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Hidaka mountain chain mountain fishing travel 5
 妙な仕掛けで釣り上げた泣き40センチのニジマス。その妙な仕掛けとは、どんな仕掛けか・・・。

 釣り堀などで見掛けるニジマスは、ヒレが擦り切れ見るも無残な姿だが、シュンベツ川で自然繁殖した個体は、やはり野性を感じさせる美しさがある。頭から背中、尾ビレにかけて黒点が多数見られ、側線に薄っすら虹色の帯が走っている。
 8月15日、くもり時々雨

 シュンベツに降り立ってから4日目、やっと減水し始めた。
それでも白い濁りは消えず、
ルアーフィッシングには、まだまだ困難な水量だった。
シュンベツ川で遊ぶのは、今日が最後。
テン場周辺で食べる分を釣れば、竿を納め、のんびり渓魚の楽園を楽しむことにする。
 本日の目標は、8匹。帰りの山越え二日間は、釣りが出来ないから、4匹を燻製にして食べる計画だ。幸先良く、テン場下流の深場でイワナが掛かった。
 洪水でなぎ倒されたフキ。河原には、ヒグマの痕跡はなく、エゾシカの足跡だけだった。  昨年テン場を構えた付近まで釣り下がった。

奇妙な仕掛けで渓魚を釣る
妙な仕掛け・・・テンカラを持ってきて何も使わない手はない。
ただし渓魚は、まだまだ岩穴の底深くに潜んでいる。
毛鉤を流すだけでは一匹も釣れないだろう。

テンカラ竿の予備として持ってきた4.5mの竿にテーパーライン3.5mを結び、オモリとしてスピナーを使った。スピナーの下に20センチほどのハリスを結び毛鉤をセットした。
全長4.6m程度。
すなわち岩穴に毛鉤を送り込み釣ろうという作戦だ。

実に馬鹿げた仕掛けだが、これが結構釣れたのだ。釣りの常識をあえて破ることこそ、新鮮な釣りの感激も生まれる。
 流れが岩穴に吸い込まれるポイントへ、妙な仕掛けを送り込む。ここなら必ずいるはずたと信じる岩穴を丹念に探るように毛鉤を上下し躍らせていると、猛然と食らいついた一尾だ。

 毛鉤は黒の逆さ毛鉤、視認性を良くするために赤い目印を付けている。こんな妙な仕掛けが通用するのは、渓魚の楽園・シュンベツ川でしか通用しないと思うが・・・。
 泣き40センチのニジマスも実はこの妙な仕掛けに掛かった。ところが、写真のとおり毛鉤ではなくスピナーをがっちり咥えている。実はスピナーは単なるオモリではなく、回転するルアーの効果を狙ったものだ。ルアーと毛鉤、実に欲張った仕掛けだが、私の狙いは的中したことに小躍りするほど嬉しかった。

 流心に大岩が突き出す大場所。流れが太く速い場所だけに、底の岩穴はかなり大きい。そこへ静かに仕掛けを送り込む。竿はやたり軟らかく、それがかえって微妙なアクションを可能にしてくれた。毛のついたスピナーは、速い流れと上下のアクションで激しく回転、それを見たニジマスは堪らず食らいつく。

 物凄い衝撃が手に伝わってきた。
 アワセルと竿は折れんばかりに満月の弧を描いた。強引に手前に持ってくるものの、ニジマスのパワーに負けてなかなかラインをつかめない。そうこうしているうちにミオ筋に走られる。「健ちゃん!健ちゃん!」と叫んで助けを求めたが、流れの轟音で聞こえなかったようだ。(実はこの時、見えない岩陰で健ちゃんにもイワナが掛かっていた)。

 一人で上げるしかない。またもや強引に流れから引き離し、ニジマスの顔を水面に引っ張り出して弱らせた。弱った一瞬を狙ってラインをつかみ、河原へ引き釣り上げた。スピナーをガッチリ咥えたニジマスを見て、心の中で「ヤッター!」と雄叫びをあげていた。
欲 を 戒 め る 力
 目標の8匹を釣り上げ、昼を過ぎたところであっさり納竿。釣ってはリリースするのもいいが、無用な釣りはしたくなかった。

 「マタギの心」には次のように述べている。
 俺達マタギはね、欲というものを本当に諌める力を持たないとダメなんだ。これは自然の中ではとても大事なことなんだ。人間と言うものは欲そのものだからな。その欲に振り回されて、欲に溺れてしまうからな。それを諌める力というものが無ければ、自然の中で生きてはいけないって事を、マタギはまず学ぶ。先輩達からも山からも学ぶ。それが出来ないと、村は続いていかない、これ本当なんだよ。あんた達若い人には、分かるか分からないかわからんが、本当なんだ。自然は無限じゃないんだ。・・・
川の恵みへの感謝・・・神の国(カムイモシリ)へ送る儀式
 アイヌ文化の一つ、サケを捕った時の送り儀式は、イサパキクニと呼ばれる長さ30〜40cmほどのヤナギやミズキの枝で作られた棒を使う。イサパキクニは、ただの棒ではなくイナウ(カムイに祈りを捧げる祭具)と考えられている。小声で「イナウコル」と告げ、サケの頭を叩いて息の根を止める。サケの魂はイナウをもらって喜んで神の国へ帰るという。サケ一匹の命たりとも決しておろそかにしない自然の恵みへの感謝の気持ちが込められている。

 これまでイワナを野ジメする時は、沢に転がっている石を使う場合が多かったが、今回は、アイヌの人々の感謝の気持ちに習って、全てこの方式で行った。上の棒は、ヤナギの枝を40センチに切り、握る部分は手が滑らないよう皮を残し、渓魚の頭を叩く部分はナタで皮を剥いで加工した。
1週間も山にこもれば、川の恵みに大いなる感謝の念が湧いてくる。
その気持ちを表現するために、
イサパキクニで泣き40センチのニジマスの頭を叩き、
神の国へ送る儀式を行った。

