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自然とは・・・原生自然、原生的自然
 二ツ森山頂から白神山地・青森県側を望む

 自然を論ずる場合、自然区分を無視して自分勝手に論じている人が意外に多い。環境省の保護指定区分によれば、原生自然環境保全地域、自然環境保全地域の二つに分類され、加えて里地里山に代表される二次的自然を加えると三つに分類できる。

 原生自然環境保全地域・・・人間活動の影響を受けることなく、原生状態を維持している地域。簡単に言えば、無人島・南硫黄島のような地域を指定している。こうした地域は、「原生自然」あるいは「原始自然」とも呼ばれ、法的には「入山禁止」にして保護している。そこには、人間も文化も存在しないから、「立入制限区域」を指定したとしても、異論をはさむ人はいないだろう。
 入山規制を巡って問題となるのは、自然環境保全地域だ。一般に白神山地は「手付かずの自然」などと呼ばれ、一見「原生自然環境保全地域」であるかのように思っている人が意外に多い。もし白神山地が法的に入山禁止にして保全すべき地域だとしたら、「原生自然環境保全地域」に指定しなければならなかったはずである。ところが白神山地はワンランク下の「自然環境保全地域」に指定されている。それはなぜなのか。答えは至って簡単、この山域は広範囲にわたって人為が加えられていたからである。こうした地域は、「原生的自然」あるいは「原始的自然」とも呼ばれ、マタギ文化あるいはブナ帯文化と呼ばれる山棲みの文化が色濃く残っている地域でもある。

 簡単に言えば、文化が存在するか否かが原生自然と原生的自然を区分するポイントとも言える。「自然と人間と文化を考える」という場合、当然のことながら原生自然は対象外の自然である。白神山地が「入山禁止」を巡って問題となったのは、法的に「入山禁止」にはできない「自然環境保全地域」だったからである。
森林生態系保護地域=原則入山禁止の意味
 1990年森林生態系保護地域に指定された玉川源流部

 森林生態系保護地域は、国有林を管理する林野庁の内部規定(長官通達)に基づくもので、林野庁が独断で解除することも可能である。「入山禁止」という言葉に驚く人も多いが、もともと長官通達は法的拘束力がなく、「入山禁止」ではなく「入山自粛」にすぎない。十数年前は、それを知らずに大騒ぎしたこともあったが・・・。
里地里山(二次的自然)は生物多様性の宝庫
 二次的自然は、人為を加えることによって形成された自然で、従来は守るべき自然はないと思われていた。昨年、環境省の中間発表で「里地里山は生物多様性の宝庫」というニュースを見て驚いた人も多いと思う。里地里山は、原生的自然と都市地域との中間地域で、簡単に言えば中山間地域のような所をさす。これは、国土の4割を占めている。

・ 環境庁の調査は、平成11年から自然保護協会などに委託し三ヵ年にわたって調査された結果を発表。一つは、絶滅危惧種は、原生的自然よりも里地里山に多いということ。二つには、絶滅危惧種や身近な生き物の生息地域の半分以上が里地里山地域に生息していること。

・ 里地里山は、生物多様性を保全する上で、極めて重要な地域であるということが初めて明らかになった画期的な調査結果だった。この調査結果が、今年決定された「新・生物多様性国家戦略」に大きく反映されることとなった。

 ちなみに秋田のレッドデータブックによると、農業用ため池にアカヒレタビラ、ゼニタナゴ、シナイモツゴ、ため池に連なる水路にホトケドジョウ、田んぼ周辺の湧泉にイバラトミヨ雄物型、スナヤツメなど実に多くの絶滅危惧種が生息している。もちろんこうした里地里山地域には多様な稲作文化、山棲みの文化が存在し、「自然と人間と文化を考える」格好のフィールドでもある。
生物多様性とは何か
 最近、「生物多様性」という言葉が盛んに使われているが、生物多様性とは何かについて、答えられる人が意外に少ないというのも事実。

・ 生物多様性は、地球温暖化、オゾン層の破壊、熱帯林激減、酸性雨、塩害、地下水枯渇、砂漠化などによって地球規模で生物種の絶滅が加速度的に増えているが、このままでは人類生存そのものも危ういのではないか、といった漠然とした不安、危機感から生まれた新しい言葉なのだ。
・ 環境省では、生物多様性センターを設置し、ホームページなどで生物多様性の保全を訴えている。秋田県の自然保護課で作成したパンフレットでも、「秋田県自然保護マップ」ではなく「秋田県生物多様性マップ」という言葉で表現している。

・ 生物多様性は、遺伝子の多様性、種の多様性、生態系の多様性という3つのレベルで考えるのが一般的。これに景観の多様性を加える人もいる。自然保護あるいは環境、生態系を論ずる場合、今や「生物多様性」の意味を理解せずには語れない時代になった。
遺伝子の多様性
 遺伝子の多様性とは、同じ種でも地域ごとに遺伝子が異なり、遺伝子レベルの多様性が存在するということ。例として2002年に秋田県内で釣り上げたイワナを改めて見てみよう。小阿仁川水系のイワナだが、斑点が鮮明で大きく、全て白い斑点なのが分かるだろうか。
 岩見川水系のイワナは、斑点が著しく小さく、橙色の斑点がある。体色も黄色っぽく、上のイワナとは明らかに異なる魚体だ。
 玉川水系のイワナは、斑点が小さく、体色も黄色で、上の個体と似ているが、口、斑点、腹部、尾びれまで柿色に染まっている。よく見ると色の鮮やかさが際立っている。
 米代川水系の「頭のつぶれたイワナ」。これは驚くべき顔をしているが、単なる突然変異ではなく、20匹に1匹の割合で生息している。これは、隔絶された環境で特殊な遺伝子が固定されたイワナと言われている。

