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 ウルイ(オオバキボウシ)・・・雪渓が残っていた岸壁に群生していたウルイ(オリサキ沢)。ウルイは、一般に梅雨時になると花を咲かせる。雪渓のない斜面は、淡い紫色の花で一面彩られていた。
 左:雪渓が残っていたオリサキ沢。奥に入るにつれて谷は狭くなり、両岸の黒壁も切り立ってくる。
 右:岩魚の死骸。雪崩に押し潰されたのだろうか。
 オリサキ沢に懸かる10m滝。巻き道はなく、滝を直登する以外にない。この滝を越えると、まもなく、ヤツの沢とオロの沢が合流する二股になる。右のヤツの沢へ進めば、最悪、見渡す限り切り立つ岩壁で行く手を阻まれる。左のオロの沢を進み、赤石川の石の小屋場沢へ抜ける。今回は雨に阻まれ、山越えできなかったが夏にリベンジしたいと思う。
 ミズ(ウワバミソウ)タタキ・・・根が太く赤いミズを、ナタで丹念にたたくと、粘り気のあるトロロ状態になる。秋田では、ミズタタキといい、最も美味しい料理法だ。これに、味噌とニンニク又は山椒を加えて出来上がり。酒のツマミにグー。もちろん、アツアツのご飯にかけても最高だ。
(注:このテン場周辺は緩衝地域)
 左は、フキを湯がいてから、一晩水にさらし、皮を剥いて食べやすい長さにスライスしたもの。これをフライパンで醤油、砂糖、酒、油少々加えて炒める。右は、ミズタタキ。

 雨のお陰で、大川に三日も停滞してしまった。タカヘグリが斜面の大崩壊で堰き止められ、しばらく通過するのは不可能だと思っていたが、意外に早くその全貌を堪能できた。都合のいいように解釈すれば、初日からの雨、二日目の朝の大雨は、「赤石川なんぞにいくな!もっと素晴らしい不入の岩門・タカヘグリへ行きなさい」・・・との、山の神のお告げだったのかもしれない。不思議なことに、タカヘグリに向かう日は、雨が一滴も降らず、狭く切り立つ峡谷に太陽さえ顔を出した。終わってみれば、出来過ぎたストーリーのように思う。
 四日目・・・三日間お世話になったテン場を綺麗に片付け、タカヘグリを下り、大滝又沢のマタギ小屋跡をめざす。天気が良ければ、青鹿岳に登る途中の鬼の坪をぜひ見てみたいと思ったが・・・。
 前日、この難所が通過可能であることを調査していただけに、全員余裕を持って下る。核心部にくると、谷は急に狭くなり、黒壁はほとんど垂直に立ってくる。蛇行する淵は、深く冷たい。切り立つ黒壁を見上げる。何度眺めても、旅人を圧倒する重量感がある。
 深淵をゆく。下りだから、流れにまかせて下るだけ・・・自然の造形美とは言え、白神山地の中でも間違いなくトップの岩門である。大川は、黒の岩門・タカヘグリを除けば、渓は開け、穏やかな河原が延々と続く。それだけに、突然谷が圧縮され、直の黒壁が続く廊下帯は、まるで別世界にタイムスリップしたかのような感覚に襲われ、一瞬たじろいでしまう迫力がある。このタカヘグリを三度も通過できるなんて、幸せ、幸せ・・・というほかなかった。今回の山ごもりは、鳥肌が立つほどのタカヘグリを通過できただけで、充分価値ある旅だった。
 昔のタカヘグリ渡渉を再現・・・昔は、淵を泳ぐという技術がなかった。ザックの防水対策も不十分。そんな時代は、荷物を頭の上に乗せ、胸まで水に入って、タカヘグリを通過した。それを柴ちゃんに再現してもらった。頭に乗せた荷の重さと、深い淵・・・相当気合いを入れないと無事に通過できない。
 タカヘグリを見上げながら、思い出すのは、冠松次郎の「渓(たに)」の一説だ。「谷を歩いて何時も驚嘆するのは水の力の素晴らしさだ。あんな高い山の上から、こんな水底まで、こんなに剛頑な岩をどうして掘り下げてきたのかと、隆々とした肩骨をつき出している峡壁を仰いで、私は自然の彫塑の痕に眼をみはる。