(河原に転がっている流木の枝でもいいと思う。要は感謝の気持ちを表現することが大事)
 聖なる小沢の傍らでキープした渓魚8匹全てをイサパキクニで頭を叩き、神の国へ送り帰した。上の写真は、尺上のエゾイワナの頭を叩いているところ。もちろん、食べる分以外は無用な殺生をしないことが最低の条件だ。
 ニジマスの胃内容物・・・クワガタムシやカミキリムシなど大きな落下昆虫が大量に出てきた。イワナが川ネズミを丸呑みしていたのと同様、増水時には、より大形の獲物を捕食していることがわかる。
 左はニジマスを三枚におろした写真だが、鮮やかなピンク色をしている。右はニジマスの半身を刺身にした写真。
 イワナの腹を裂き、内臓を綺麗に取り除く。帰り二日分のイワナ4匹は、串刺しにして塩をふり、焚き火でじっくり燻製に。
 シュンベツ川最後の晩餐は、ニジマスの刺身とイワナのムニエルがメイン。醤油には、湯でもどした乾燥ニンニク。
 濁流渦巻くシュンベツ川に降り立って4日目。
 名残惜しいが早くも最後の日になってしまった。

 釣りは早々に終え、焚き火の準備や渓魚の料理にじっくり時間を費やした。健ちゃん曰く「渓でのんびりするのもいいね〜」・・・

 釣りの欲は完全に失せていた。これが渓流釣りとは呼ばず、山釣りと呼ぶ大きな理由だ。この心を大切にしたい。
下 界 の 誘 惑
 山にこもって4、5日経つと、健ちゃんは「冷たいビールが飲みたい」「アイスクリームを食べたい」「焼肉食べたい」「風呂に入りたい」「自動販売機はないか」「自動車があれば」・・・などと清貧の山暮らしには禁句の言葉を時々吐いた。

 こういう言葉は、山では禁句だが、誰しも不便な生活を数日間過ごせば、下界の誘惑が次第に大きくなることを実感したことがあるはずだ。日常の忙しさに流され、生きること、食べること、風呂に入ること、眠ること、ごく当たり前の幸福、便利さ・・・といった日常の価値を見失いがちだ。山釣りは、非日常の世界から日常の暮らしを再評価・再発見する効果がある。

 お金を儲けようとすれば、精神的自由が束縛され、精神的自由を求めれば貧しさに耐えねばならない。この世は、二律背反が世の常だ。ならば、月に一度ぐらいは、日常と非日常の世界を行き来すれば、最高に幸せな人生だろうと思うのだが・・・。


 山で「下界の誘惑」を少なからず感じると、「マタギはなぜ山に入ると里言葉を禁じ、摩訶不思議なマタギ言葉を使ったのか」という疑問が解けたような気がする。

 「里言葉を禁じる」ということは、とりもなおさず「下界の誘惑」を断ち切るためのものだったのではないだろうか。

 そんなことを考えていると、山釣りにも山言葉を使えばいいのでは・・・
 などと想像は膨らんでしまう。
 釣り上げたばかりの渓魚をツマミにウィスキーを飲み、
すっかり酩酊した健ちゃんは、焚き火の傍でスヤスヤ。

 風もなく焚き火の炎が真っ直ぐに燃え、
上に吊るした頭と骨、串刺しにした塩焼きの香りが漂う中、夢の世界へ・・・。
下界で焼肉を食べながら、冷たいビールでも飲んでいる夢でも見ているのだろうか。
 シュンベツ川で4泊、お世話になったテン場を綺麗に片付け、いよいよ帰路につく時がやってきた。共に山を歩き、共に渓を釣り、共に食い、共に寝・・・1週間。誰とも出会わない日高の山中で苦楽を共にすれば、お互いの人格が解け合うように一体化してくる。そして真の友情が芽生えてくる。

 夢にまで見たシュンベツ川に降り立った時、そして別れ際に二人はごく自然に握手を交わしていた。「友」という字は「人」と「人」とが交差し、握手している姿を現しているとの語源を思い出さずにはおかない山釣りだった。私の岩魚人生に忘れることのできない貴重な1ページを飾ってくれたことは確かだ。原始の面影を色濃く残す日高の大自然に感謝、健ちゃんに感謝、そしてシュンベツ川の美魚たちに感謝、もちろん無用なトラブルを避けてくれた山のカムイ・ヒグマにも感謝・・・。
 二日掛けて、1週間ぶりに車止めに辿り着いた。着替えを済ませ、車を走らせるとまもなく、向こうからライトを点けた車に呼び止められた。

 「どこへ行ってたんだ。何日も車が止まっていたから心配したよ。」
 「山を二つ越えてさ、シュンベツに1週間山ごもりしてきたんだ」
 「この辺じゃ、残飯や空き缶を捨てる馬鹿が増えて、その味を覚えた熊がいるんだ。爆竹鳴らしたって吠えて逃げやしにねぇ。」

 確かに今回の山釣りは、一歩間違えば怪我どころか殺されたかも知れない。秋田に帰ったら、静内警察署から問い合わせの電話があったらしく、「熊に襲われたのではないか」と大騒ぎしている始末。

 しかし、それで山を歩くのを止めようなどとは思わない。むしろ、自分の愚かさと日高の山の怖さを体で覚えることが、その山を歩く第一歩だと信じて疑わない。その心は、初めて山越えを体験した健ちゃんも同じだと思うが・・・。

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