太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その11 〜 稽古 〜
わっはっはっはっ。
大塚警部の笑い声がひびく。
「だいじょうぶですか」
天井の格子模様しかない視界に正太郎くんがあらわれ、やっと現状を把握する。
あわてて身を起こすと、警部が満足気にうなずいとる。
「見事に決まったなあ、正太郎くん」
「警部! ひどいじゃないですか。正太郎くんがこんな手練れだなんて、ひとっことも……」
「相対してそれが判らんようじゃあ、太田はまだまだじゃな。だいたい恐れながら私は柔道5段ですがと云って犯人が向かってくるか? もっと修行せんか」
正論かもしれへんが、人が悪そーなニヤニヤ笑いがとにかくムカつく。
「すみません」
なんで正太郎くんが謝るんや。そう云お思うて、はたと気づく。
昇級試験とかは、まだ受けたことがなくて。
そういえば妙に困った顔して、この子にしちゃあ歯切れわるう云っとったのは……。
「やられてもうた 。タヌキ親父め〜」
溜息まじりにぼやくと、正太郎くんがふきだす。
俺も笑って、差しだされたちっさい手ぇを取り立ちあがらせてもらう。
見おろせば、俺の胸くらいの背丈は柔道着でますます小柄にみえた。
「いつから柔道を?」
「えっと、4年の冬からです。ずっと、大塚警部に稽古をつけてもらってます」
あちゃーと額に手をあて、納得する。
向かうところ敵なしっちゅう達人に、丸3年かい!
…………ん?
大塚警部と目ぇが合う。
コメント無用とばかり軽く肩をあげたのは一瞬のことで、手ぇをパンパン打って警部が立ちあがる。
「さあさあ。手の内をあかしたところで、もう一度だ。今度は油断するなよ。太田。おまえだって、あっちじゃ有名な猛者だったんじゃろう」
「は、はいっ」
「お願いします」
「よし。はじめ!」
確かに。
云われてみれば、じつに自然な構えやのに、隙がない。
一転した真剣な瞳に、こっちは雑念ばっかり浮かんでしまう。
4年、て。
鉄人をまかされたのは、5年の夏やったはずや。
この子、その前からいろいろ教え込まれてきたのやろうか。
「太田!」
警部の大声に我に返る。
えりが引き降ろされ、するどく足をはらわれる。
「うわあっ、とっ、と……」
「真面目にやらんか!」
「はいっ。す、すんません!」
動きが柔らかい。
タイミングもごっつええ。
これは、ほんまに体格差なんて問題にならへんレベルやな。
おもろなってきた。
まだまだこれから身体ができてくるんやろう?
警部も歳やし、稽古をつけるんがしんどくなってきたのかもしれへんなぁ。
そやから俺に相手をさせてみよか〜、て?
こりゃ、真面目にせなあかん。
ゆっくり息をつく。
気を入れると、正太郎くんはちゃんと察して構えを固める。
ええな。
こない逸材を育てる役にたてるんやったら、光栄や。
正太郎くんが強くなるっちゅうことは、正太郎くんを守ることになるわけやしな。
ああ、そうか。
ふっと胸の内が熱くなる。
どんな事情で決められたか知らんが、警部は、この子を守りたい一心で、ここまで仕込んできたのやろう。その親心は、ようわかる。
なんだか泣きそうに感動してもうて、あわてて、今度こそ雑念を打ち払う。
「よっしゃー。いくで!」
俺のすべてを、伝えてやる。
腹の底から叫んで、畳を蹴る。
キミを、守るために。(おわり)
■太田さんが出張る2作目です(前作は こばなし・その3『師匠』)。
初の一人称で、コテコテ大阪弁にチャレンジしてみました。
が、あちこちの言葉が混じってるような…。
私の脳内翻訳機は服部平次さんくらいですので、ほんま、かんにんな〜(笑)。正太郎くん13歳(中2)夏。
太田さんが異動してきて間もなくのお話です。
じつは正太郎くんの柔道着姿を書きたかっただけという…。
失礼しました〜。2012.05.01 WebUP 2012.9.9 こばなし集へ移動 2020.12.13 こっそり改訂