The Days of Multi第五部第22章 投稿者: DOM
The Days of Multi
第5部 Days with Serika
☆第22章 大団円 (マルチ26−32才)



 本編第五部第21章で”B.浩が会いに来るのを待つ”を選択した場合の続きです。

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<おもな登場人物>

 柏木耕一  鶴来屋の副会長。
 柏木千鶴  耕一の従姉。鶴来屋の会長。
 柏木楓   千鶴の妹。実は耕一の「正妻」。メイドロボ体だが、本物の楓の魂を宿す。
 柏木芹香  耕一の妻。来栖川グループの会長。
       仕事の関係で、耕一と別居を余儀なくされている。
 柏木香織  耕一と芹香の娘。隆山第一高校に通う一年生。
       容姿は芹香そっくりだが、明るく活動的、やや脳天気。
 マルチ   耕一の妻(のひとり)だったが、自発的に身を引き、芹香の秘書をしている。
 佐々木浩  香織の幼友達。隆山高校の一年生。
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(うう… 浩ちゃんの嘘つき…)

 香織は、ベッドの上に泣き伏していた。

(私が何であっても…どんなことがあっても…仲間だって約束したのに… うう…)

 悲しい。たまらなく悲しい。
 何で自分は、エルクゥの血なんか受け継がなければならなかったのだろう。

(パパの馬鹿…ママの馬鹿… どうして私を産んだのよ?)

 生まれて来ない方がよかった。そう思う。本気でそう思う。

(ううう…)



「どうした、香織? 元気がないぞ?」

「何でもない…」

「だけど…」

「何でもない、ったら…」

 香織が耕一に向かって突っ慳貪な返事をするのは珍しいことだ。
 夕食の席。いつになくふさぎ込んでいる香織であった。



 一週間経った。
 とぼとぼと学校から帰って来た香織は、自宅の前に浩が立っているのを見て、はっとした。
 が、すぐに冷たい声で、

「何か用?」

 と聞いた。

「…お礼を言おうと思って。」

「お礼?」

「こないだ…助けてくれただろ?
 お礼がまだだったから…
 ありがとな。おかげで命拾いしたぜ。」

 浩は後で冷静になってみると、香織が自分を突き飛ばして車にぶつからないようにしてくれたこと
に気がついたのだ。

「そう…」

 お礼を言って…さようなら、ってわけか…

「別に、気にしなくていいよ…
 用はそれだけ?」

「そ、それと…」

「?」

「おまえ、あのとき、何か話そうとしてたけど…
 俺、びびっちまって、聞けなかったから…
 その… 話を聞こうと思って。」

「…………」

「…………」

「…ここじゃ何だから… 入って。」

 香織は浩をいざなった。

「鍵がかかってる…か。」

 楓は買い物だろう。

 香織は自分の鍵を取り出した。
 鍵穴に差し込みながら、

「浩ちゃん、こわくない?」

 前を向いたまま、背後の浩に問いかける。

「何が?」

「『化け物』とふたりっきりで、家の中にいるの。」

「…………」

 浩は無言だった。



 ふたりは、香織の部屋で腰を下ろして、向かい合った。

「それで… 何を話したかったんだ?」

「…………」

「遠慮は…いらないぜ…」

「…………」

「話したいことがあったんだろ?
 どんなことだ?」

「…すべて。」

「え?」

「…私のすべて。」

「…………」

「こわい? 帰るんなら今のうちよ。」

「……いや… 聞かせてもらう。」

「そう? …ほんとにいいのね?」

「ああ…」

 香織はしばらく浩の顔を見つめていたが、

「それじゃ…
 ちょっと準備が必要だから、部屋の外で待っててくれる?
 こわかったら、そのまま逃げてもいいわよ。
 追っかけたりしないから。」

「…待ってるよ。」



 ほどなく、香織の呼ぶ声がした。
 浩はごくっとつばを飲み、意を決したようにドアを開いて足を踏み入れ…
 …唖然とした。

 部屋の中には、全裸の香織が立っていた。
 無表情な顔。
 母親譲りの、均整の取れたプロポーション。
 香織は、前を隠そうともしない。

「か、香織!?」

「これが私… 柏木香織のすべて。」

 香織は努めて感情を殺しながら口を開いた。

「確かに、私には化け物じみた力がある。浩ちゃんが見た通り。
 …でも、同時に私は、普通の女の子。
 脳天気で、大ボケで、幼馴染みの浩ちゃんが大好きな、ただの女の子。
 それが…私のすべてなの。」