 このように同じ秋田県内のイワナといっても、水系ごとに体色や斑点の大きさ、色、形が異なり、遺伝子レベルの多様性が存在していることがわかるだろう。

 現在では、地域固有の在来種を守るために、安易に養殖されたイワナを放流したり、他の水系で捕獲したイワナを放流することは、遺伝子の汚染・単純化を招き、生物多様性を減少させる悪しき行為だと非難される時代になった。渓流釣りの世界では、既に同一水系で捕獲した在来のイワナを滝上に放流するのが一般的なスタイルとなっている。地域固有の原種イワナを守ることは、実は「遺伝子の多様性」を守ることにつながるのだ。

 こうした時代に、安易に国外から移入されたブラックバスやブラウントラウト、ニジマスなどを放流する行為は、天然の淡水魚を釣る楽しみを奪うばかりか、日本固有の生物多様性を減少させ、ひいては持続的な釣りの将来を閉ざすことになるだろう。既に日本は外来魚天国ではないか、などとただ呟き、現状を是認するだけでは何も解決しない。それどころか、我々の釣り場環境は悪化の一途をたどり、禁漁区の増大、規制だらけの釣りになりはしないかと危惧している。そうならないために、今こそ、20世紀の身勝手な釣りを大いに反省し、持続的な釣りの将来を考え行動してほしいと願う。自然を相手にしている釣り人なら、こんなことぐらい理解してもらえると思うのだが・・・いかがだろうか。
遺伝子の多様性を失うとどうなるのだろうか?
 2002年秋田県千畑町仏沢溜池で捕獲された奇形のブラックバス。二年前に溜池の水を抜き、大型魚を中心に約300kgのブラックバスを駆除。今年二回目の駆除を実施したところ、体長30cm以上の成魚が5匹生き残り、全体で約3000匹ものバスが捕獲された。その中に多くの奇形ブラックバスが見つかった。遺伝子の単純化、言わば近親交配によって奇形が大量に発生したと推定されている。一般に遺伝子の単純化は、種の絶滅を招くと言われている。
種の多様性
 種の多様性は、文字通り、ある地域内で生きものの種類が多ければ多いほど、種の多様性は高いということを意味している。

 例として、「田んぼ周辺の生き物」を列挙すれば、マブナ、ドジョウ、ナマズ、タナゴ、メダカ、タニシ、コオイムシ、ホタル、トンボ、アメンボ、ツチガエル、トノサマガエル、二枚貝・・・これだけでも、田んぼ周辺がいかに種の多様性に富んでいるかがわかる。
生態系の多様性
 生態系の多様性とは、上の写真のような里地里山地域を例にあげれば、森林生態系、草原生態系、水田生態系、ため池・湖沼生態系、河川生態系など、多様な生態系が形成されていることがわかる。さらに自然と人間が造り出した景観の多様性、文化の多様性も存在している。

 日本とは対象的なモンゴルでは、日本には見られない広大な草原はあるけれど、生態系の多様性という視点で見れば、極めて単純であることが理解できる。諸外国と比較すれば、日本がいかに生態系の多様性に富んでいるかがわかると思う。生態系、在来種の保護と簡単に言うけれど、実はこうした遺伝子・種・生態系の三つの生物多様性、さらには景観・文化の多様性をどう保全していくかが、問われているのである。
新・生物多様性国家戦略
 日本は、今からちょうど10年前に「生物多様性に関する条約」を締結している。平成7年に決定された「生物多様性国家戦略」を今回見直し、2002年3月27日に新しい国家戦略を決定している。これは各省庁、各自治体の環境政策の憲法のようなものである。

 新国家戦略では、生物多様性を脅かす三つの危機として、一つは開発や乱獲など人間活動に伴う負のインパクトを挙げている。二つ目の危機は、里地里山の質の劣化で、二次林や採草放牧地の放置、耕作放棄地の増大が生物種の消失を招いていると指摘、第1の危機とは逆に、人間活動の縮小が原因であると指摘している点は、今までにない画期的なことと言える。

 三つ目は、マングースやアライグマ、ブラックバスなどに代表される移入種が増え、在来種を捕食したり、交雑したり、環境をかく乱している問題を指摘している。この三つの危機を同時に克服しないと、生物多様性は守れないことを見逃してはならない。

 新しい戦略のポイントは、従来から指摘されていた原生的な自然、絶滅寸前の希少種を保全するだけでなく、身近な二次的自然も含めて生物多様性を保全するとした点。そしてブラックバスやマングース、アライグマなど、現在問題となっている移入種を具体的に提示し、駆除抑制を図ることとしている点が大きなポイントだ。

 2002年12月29日 つづく・・・

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