 柔軟な水が小さな転石に阻まれて、その周りを遠慮がちに滑って行くような水の流れが、やがて奔放、疾走、浸透する処、巨大な岩石を押し流し、遂には絶大な天斧となって堅岩を割り、深谷を刻む。その雄大な彫塑の痕を見て歩く、私たち谷を行く者は、高大な自然の成せる画廊に、幾百世紀を丹念に刻んだ超人の傑作を鑑賞しながら行くのだから、その楽しみはユニークである」 
 右岸斜面の大崩落で流れを堰き止めた土砂は、下流に押し流され、すぐ下流の河原には、角張った大岩がゴロゴロ転がっていた。下流の淵は、かなり土砂で埋まり、岩魚の姿もほとんど見ることはなかった。大川は、こうした斜面の崩落地も多く、雨が降れば、すぐに濁ってしまう。深さが分からなくなるほど濁るので、濁流と化した時は、流れが澄むまで遡行は控えた方が良いだろう。
 大川本流を下り、大滝又沢へ。この沢は、大川本流とは対照的に、ブナ、サワグルミ、ミズナラ、カツラ、トチなどの広葉樹に包まれ、白神山地らしい渓相が続く。広葉樹のトンネルを歩いていると、実にさわやかで涼しい。岩魚の楽園にふさわしい渓流で、瀬尻から何度も黒い陰が走った。
 かつてマタギ小屋があった小沢を最後のテン場とする。一帯は、ブナ林に包まれ、白神らしい最高の泊まり場だが、着くとまもなく雨が降り出した。
 雨に煙る大滝又沢のブナ。テン場をセットした後、鬼の坪に至るルートを探しに出掛ける。ところが、雨はますます強くなるばかり・・・。青鹿沢を上ること30分。それらしい二股に達したものの、藪だらけでルートを見つけることができなかった。残念!
 5日目の朝5時・・・シートを打つ大雨の音で目が覚める。テン場の脇を流れる小沢さえ、濁流と化していた。大滝又沢は、完全にコーヒールンバ状態。S字にカーブした地点は、怒濤の流れが岩壁にぶつかり、一面真っ白になりながら上下に踊っていた。昨日、下流に下がって良かった。もし大川の上流にもう一泊すれば、タカヘグリの通過はもちろん、大川本流さえ渡渉できなかっただろう。4泊5日に及ぶ山ごもりを計画した割には、一見、軟弱なコースに変更したが、終わってみれば、これしかないラッキーな決断だった。
 大滝又沢の右岸に山道がある。まだ歩いたことがないので、その道を辿って帰ることにする。テン場をきれいに片付け、濡れた装備をザックにつめる。全員、渓流足袋、渓流シューズにピンソールを着けてC2を出発。
 小沢に倒れ込んだブナの巨木。数年経てば、ムキダケやナメコ、ブナハリタケが生えてくるだろう。そうなれば、実に絵になるに違いない。
 見事なブナが林立する尾根沿いの山道をゆく。よく踏まれて歩きやすいが、斜面がきつく、心臓がパッコン、パッコン騒ぎ出す。雨で濡れた装備を背負い、標高差数百メートルもある上りはキツイ。これに比べたら、沢を歩く方が何倍も楽で楽しい。
 上っても、上っても、なかなか山道のピークに達しない。時折、雨も容赦なく降ってくるから、辛さは何倍にも膨らむ。標高差200m余り上ると、大滝又沢の源流に向かう山道に達する。かつては、秋田の粕毛川に抜け、峰浜村、能代市へと続き、津軽と能代を結ぶ産業文化交流の道だったらしい。今では、歩く人もなく、消え去っているに違いない。
 サンカヨウの実・・・大きなフキの葉に似た山野草で、初夏に透き通るような白花を咲かせる。実は黒紫色に熟し、白い粉をかぶっている。食べると、キウイフルーツのような味で美味い。歩きながら、かなりの量を食べた。翌朝、どうも下痢ぎみでお腹が痛くなった。食べられる果実だが、たくさん食べるとダメらしく、やはり山のものはほどほどに・・・ということか。
 今回のメンバー・・・左から金光氏、柴ちゃん、会長。立っているのが美和ちゃん、私、長谷川副会長。雨また雨で越えられなかった赤石川源流行は、夏に再度挑戦したいと思う。やっぱりマタギがよく言う言葉・・・「天気が良ければ天国、雨が降れば地獄」だ。快適な山旅を満喫したい・・・と誰しも思うが、自然の真っ只中では、人間の勝手な計画どおりにはいかない。ただ、ひたすら山の神に、好天を祈るしか術がない。
 秋田も梅雨があけた途端、連日猛暑が続いている。こんな聖なる飛沫を全身に浴びたい・・・しかし現実は、猛暑にあえぎながら仕事に没頭せざるを得ない。それだけに、次の山ごもりが待ち遠しい。
参考文献・・・「白神山地 修験の源流行」(北川山人著、北の街社)

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