 香織は泣き出しそうになるのを抑えながら、

「浩ちゃん… 言い訳はしない。
 私のことを愛してとは言わない。
 これっきりでいい。
 これっきりでいいから…私を抱いて。」

「香織…」

「やっぱり私はひとりぼっち。仲間なんていない。
 それがよくわかった。
 だから、もう浩ちゃんにつきまとったりしない。
 だから…」

 浩は香織に近づいた。

「香織…」

 そっと香織を抱き締める。

「俺… やっぱり、おまえを好きみたいだ。」

「え?」

「あれからずっと考えてたんだよ。
 おまえって何なんだろうってな。
 …結論は出なかった。当たり前だよな。
 でも、それじゃ、『俺にとって』おまえは何なんだろうって考えたとき…
 俺、わかったんだよ。
 おまえが、俺にとってかけがえのない女の子だってことが…」

「浩…ちゃん…?」

 香織の顔に感情が蘇る。
 信じられない、という表情が次第に喜びに崩れる。

「ほんと?
 ほんとに、私のこと、好きでいてくれるの?」

「ああ。今日はそのことを言おうと思って来たんだよ。」

「う…嬉しい!!」

 香織は浩にしがみついた。

「あ…あの…」

 浩は、急に香織が裸であることを意識して、真っ赤になった。

「浩ちゃん…」

 浩はぎくっとした。
 香織の声が妙にうるんでいる。
 見ると、香織は大きな目に涙をいっぱいたたえて、浩を見つめている。
 浩が顔を近づけると、香織は目を閉じた。

 …ファーストキス。



「そ…そろそろ、服を着たら?
 俺、外で待ってるから…」

「…ううん。」

「え?」

「私ね、さっき思ってたの。
 浩ちゃんが私のことを嫌いになっても、
 私はやっぱり浩ちゃんが好き。
 私が初めて好きになった人。
 だから、今日、浩ちゃんに、私をあげよう、って。」

「か、香織?」

「…決心するの、大変だったんだから。
 今さら、延期したくないのよ。」

「おい…」

「私じゃ…いや?」

「…いやなわけないだろ?」

「じゃ… お願い。」

 香織は浩の胸に赤い顔を埋めた。



 浩は、香織を優しくいたわるように抱いた…



 …やがてふたりは起き出して、服を着た。
 そろそろ楓が帰って来るはずだ。
 いつものように、床に腰を下ろす。

 ふたりとも、しばらく赤い顔で俯いたまま押し黙っていたが、やがて浩が口を開いた。

「なあ… よかったらでいいけど…
 おまえに何であんな力があるのか、話してくれないか?」

「うん…」

「それは、私からお話ししましょう。」

 ぎくっ

 ふたりが慌ててドアの方を見ると…

「楓お姉ちゃん!?」

 開いたドアの外に楓が立っていた。

「い、いつからそこに!?」

「たった今です。
 玄関から声をかけたんだけど…
 気がつかなかった?」

「ご、ごめん… 聞こえなかった。」

 危ないところは見られなかったと安堵する香織。
 実は楓は、もう少し早く帰って来ていたのだが…そ知らぬ顔をしておいた。
 楓は、浩に、エルクゥについて必要と思われる事柄を、かいつまんで話し出した…


