松 崎(まつざき)
現在の行政区域  福岡県小郡市松崎
最寄の交通機関  甘木鉄道 松崎駅より徒歩10分
松崎宿は寛文13(1672)年、松崎城主の有馬豊範の命によって建設されました。枡型の道路や道標・恵比寿・本陣跡などが残っており、町を歩くと旧宿場の面影をたどることが出来ます。
写真は松崎宿の本陣跡に立つ恵比寿像です。松崎本陣(お茶屋)は2000坪の敷地を持ち、明治には一時小学校に利用されたほどです。
松崎は交通の要所として商家も多く、商売繁盛のために町々に恵比寿様が建てられています。本陣跡のものはそれらの中でも大きなものです。



野 町(のまち)
現在の行政区域  福岡県筑前町野町
最寄の交通機関  甘木鉄道 大刀洗駅より徒歩30分
寛永13(1636)年に秋月藩主黒田長興の命令によって開かれた宿場町で、野中新町ともいわれます。ここは筑前と筑後の国境であったので番所(関所)が町の南側に置かれていました。それを記念して石碑が(写真)立てられました。
 この宿場町には36軒の家が立ち並び、「本陣」もおかれていました。江戸後期に描かれた絵図に記されている水路は今も変わらず町の中を流れています。



         弥永(いやなが)の道標
野町と秋月の途中、筑前町弥永に立っています。
「右はかた・さいふ道  左くるめ・まつさき道」と刻まれています。
久留米・松崎道が秋月街道になります。



秋 月(あきづき)
   現在の行政区域  福岡県朝倉市秋月
 最寄の交通機関 
甘木鉄道 甘木駅より甘木観光バス
40分 目鏡橋下車
 秋月城下町から北へ、新八丁越に至る不動滝の石畳の写真です。撮影は1981年です。旧八丁越や新八丁越の道には石畳が多く残っています。
写真で見てわかる様に保存状態がとても良い場所です。
しかし、近年の豪雨でこうした石畳が崩れだしていることも事実です。貴重な文化遺産として保存が急がれます




千 手(せんず)
現在の行政区域 
福岡県嘉麻市千手
最寄の交通機関  飯塚バスセンターから
大力行き乗車 千手降車
千手から南へ2キロほど進んだ大力(だいりき)の谷です。この谷の奥に八丁越が続きます。
 この谷で国道322号八丁峠道路とトンネルが建設されています。右の写真は嘉麻側のトンネル工事の現状です(9月末)。街道はまさにこの入口の上を通っています。
八丁峠トンネルについては、国土交通省(九州地方整備局北九州国道事務所)のHPをご覧ください。
http://www.qsr.mlit.go.jp/kitakyu/
 トンネル建設では峠の石畳などには直接影響しないようですが、写真付近の景観は大きく変わるでしょう。
      


大隈(おおくま) 
現在の行政区域  福岡県嘉麻市大隈
最寄の交通機関  飯塚バスセンターから
小石原(大隈)行き乗車 上嘉穂警察署前下車
写真は大隈の町から見上げた益富城跡です。中世以来山城が置かれていましたが、天正15(1587)年の豊臣秀吉の九州平定に備え秋月種実が拡張し、秀吉軍に対抗する姿勢を見せましたが、田川郡の岩石城が1日で攻略されたのを知ると戦わずして城を開きました。
その後、黒田長政が筑前国に入ると、この城を家臣の後藤又兵衛に与え豊前国への抑えとして、再整備しています。しかし江戸幕府が一国一城令を出すと廃城となりました。
城跡の中央に地元有志が一夜城の故事に基づいて、仮設の天守閣を建てているのが見えます。実際には天守閣はなかったはずですが、イメージということでしょう。
大隈は日田街道と秋月街道が交差する町で、筑前・豊後・豊前国の国境にも近く交通の要衝で江戸時代は宿場町として栄えました。手前に少し写っているのは遠賀川の支流になる嘉麻川です。