秋。太田さんが出張る3作目です(前作→(1) 『師匠』、(2) 『稽古』)。

 またもやヘンテコ大阪弁に挑戦! 正太郎くんにつっこみまくってみました
 いろいろ勘弁したってや〜(;'∀')

     2021.1.3 WebUP  /  2021.3.28 こばなし集へ移動

 

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