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 岩場のゴルジュを越え、狭い廊下帯を腰まで浸かりながら下ると、まもなくホノ沢だ。かつて西目屋村砂子瀬、川原平の集落には、目屋マタギと呼ばれる集団がいた。春には、熊狩り、山菜採り・・・夏には、サクラマス、イワナを捕る川漁・・・秋にはキノコ狩り・・・冬にはカモシカ狩りをしていた。川原平のマタギは、暗門川と赤石川下流、砂子瀬のマタギは、大川と赤石川上流、追良瀬川を縄張りにしていたという。その道が白神山地の核心部に細々と残っている。
 右岸から小滝となって合流するホノ沢。「ホノ」とは目屋マタギの言葉で、カモシカの仔を意味する。この沢にカモシカ8頭の親子連れがいたというのが名前の由来だという。
 赤石川から追良瀬川をつなぐマタギルートは、主に4つ。滝川支流西の沢からサカサ沢ルート、ヤナギツクリの沢から五郎三郎の沢ルート、同じくヤナギツクリ沢からホノ沢、サカサ沢左股ルート。またサカサ沢右股から秋田県真瀬川中の又沢に抜けるルートのコルを「頭無(かしらなし)」と呼んでいた。このコルは広くチシマザサに覆われ迷いやすいことから名付けられたらしい。こうした道は、白神山地周辺の人々に古くから利用されてきた証であり、歴史と文化を辿る貴重な道でもある。

 「昔の私のように山といえば、ただちに岩とか雪とか氷とかの壁をよじ登ることを連想する向きには、何の魅力もないだろうけれども、この杣道をたどれば、少なくとも道というものがどんなに貴重で尊いかというありがたみを実感として理解できるはずである」(「白神山地ブナ原生林は誰のものか」根深誠著、つり人社)
 川岸の草や枝葉がなぎ倒された痕跡は、昨日の大雨・洪水の凄まじさを物語っていた。追良瀬川は、日本海から源流部まで滝もない平凡な流れだが、流程が長く、一旦雨が降ると、上ることも下ることもできなくなる。遡行は、十分余裕を持った日程を確保することが肝心だ。短い日程で、ただやみくもに歩くだけでは、白神は何も語ってはくれないだろう。
 ホノ沢を過ぎると、やっと渓は開ける。両岸から見事なブナ林が迫り、奥には、モクモクとうねるような稜線が聳え立っている。秋晴れに渓は輝き、瀬尻から何度もイワナが走る。時折、カワガラスが低空飛行を繰り返す。平水に戻れば、穏やかな流れにシノリガモの親子連れも姿を現すことだろう。
 左岸から滝の沢が合流する地点。滝の沢は、水量こそ少ないが、川幅は意外に広い。
 エゾリンドウとイワナが群れていた淵。
 淵の下流の浅瀬でイワナを発見・・・写真は、二人の老人、イワナ観察に夢中の図。そうだ、今日は9月20日「敬老の日」だった。例え老体になろうとも、山に入れば、童心に戻れる心を持ちたいものだと願う。子供か、老人か・・・判別が難しい二人を見ていると、羨ましくさえ思う。
 深淵のゴルジュ帯・・・ここは右岸に巻き道がある。一旦上って下り、また上って下るルートになっている。夏ならラッコ泳ぎで下るのも楽しいだろう。
 左岸から流入する三の沢。下流二の沢と同様、向白神岳(1243m)を源流とする。私は、二の沢に入ったことはあるが、この沢に入ったことはない。会でこの沢に入ったことがあるのは、長谷川副会長のみ。
 背中からデジタルビデオを取り出し、撮影する中村会長。「左岸から三の沢が合流しています。まもなく、懐かしの五郎三郎の沢です」
 やっと着きました五郎三郎の滝。ここまで5.5キロ、3時間もあればと思ったが、4時間もかかってしまった。時計を見ると、既に12時を過ぎていた。
 左岸に、五郎三郎の滝を眺めながら泊れる素敵なテン場があった。かつては、この下流左岸の川原にテントを張ったが、今は、流されて地形も大分変わったようだ。
 五郎三郎の滝を眺めながら昼食、記念撮影。この滝は、実に思い出深い場所である。会結成20周年記念イベントで、どうしても訪れたい理由があった。

 昭和61年9月、4泊5日の追良瀬川源流行・・・その二日目、五郎三郎の滝が見える左岸にテンバル。しばらく雨が降っていなかったが久しぶりに雨・・・それも尋常な雨ではない。バケツをひっくり返したような大雨・・・と同時に、イワナは狂ったようにエサに食らいつく。釣り人も大雨を忘れて狂ってしまった。つまりイワナしか見えなかった釣り人に下された天罰は、大雨、濁流渦巻く地獄の世界だった。この時、釣りの欲を殺す術があったらとか、ビバーグする知恵と技術があったらと思うが、残念ながら釣り以外の知恵と技術、事前の準備も何一つなかった。今考えても、生きて帰れたのが不思議なくらいだ。

 五郎三郎の滝25m・・・ストンと垂直に落ちた直滝で、見応え十分。この滝をイワナが上れるはずもない。だから、この沢にはイワナが生息していなかった。この滝上にイワナを放流したのは、テンカラの名手・瀬畑雄三翁だ。人知れず滝上にイワナを移植放流した沢を、秋田では「隠し沢」、そのイワナを「隠しイワナ」と呼ぶ。この滝の右手に巻き道がある。時間は余り残されていなかったが、まだ見ぬ滝上へ。
 滝上から追良瀬川本流を望む。かつて我々は、正面左の川原にテンバっていた。山の神様は、稚拙な源流初心者を、滝上から全て眺め、「魚しか見えない釣り人の来る所ではない」・・・と、私たちに、死と紙一重の試練を与えたに違いない。
 五郎三郎の沢は、入り口からいきなり壮大なナメ滝が続く。
 ナメ滝を上り切り振り替えると、斜めに切れ込む三の沢の背後に向白神岳の稜線が見えた。ブナに埋め尽くされた重畳たる山並み・・・実に壮観な眺めだった。
 アブラガヤ・・・一見、アワやヒエのような穀物用の穂に見える。茎は高さ1〜1.5m。茎の先端に大型の散房花序をだし、穂をたくさんつける。山野の湿地に生える多年草。
 ゴーロを少し上ると、深い壷を湛えたナメ滝が姿を現す。この下流でイワナが走る姿が見えた。思わず笑みがこぼれる。やはりいたのだ。この滝壺にイワナが群れる姿を想像しながら時計を見ると、午後2時を過ぎていた。サカサ沢テン場まで引き返さなければならない。滝上に行ってみたい衝動を抑えながら、急ぎ足で下る。

 私がこの沢に興味があるのは、隠しイワナもさることながら、「隠れマタギ」の岩小屋と赤石川、追良瀬川をつなぐ歴史的な杣道を歩いてみたいからだ。藩政時代、阿仁の旅マタギ(出稼ぎマタギ)は、こんな奥地まで密かに隠れて猟をしていたらしい。時に密猟が見つかると、両腕を切り落とされる処罰を受けた。そんな危険を犯してまで、猟をしたということは、相当魅力があったに違いない。いつかゆっくり歩いてみたい。

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