太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その3   〜 師匠 〜

 足がすくんで、動かない。
 ロボットを見るのはもちろん初めてではないが、こんな足元から見あげたことはなかった。
 でかい。
 なのに、めちゃくちゃ早い。
 攻撃と防御の技の応酬を目で追うのがやっとで、激しい振動に足をとられ転んだそのままに仰向けで天をあおいでいた太田は、とつぜん腕をつかまれた。
「だいじょうぶですか!」
 子どもだ。
 はやく逃げなさいと云いかけ、やめる。
 小学……、いや、中学生だったか。
 上着の左胸にICPOの紋章がついていた。
「……ああ」
 まのぬけた声がでる。
 これが、金田正太郎か。
 写真は幾度か見ていたが、目の前にすると、おどろくほど子どもだ。
「立てますか?」
 思考は一瞬だったが、おそらく自分に声をかけるために操作をとめたのだろう。鉄人28号はまともにパンチをくらって、向こうのビルにふっとんでいった。
「鉄人!」
 抱えていた箱を地面に置くなり、金田正太郎は前方と手元をめまぐるしく見ながら両手を動かしていく。計器がみっしりつまっている、これが操縦器らしい。
「あなたは、さがってください」
 こちらを見もしないで云われて、太田はかっとした。
「冗談やない。キミがいるのにさがれるか。俺かて警察官や」
 一瞬だけ、あきれたような視線をもらう。
「なら、はやく立って。見てるだけなら邪魔です」
 きっぱりとした口調に、自然と身体が動く。今度は素直にそりゃそうだと思ったし、自分が警官だからこそ身も蓋もない物言いをされた気がして、それは嬉しくさえあった。
 太田をいちべつして、少年はすぐまた手元の操作に集中する。鉄人28号が苦戦しているからかもしれないが、こうしているとけっこう隙だらけじゃないかと、太田は緊張した。金田正太郎自身がいつ狙われるやもしれない。いまこの少年を守れるのは、自分だけだ。
 背後にとつぜん飛びだしてきた影に、素早く銃口を向け、あわてて下げる。
「正太郎くん!」
 大塚警部だった。
「ここにおったか。……君は、なにをやっとる。見かけん顔だが名前は?」
 目の前までやってきて、敬礼で迎えている太田にはじめて大塚の視線が移る。
「本日付で、特別捜査課に配属されました、太田巡査であります。ご挨拶の前に出動がかかってしまいまして……」
「わかった挨拶はあとだ。……正太郎くん!」
 見ると、金田正太郎の背中はもう小さくなっている。
 鉄人28号は、高いビルの向こう側に半分以上かくれてしまった。あんなに巨大でも、こう建物が乱立しているなかでは視界の確保はむずかしいのだ。
 走りだした大塚が、たたらをふんで振り向いた。
「太田くん、だったか。それで、君の持ち場はどこだ」
「住民の避難誘導です。ですが、もうこのあたりには誰も残っていませんので」
「そうか。手があいとるなら一緒に来い」
「……はい!」

 金田正太郎が、ぺこりと頭をさげた。
「さっきは、失礼しました」
「え?」
 目をぱちくりさせている太田を見て、おかしそうな笑みがうかぶ。そこいらの大人より頼もしげだったあの少年はいったいどこへ消えてしまったのか。太田は思わずあたりを見まわしたくなった。
「あの、……邪魔、とか云ってしまったので」
「あ、ああ」
 もうすっかり忘れていた。急に頭が冷える。あんなとっさのひとことまで、ちゃんとおぼえているのか。冷静でなければできないことだ。
 つねに平常心をたもつ。ひるがえってみれば、警察官としての基本中の基本を、太田は今日の現場ではまったくできていなかった。
「まいった」
 知らず手がのびていた。握りしめると、少年の手のひらは太田より優にひとまわりは小さい。
「キミを、師匠とよんでええやろうか」
「はい?」
 冗談だと思われたようだ。金田正太郎はふきだし、ころころと笑っている。
 子どもらしい笑顔だった。
 思わず、身がひきしまる。
 大塚警部が今日の自分のどこを見込んでくれたのかわからないが、この少年の警護をしてみないかと問われ、ふたつ返事で承諾してしまった。射撃の腕も体力にも自信はある。だが、とてつもなく重い役目だった。
「とにかく、これから、よろしくお願いします」
 あらたまってさしだされた小さな右手を、太田はふるえるような心地で、固く握り返した。
「まかせとけ」
 命に替えても、守ってみせる。
 また笑われそうで口にはしなかった。けれども心の底から、太田はそう思った。

 

     (おわり)

 

      2009.01.17 WebUP

 

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