 *   *   *   *   *


「ううっ、香織さん、きれいですぅ…」

「ありがとう、マルチお姉ちゃん。」

「素敵な花嫁さんですよ。」

「楓お姉ちゃん、いろいろお世話になりました。」

「まるで天使みたいだね。」

「初音お姉ちゃん…」

「……………」

「ママ… いつもわがままばかり言ってごめんね。」



 香織と浩が結ばれて6年後。
 大学を卒業したふたりは、鶴来屋で結婚式を挙げた。
 浩が言うには、心配症の母親にふたりの仲を認めてもらうのに、並々ならぬ苦労をしたそうだ。
 その苦労が実って、ようやく今日の挙式となった次第である。
 母親ならびに母親代理の祝福の言葉を受けた香織は、幸せいっぱいの表情だった。



「香織。きれいだ。
 ママの花嫁姿を思い出すよ。」

「パパ… 今まで、ありがとう。
 ほんとにほんとに、ありがとう。」

「うんうん…
 …浩君。娘をよろしく頼むよ?」

 ようやく諦めのついた(?)耕一が、浩にそう言っている。

「は、はい。きっと香織さんを幸せにしてみせます。」

 緊張気味の浩。



 年月が経つうちに、鶴来屋の役員は相次いで交代し、ようやく千鶴に対して反感を持つ者が少なく
なってきた。
 耕一がいなくても鶴来屋グループをまとめていける見通しのついた千鶴は、香織の結婚を機に、耕
一も香織夫婦も来栖川邸に移り住むことを勧めた。
 長年の夫婦別居を強いられた後で、遅すぎるとはいえ、耕一と芹香が同居できるようにと願っての
ことである。もちろん、楓も一緒だ。

 しかし、そうなると、千鶴ひとりが柏木家に残ることになる。
 それは(いろいろな意味で)大変だろう、と皆が難色を示した。
 すると、マルチが柏木家に移ることを自ら提案した。

「芹香さんも、もうすっかりお仕事に慣れておいでですし、
 耕一さんもお傍にいてくださるのなら、なおさら安心ですぅ。
 それなら、私が芹香さんのお役に立つことは、あまりありません。
 ですから、今度は千鶴さんのお傍にいて、お役に立ちたいですぅ。」

「マルチ、お前ってやつは…」

 耕一は感動した。
 いつも、他人の役に立とうとばかり考えているマルチ。
 もちろん、楓と耕一の邪魔をすまいという心遣いもあるのだろうが…

 マルチの提案は皆に受け入れられ、双方の引っ越しが行なわれた。



「マルチちゃん、今日からよろしくね。」

「こちらこそ、よろしくですぅ。」

「それじゃ早速。」

「はい?」

「お台所へ行きましょう。」

「ええ? 何をなさるんですかぁ?」(汗)

 「千鶴」+「台所」=「危険」。
 柏木家に暮らしたことのある者なら、だれでも知っている公式である。
 …忘れると命に関わる。

「決まっているでしょう? お料理ですよ。
 …ふっふっふ、やっと、やっと、この日が来たのね。
 まだ小学生だった梓に占領されて以来、
 40年近くも閉め出されてきた柏木家の台所…
 それがようやく、私のものになったんだわ!」

「ち、千鶴さん… 目が座ってますですぅ!」(流汗)

「残念ながら、マルチちゃんには味見ができないから…
 ふだん忙しくてあまりおつき合いできないご近所の方に、
 少しずつおすそ分けして差し上げましょう。」

「や、やめてくださぁい!!」(激汗)



    柏木の血と来栖川の血は一つに結ばれ…新しい世代に花開こうとしている。
    それは新たな戦いの日々でもあろう… しかし、この戦いは避けられないものなのだ。
    幸せを勝ち取り、次の世代に伝えるために。



「マルチちゃん、庭先に生えている茸を採って来てくださいな。
 ほんのちょいちょいと、でいいですから。」

「あううう…」(泣)

 ごそごそ(ひそかに買い置きの茸とすり替えている)



    そして、幸せを運ぶメイドロボ、マルチの戦いも続く…




The Days of Multi
本編 完


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長い間駄文におつき合いいただきありがとうございました。
The Days of Multi はこれで完結です。

皆様のご迷惑も顧みず、大容量の文書をどんどんUPして申し訳ありませんでした。


「何だ、このエンディングは?」とお怒りになる前に、
一応あとがき(兼おわび)をお読みいただければ幸いです。(汗)


あとがき へ


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